60 車輪蛇の甘辛焼き
「動きも生態も謎すぎるモンスターでしたが、早速食べましょう!」
「蛇か……まあマシな部類だよな……」
レオンハルトとディーの手を借りながら車輪蛇を料理する。
まずは頭を落とした首の近くに釘を刺してその辺りにあった木の板に打ち付けて、毒がありそうな皮と内臓は除去する。
皮を剥かれても、まだうねうねと動いている。なんて生命力だろうとリゼットは感動した。
ただ硬そうでもある。筋肉ばかりだ。
「なんか懐かしーな。ガキん頃は食うもんがなくて蛇も食ってたなー」
「私もですよ」
「俺もだ」
「へっ、お前らはどうせちゃんと料理人に料理されたものを食ってたんだろ」
リゼットは懐かしい記憶に思いをはせる。
「私はおばあ様と森でサバイバルしていた時に食べました」
「まず話の入りからしてわけわからん」
「おばあ様は元々冒険者だったので、私にいろんなことを教えてくださったんです。獲物の取り方に料理の仕方……おじい様とおばあ様には感謝しかありません」
祖母からは森やダンジョンで生きる術を学び、祖父からは貴族の在り方や商売の基本、そして膨大な書物から知識を受け継いだ。それらの知識があってこそ、ダンジョンで生き延びることができている。
これらの武器がなければどうなっていたかわからない。
「レオンはどんな状況で?」
「修行の一環で冬山に一人で入った時に食べるものがなくなって、冬眠中の蛇を食べたな」
レオンハルトは懐かしそうに語る。
「冬山で一人でサバイバルですか……」
「くっ……生きる力が強い」
「……そんなに変なことを言ったかな。俺の周りでは結構よくある話だったんだけど」
「マッスルなお国柄ですのね」
車輪蛇をさっと腹側から開いて適当な大きさに切る。その頃にはもう動きはなくなっていた。柔らかい小骨が多いので包丁で細かく切れ目を入れる。大きな骨は取り除く。
木の葉のようになったそれを一度浄化魔法で清めてから、深めのフライパンで焼く。
新調したアイテム鞄から新たに補充した調味料を取り出し、魚醤と酢と香辛料、砂糖を煮詰めてソースをつくり、それを肉に塗って遠火で焼く。
一度焼けたらソースを塗って更に焼く。
「いい匂いだな」
「くそ……腹が減る……」
焦げ付かないように気をつけて、飴色になってきたら火からおろす。
「できました! 車輪蛇の甘辛焼きです!」
「――うまいな。淡白な身に甘辛いソースがよく合っている」
「あー、昔食ってたやつより断然うまい。料理ってすげーな」
柔らかくなった淡白な肉に、深い香りがついている。臭みもなく、しっとりとした舌触りだった。
食べると身体が内側からあたたまり、力が湧いてくる。
これこそがモンスター料理の醍醐味だった。
食事休憩のあとは再びゴブリンを倒しながら探索を進める。
「えーっと、こことここがこー繋がって……っと」
ディーがコンパスを見て地図を作成しながら呟く。
その地図は正確でわかりやすい。まるで上からダンジョンが見えているかのように。
「どうしてそんなに綺麗な地図が描けるんですか?」
「方角と歩幅。つまり方角確認と歩幅での距離計測。あとは慣れ」
さらりと言っているがかなりの高等技術ではないのだろうか。リゼットは尊敬のまなざしでディーを見つめる。
そのとき、通路にまた車輪蛇が現れる。
レオンハルトがスムーズな動きでリゼットを投げようとしたため、リゼットは慌てて声を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってください! アイスウォール!」
通路いっぱいに氷の壁が出現する。
高速回転を始めていた車輪蛇はあっさりとその壁に弾き返され、後ろに跳ねる。
ダメージはほとんど入っていないようで、すぐにまたむくりと起き上がり輪となる。
「アイスウォール!」
リゼットはすかさずもう一枚氷の壁を――車輪蛇の後方に、囲むように出現させて前後左右を壁で封じる。
車輪蛇は氷柱の中でただただ回転し続けるしかできなくなる。氷が溶けるまで。
「どうですか?」
「うん、くぐったほうが早い」
「そんなっ?」
せっかく考えていた対抗策があっさりと却下される。
「まーおおげさだよな」
「おおげさ……」
「――いや、悪くはない。悪くはないけれど魔力消費の問題がある。できるだけ君を消耗させたくない」
「うぅ……そのとおりですね……」
レオンハルトの言うことはもっともだ。
足を引っ張りたくないとか、手間をかけさせたくないとか、恥ずかしいとか、そんなわがままな理由で手間と魔力のかかる方法を取るわけにはいかない。
「――いま何か聞こえました?」
洞窟の奥から聞きなれない音が聞こえた気がして、リゼットはレオンハルトとディーの顔を見る。
だがふたりとも聞こえている様子はない。
『――――』
「こっちの方向です」
リゼットは音に導かれるままに洞窟の奥を指差した。
足元に灯火の光が反射し、踏んだ場所の水が跳ねた。
下が泥水で濡れてぬかるんでいる。
「足元気を付けろよ」
しばらく進むと、灯火で照らされる泥水のたまりの中に、ぐったりと横たわる幼い少女がいた。
赤い瞳に、雪のように白い肌に薄紫の長い髪。そして下半身が薄紫の鱗に覆われた蛇の姿をした少女が。
「ラミアか……」
レオンハルトが剣の柄に手を置く。
【鑑定】ラミア。半人半蛇の人食いモンスター。食欲は旺盛で同族も食べる。その身は呪いに蝕まれ眠ることができない。
(……眠ることができない……)
ラミアはかなり弱っているようだった。
人食いモンスターと鑑定にも出ているのに殺気がまるでしない。
ただただ苦しそうだった。岩場に上半身をもたげて、ほとんど動かない。
『水……』
いまにも消え入りそうなほど細い声が響く。
――人間の言葉だった。
『水色の、水……』
「水ですね。どうぞ」
リゼットは水魔法で水球をつくり、幼いラミアに渡す。震える両手で受け取ったラミアは不思議そうにそれを眺めると、おずおずと口を水球につける。
そしてそのままごくごくと水を飲み始めた。
目から喜びの涙を流しながら。
(泥水ばかりですものね……)
ラミアの周囲に流れている水も、その身体を濡らしているのも、茶色い泥水ばかりだ。
リゼットはアイテム鞄から車輪蛇の甘辛焼き取り出す。
「こちらも食べますか?」
「いいのかそれ……なんかいろんな意味でいいのか……」
同族も食べるのなら車輪蛇も食べられるとリゼットは思ったのだが、幼体ラミアは目を逸らす。
水を飲んだことでいくばくか元気になったようで、するするとダンジョンの奥に消えていった。水球を大事そうに抱えたまま。
「見逃して構わないのか?」
レオンハルトが聞いてくる。彼も剣に手は置いているものの抜く気配はない。
「はい。食べられないし襲ってこないモンスターとは戦う理由がありません」
「食べられるんなら殺るんだな」
ディーの呟きに、リゼットは当然とばかりに頷いた。
「はい。餓死してしまったら元も子もありませんもの。えっと、おふたりも、見逃してよかったですよね?」
「ま、オレはリゼットと同感だな。無用な戦いはごめんだぜ」
「……そうだな」
「へぇ、ちょっと意外だな。レオンはモンスターは全部倒すべきってタイプかと思ってたぜ」
「否定はしない。いまは無害でも、成長すれば人間を襲うだろう。危険の芽は摘んでおくべきだ」
レオンハルトの言うことももっともだ。モンスターを見逃したことで、いつか他の誰かがそのモンスターに襲われるかもしれない。本来なら徹底的に殲滅すべきだ。
「だが、少し気になる。あのラミアはあまりにもラミアらしくない」
「意思の疎通ができますしね」
「それだけじゃなくて、なんというか……大前提としてラミアは蛇だ。だが蛇としてはあまりにも人間らしすぎる」
「上半身は人間じゃねーか。頭が人間なら、人間らしくておかしくねーだろ」
レオンハルトは小さく首を横に振る。
「上半身も人間じゃない。人間に見えるように擬態しているんだ。ラミアは、人間の男を誘惑して、頭から丸呑みにして胃に収める」
「は?」
「頭から丸呑みにする」
念を押すように言う。大事なことらしい。
「人間ならそんなに顎は外れないし、呑み込めたところで気道が塞がって窒息する。だがラミアは、エラ呼吸ができるから死なない。どう考えても人間じゃないだろう?」
「な、なるほど……」
「……オレ、モンスター嫌いになりそう」