189 シェイプシフター
レオンハルトそっくりの子どもは、曇りのない目でレオンハルトを見上げている。
――傍目からは、完全に親子か年の離れた兄弟に見える。少なくとも血縁者であることは疑いようもない。そして「父上」という呼び方――……
「お前……」
ディーが白い目でレオンハルトを見る。
「――違う!! 心当たりがない!!」
レオンハルトは大声で否定する。
「こんなにそっくりで何言ってんだよ。認知しろよ」
「違う!!」
力の限り否定する。
「バーカ、焦りすぎだろ。そもそもこんなところにガキがいるわけねーし。にしても何だこれ」
「何にしろ、モンスターかダンジョンのトラップだ。早く片付けよう」
レオンハルトが剣を突き付けようとしたその瞬間、物陰からもうひとつ影が出てくる。
長い銀色の髪に、青い瞳。ドレスを着た少女は、リゼットを見上げて。
「お母様……」
少し怯えたように言う。
「まあ……私の小さいころにそっくりです」
リゼットは驚く。着ているのはお気に入りだったドレスだ。
これもレオンハルトそっくりの子どもと同様に、モンスターかトラップだろう。
しかしそれにしては、二人ともあまりにも似すぎている。顔も、声も、雰囲気も。
レオンハルトはその場で剣を握ったまま固まっている。
「片づけねぇの?」
「……ものすごく、やりづらい……」
「お前にも人の心があったんだな」
そうしているうちに、もう一人現れる。
ディーにそっくりの子どもが、少し離れた場所からディーを睨んでいた。
そして、ディーそっくりの子どもには、他の二人と大きく違う点があった。
尻尾がある。麦穂のような色で、先は白く、太い立派な尻尾が。
「……これは、シェイプシフターだ」
【鑑定】シェイプシフター。化けるもの。
「まだ子どもで、小さいものにしか化けられないから、俺たちの子どもの頃の記憶を読み取ってその姿を取り、親と呼んでくるんだろう」
「タチ悪ぃ……」
「なんだか倒しにくいですね……」
目の前にいるのは、間違いなくモンスターで、自分たちの子ども時代だ。頭ではわかっていても、倒すのにかなりの抵抗感がある。
「なぁ、無視しねえ?」
「そういうわけにはいかない。シェイプシフターは変身して相手を油断させてから襲ってくる」
レオンハルトは肚を決めたように、剣を構える。
本気の覚悟と殺気。
シェイプシフターも騙し切れないと悟ったのか、怯えた子どもたちの顔から、獣の――モンスターの雰囲気に変わった。
鮮やかな麦穂色の毛皮。耳は尖り、先端は白く染まっていた。
尾は長く、毛並みが豊かで、その姿は狐に似ている。しかし狐と違って尾が九本あった。
「フレイムランス!」
襲い掛かってきた三匹のシェイプシフターを、炎の槍で倒す。炎はすべてを焼き尽くし、毛皮の欠片も残らなかった。
「……はぁ、嫌なもん見たぜ」
ディーが不機嫌そうな顔で頭を掻く。
「お二人とも、可愛らしかったですよ?」
「カワイイって言われて嬉しい野郎はいねーからな? ガキの頃なんて思い出したくもねーし」
そういうものなのだろうかとレオンハルトの方を見るが、レオンハルトも困ったような表情をしていた。
「そういうものなのですね……覚えておきます」
リゼットは深く頷き、料理の続きに戻った。
寝かせておいたパイ生地をワインボトルを転がして伸ばす。パイシートを器に盛ったシチューの上にかぶせて、焦げないように慎重に、丁寧に焼く。
パイ生地が膨らみ、色が変わり、バターの香りと小麦の香りが漂ってくる。
「できました! アウルベア肉のパイ包み焼きです!」
「なんかすっげー凝ってんな」
「はい、いつも以上に気合いを入れました。パイを割って、中のシチューと一緒に食べてみてくださいね」
膨らんだパイの蓋にスプーンを突き立てると、サクッと軽い音がしてパイが中のシチューの上に落ちていく。
そのままパイを崩していき、シチューとパイを絡めて一緒に食べる。
「――すげーうまいな! こんな食いもん、初めて食った」
「ああ。シチューとパイの風味が絡み合って、完成されている……ダンジョンでこんなに手が込んだものが食べられるなんて」
「はい。パイに野菜の甘みが肉の旨味と合わさって、とても美味しいです」
一口食べるごとに、アウルベア肉の旨味と野菜の甘み、パイ生地のサクサクとした食感が口の中で絶妙に絡み合い、美味しさに笑みが零れる。
特にアウルベア肉は、とろけるような柔らかさだった。二度と忘れられないような、幸せの味だ。しっかりと味わいながら食べ進めていく。
「はーっ、食った食った。貴族の食いもんだなこりゃ」
いち早く食べ終わったディーが満足げに言いながら、リゼットを見る。
「美味しく食べていただいて、よかったです」
「ああ。これは本当にうまい。またいつか作ってほしいな」
「ありがとうございます。そうですね、また機会があれば……」
思わず返事を濁してしまう。
未来の約束をするのが、何故か躊躇われた。
気まずい空気が流れかけて、リゼットは慌てて別の話題を探す。しかし、いい話題が出てこない。
――ぽつりと言葉を零したのは、ディーだった。
「……ガキん頃、スラムにスリがすげーうまいやつがいたんだよ」
視線を合わそうとせず、遠いところを見ながら、続ける。
「そいつ、自分だけじゃなくて他のやつらも食わせるために、スリしまくって……最後は貴族を狙って、捕まった。命だけは助かったけどな」
――どんな結果が訪れたのかは想像に難くない。
「バカだよな。自分一人だったらそんなに危険なコトする必要なかったってのに」
「行為は褒められたことではありませんが――……大切なものを守るために、自分ができることを精いっぱいされたんでしょうね」
「される側はたまったもんじゃねーんだよ。自己犠牲なんてクソくらえだ」
ディーはリゼットを見て言う。
リゼットは胸にナイフを突きつけられたような気持ちだった。
何も言えなくなってしまったリゼットの前で、レオンハルトが静かに食器を置く。
「そうかもしれない。だが俺は、どちらの気持ちもわかる。人間は、大切なもののためならどんな犠牲も厭わないものだ」
レオンハルトの瞳には、理解と、深い決意が宿っていた。
「……レオンの場合は、むしろ他の心配をするね。世界も滅ぼしちまいそうだよな」
ディーは苦笑しながら言った。その言葉に、レオンハルトもまた苦笑し、ゆっくりと立ち上がった。
「行こう。そろそろ巨人の心臓も近くなってきているはずだ」
その時、遠くから何かの鳴き声が聞こえてきた。
地の底から響き渡るような、深くて重い咆哮が。
「……階層ボスの声かもしれない」
「嫌な予感しかしねぇ」
「ドラゴンの階層ですから、きっとドラゴンでしょうね」
咆哮の余韻を聞きながら、リゼットは思いを馳せる。
「やはり、初心に戻ってドラゴンステーキでしょうか……」
「もうメニュー考えてんのかよ。前向きが過ぎんだろ」
「食欲があるのはいいことだ。皆でまた、ドラゴンステーキを食べよう」
期待で胸を膨らませながら食事の片づけをし、声の主を探して探索を再開した。