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58 報酬





 わずかに残っていたゴブリンたちを倒し、貯め込まれていた食料とゴールドを集め、村に戻る。

 村長の家ではその日、盛大な宴が行われた。

 少ない食料の中から精いっぱいのご馳走が用意されてリゼットたちに振る舞われる。


「本当にありがとうございます。こんなお礼しかできませんが……」

「いえ、充分すぎます」


 たっぷりの野菜に森で獲ってきたばかりの鳥、貴重であろう穀物。心からのもてなしが伝わってくる。


「あなた方はこの村の英雄です。いつか銅像を建てさせていただきます」

「絶対にやめてください」


 リゼットは笑顔で拒否した。


「オレもパス」

「俺も遠慮しておく……」

「ゴールドは村の再建と未来への投資のために使ってください」


 村長はしょぼんと肩を落とした。

 そして宴が終わり、村長の家を出て村の外に向かいながら、リゼットは素朴な疑問を口にする。


「どうして私たちの銅像を建てたがるのでしょう……?」


 王族、権力者が自分の銅像を建てたがるのはまだ理解できる。通りすがりの冒険者の銅像を建てたがる動機はなんだろう。


「オレはわかるぜ。これから先、お前らがすげーことして有名になったら、銅像を見にくるやつが出てくるかもだろ?」


 ディーが得意げに言うと、レオンハルトが納得したように頷く。


「なるほど、観光客の呼び込みのためか。村おこしにはそんな方法もあるんだな」

「まんじゅうとか木彫りの土産物もできるかもなー。祭りとかも」

「恥ずかしすぎます……」


 想像するだけで恥ずかしい。絶対に許可できない。


「――リゼットさぁん!」


 後ろから、はきはきとした少女の声に呼ばれて振り返ると、フィアがリゼットたちの元へ走ってくる。


「フィアさん」


 明るい表情は最初に見た時とはまったく違っていた。頬はバラ色に染まり、瞳はきらきらと輝いている。


「みなさん。本当にありがとうございました」


 深く頭を下げる。


「リゼットさん、わたし、街の学校に行きます」

「――まあ、とっても素敵ですね。おめでとうございます」


 自分自身でそれがしたいと思って決めたのだと、未来への希望に光る瞳が語っていた。心の底からの喜びに溢れていた。

 リゼットはフィアが新しい目標を見つけたことを心から祝福する。


「いろんなことを学んで、村の助けになりたいんです。そしていつか、リゼットさんみたいなひとになりたいです。やさしくて、強いひとに」


 フィアはとびっきりの笑顔を浮かべた。光り輝く春の花のような笑顔を。

 それこそがリゼットが見たかったものだった。


「ふふ、ありがとうございます」


 後ろでレオンハルトとディーが微妙な空気を出しているような気配がしたが、リゼットは振り返らなかった。

 いつかの再会を約束してフィアとも別れ、歩き出す。

 村を出て、少し進んだところで、ディーが首の後ろで指を組みながらため息をついた。


「はーっ、あれだけやって結局タダ働きかよ……」

「ええっ? あんなにたくさんつやつやのお野菜をいただいたじゃないですか」

「ゴールドだゴールド! この世はゴールドなの!」

「貨幣経済は大変わかりやすいと思いますが、物々交換もそう悪いものではないと思います」

「なんだか変な方向に話が進んでいるな……」


 レオンハルトの呟きでリゼットは落ち着きを取り戻す。

 ディーは労働に対する報酬の不満を述べているのだ。リゼットはフィアの笑顔と野菜とごちそうで満たされているが、ディーはそうではないのだ。それにディーの投げナイフはリゼットが戦闘中に溶かしてしまった。


「わかりました。私からおふたりに払いましょう」


 まだ前回のダンジョンクリア時に山分けしたゴールドの大半は残っている。


「いや、俺はいい」

「オレもいらねーよ。パーティの中でゴールドが動いても得した気がしねえ」

「ええ……?」


 それならリゼットには何ができるだろうか。

 少し考えてみたが、ふたりが何を望んでいるのか、いまのリゼットにはわからなかった。


「それでは、ディーにはナイフの代金はお支払いします。あと何か必要なものがありましたら、いつでも言ってください」

「あー、そうだな。それはもらっとく」

「はい。おふたりとも、今回は本当にありがとうございました」


 ふたりがいなければ今回の成果は得られなかった。

 レオンハルトの戦略は村人たちを自分の足で立たせ、ディーの罠と尾行は勝利への大きな力となった。どちらも、リゼットにはできないことだ。


 心からの感謝の気持ちを伝えると、レオンハルトもディーもどこか嬉しそうに小さく笑って応えてくれる。

 リゼットの笑みが自然と深くなった。


「まぁそれはそれとして」


 歩きながらディーが辺りをきょろきょろと見回す。誰もいないことを確認するように。


「なぁお前ら。もう一度あの巣に寄ってかないか?」

「――そうでした! あそこにはダンジョンがあるんでした!」


 ダンジョンがあるのなら潜る。それが冒険者だ。



◆ ◆ ◆



 ゴブリンの巣があった釜の底。

 その上にあった岸壁の岩の切れ目に洞窟があった。外からではわかりにくい位置だ。そしてもちろん、ただの洞窟ではない。


「これが……ディーの言っていたダンジョンですか?」


 洞窟の内側には、暗闇に続く階段が伸びている。

 まるで異界に続く入口のように。


「これが、ノルンで噂になっていたダンジョンでしょうか」

「いや。おそらく、小さいからいままで見つからなかったダンジョンだ。噂になるくらいのダンジョンなら、もっと人が集まってきているはずだ」

「そーいうこと。つまり、ほとんど手つかずのダンジョンってわけだ」


 ダンジョンが見つかれば冒険者が集まってくる。

 ダンジョンの奥に眠る財宝を、あるいは貴重な素材、あるいは夢を求めて。


 冒険者が集まればギルドができ、ダンジョンを管理するという名目で女神教会がやってくる。冒険者相手の商売をするため商人や職人もやってくる。


 そうやってダンジョン周辺はダンジョンによって潤っていく。

 だがこの周囲にはまだそんな振興の気配はない。


「ゴブリンはここから湧いてきたと思って間違いないな」


 レオンハルトはダンジョンの奥の闇をじっと見つめていた。

 そのエメラルドグリーンの瞳は新たな冒険への期待に輝いている。


「入ってみましょう! まったく未知のダンジョンだなんて、なんだかわくわくしますね」

「まだ開いてない宝箱もあるかもしれねーしな。ヤバそうならすぐに出りゃいーし」

「……そうだな。浅層ならそう危険もないだろうし……」


 完全に乗り気になっているディーが楽しそうにレオンハルトの背中を押す。

 リゼットも二人に続いて洞窟の階段を下りていった。





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