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57 ゴブリンの巣




 仮眠を取ってから、三人でゴブリンの巣に向かう。

 エサを求める鳥が鳴きかう朝の森の中を、薄く霧の立つ中を歩く。地図とディーの案内に従って。


 道中はゴブリンを警戒したが、出会うことも遠目に見ることもなかった。

 まだ報復部隊の帰還を待っているのかもしれない。

 もしすでに全滅したことに気づいているとしても、かなりの戦力が削がれているはずだ。再編には時間がかかる。


 やがて、視界がぱっと開ける。薄暗い森の中から、光に照らされた外の景色が見える。


「ディーの言っていた通りですね。まるで釜の底です」


 まるで採石場のように削りとられた山肌の下に、大きく空いた穴が広がっている。釜の底のように。


「隕石が落ちたかのような穴だな」


 レオンハルトが呟く。

 穴の底には石とレンガを積んで作られた粗末な砦や家があり、集落が出来上がっている。そこに住むゴブリンの数は相当なものだ。


「あの村から搾取するだけでこんなに増えるか? 食料だって相当いるだろ」

「他の集落からも順番に搾取しているんだろう。生かさず殺さず……利口なものだ。あとは冒険者を襲ったり、森で狩りをしているのかもしれない」

「行きましょう」


 このままではゴブリンの数が増えれば増えるほど、被害も増えていく。今日、ここで止める。


【火魔法(神級)】【魔法座標補正】【敵味方識別】


「アルティメットブレイズ!」


 天から降り注ぐ白い火矢が、ゴブリンたちに落ちる。

 火はまたたく間にゴブリンたちを焼き尽くし、灰へと変えた。


「だいぶキレてるな……」

「ああ……だが気持ちはわかる」

「さあ、砦内のゴブリンを倒して、人々を助けに行きましょう!」





 地面に空いた大穴――ゴブリンの巣である釜の底へと降りていく。中は混乱の真っ只中だった。

 多くのゴブリンがいきなり燃え尽きたのだ。

 偶然にも難を逃れたゴブリンも、何が起きたか、これからどうすればいいのかわからず右往左往している。


 リゼットたちは向かってくるゴブリンを倒しながら、中央にある最も大きな砦へと向かう。

 先頭をレオンハルトが、その後ろをリゼットとディーがついていく。


 砦に近づくと、中から出てきたゴブリンの集団と鉢合わせる。

 先頭にいたのは頑強そうな鉄鎧を纏い、両手に鉄塊のような棍棒を持った巨大なゴブリンだった。その大きさはいままで見たゴブリンの中で最も大きい。

 リゼットたち――侵入者を見た瞬間、その雰囲気が烈火のごとき怒りに染まる。



【鑑定】ゴブリンジェネラル。ゴブリンの中でも勇猛果敢で屈強な個体。



「――ブレイズランス!!」


 神炎の槍がゴブリンジェネラルを上から貫く。

 その身体は一瞬で真っ黒に燃え尽き、床に倒れた。

 後ろにいたゴブリンたちもフレイムアローで仕留め、リゼットは砦の中に入ろうとした。群れにはボスがいるものだ。そしてそれは一番高いところか一番安全なところにいる。


「リゼット!」


 レオンハルトの声に呼び止められ、リゼットは短く息を飲む。


「気持ちはわかるが少し落ち着いたほうがいい。俺の後ろにいてくれ」

「――はい」


 完全に頭に血が上っていた。

 燃える髪――火女神の聖遺物が視界の隅で揺らめいている。


 その時、砦の奥――長い廊下の突き当りの大きな扉が開いた。

 出てきたのは、高貴な白いローブを着たゴブリンだった。手にはドラゴンの頭がついた杖を持ち、煌びやかな宝石がその大きな身体を飾っていた。

 その雰囲気は神々しささえ感じさせる。



【鑑定】ゴブリンロード。ゴブリンの君主。非常に知能が高く、高度な魔法を使用する。



 ゴブリンロードはゆっくりとリゼットたちへと歩を進める。


『何故我らの邪魔をする……』

「いま喋りましたッ?!」


 話に聞いていたとはいえ、驚きが口から飛び出す。女神語を流暢に話すとは、本当に知能が高いらしい。

 リゼットはコホンと咳払いをして自分を落ち着かせた。驚いている場合ではない。

 表情を整え、口元を引き締め、ゴブリンロードを見据える。


「奪う生活をしていれば、報復されるのは当然です。そんな道理もおわかりにならないのですか?」

『道理……だと? 貴様らが道理を語るか!』


 ゴブリンロードが咆哮を上げた。身を焦がしていた怒りを吐き出すような叫びを。

 それは魔法の詠唱だった。


(――魔法が来る!)


【先制行動】【火魔法(神級)】


「ブレイズランス!!」


 ――炎がゴブリンロードを貫きかけて、四散した。

 無傷のゴブリンロードがにやりと笑う。リゼットの炎は白いローブさえ燃やすことができなかった。


 次の瞬間、ゴブリンロードの杖の先から黒い炎が噴き上がる。


【聖盾】


 レオンハルトの魔力防壁で黒炎が霧散する。


 レオンハルトが剣を構えると、ゴブリンロードが短い詠唱と共に杖を一振りする。

 すると先ほど倒したはずのゴブリンジェネラルがゆっくりと起き上がる。完全に回復した状態で。


「蘇生魔法まで使えるのかよ……」


 蘇生し、全快したゴブリンジェネラルがゴブリンロードを守る。


 リゼットは思考を巡らせる。

 大型魔法の連発でかなりの魔力を消耗している。大型魔法は使えてあと一回。

 ゴブリンロードはまだ魔力に余裕があるだろう。

 どの相手にどの魔法をぶつけるべきか。選択を誤ってはいけない。


 蘇生したばかりのときは身体能力が落ちていると聞くが、ゴブリンジェネラルの気迫は凄まじい。まるで悪鬼であり、ロードを守る最後の盾だった。

 ゴブリンロードさえ守りきれば、仲間を復活させることができる。


「…………」


 リゼットは自分の首をトン、と軽く叩いた。


「ディー、お願いします」

「ちっ――期待すんなよ」


 ディーの投げナイフを、ゴブリンジェネラルが腕で弾く。


 しかし三本投げたうちの一本が、守りをすり抜けてゴブリンロードの首に刺さる。

 ゴブリンロードは顔を顰めてナイフを抜こうとした。もちろんそれだけで倒せるとは思っていない。


「フレイムバースト!」


 リゼットは魔法を発動する。魔力消費を抑えた魔法で狙ったのはゴブリンロードではない。

 その首に刺さった投げナイフだ。


 ナイフが火魔法の熱で溶け、鉄が喉に流れ込む。詠唱を遮られたゴブリンロードにレオンハルトが肉薄し、剣でローブごとその身体を斬る。赤い血が一気に白いローブを染め上げる。


「フレイムバースト!!」


 リゼットは最後にゴブリンジェネラルの鎧を守っていない部分に照準を合わせ、その頭を吹き飛ばした。






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