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186 第四層のドラゴンスタチュー





 長い長い階段を下りて、第四層へと下りていく。

 第四層では、灰色の空が広がっていた。第二層と似たような空の色、そして似たような廃墟。


 栄華を極めた都市が一夜で滅び、かつての姿がそのまま現代まで残ったような――そんな風景が静寂の中で広がっていた。


「あそこに飛んでいるのは、ワイバーンでしょうか」

「そうだな……あの翼の形、おそらくそうだろう」


 灰色の空を飛ぶ、大きな鳥のようで爬虫類っぽい形の影を見ながらレオンハルトに聞くと、レオンハルトも頷く。


「第二層とすげー似てるな。あの雰囲気は好きじゃねぇんだけど……」


 ディーがぶつぶつ言いながら、新しい地図を描く準備をする。

 そして、近くの城壁を見上げる。


「この壁、どこまで続いてんだ?」


 リゼットは城壁の右を見る。そして左を見る。

 どこまでも続いているように見えた。


「……どこまでも?」

「ンな馬鹿な」

「どこまでも続いているように見えるし、複雑に設計されているように見える。まずは城壁に沿って探索を進めよう」


 リゼットは城壁を見上げながら、身体が震える衝撃を覚えた。


「――私、すごいことを思いついたかもしれません。この城壁の上を歩けば、探索も楽々じゃないですか?」


 城壁の上は歩けそうなくらいの幅があるように見える。

 崩れている場所も少なく、頑丈に見える。

 問題はかなり高いため、落ちたら痛そうだということぐらいだが、些細なことだ。高い場所から辺りを一望しながら探索できたら、どれだけ気持ちいいだろう。


「悪くないアイデアだけれど、敵の格好の的になりそうだ」

「だな。地道が一番。探索に詰まったら考えよーぜ」

「そ、そうですね。安全第一ですね」


 諦めて、地道に探索していくことにする。


「街と城壁が融合したような場所だな。天井のない迷宮って感じか」


 ディーが周囲を見渡しながら言う。


「迷宮都市という感じですね。移動が大変そうで、暮らすのには向かなさそうです」


 リゼットが正直な感想を言うと、ディーが苦笑する。


「確かに住みたくねぇよな」

「ですよね。あちこちにあるのは、ドラゴンの石像でしょうか。色々な種類のドラゴンがいますね」


 新鮮な景色に、リゼットはまるで都市を観光しているような気分になってくる。

 しかしレオンハルトはどうにも落ち着かなさそうだった。


「レオン、どうしました?」

「いや、俺の国にどことなく雰囲気が似ていて……なんだか妙な気分だ」


 その表情はどこか暗い。


「レオンの国は、女神信仰より竜信仰が盛んなんですよね? こういう石像があちこちにあったりするんでしょうか?」

「ああ……ヴィル国は始祖竜が建国した国だから、竜と深い関りがある。こういう像や意匠も多い」


 記憶と重ねているのか、遠い目をしながら言う。


「お前のところの王族って、ドラゴン退治して一人前なんだろ?」

「ああ。始祖竜の血を継ぐものとして、王族はドラゴンよりも強くなければならない」

「そーいう風習、正直滅茶苦茶じゃね? お前は強いけどさ、戦いが苦手なやつもいるだろ。少なくともオレは無理」

「別にひとりでドラゴンと戦う必要はない。パーティを組んだり、軍を引き連れたり、やり方はいろいろだ」


 割と柔軟らしい。


「それにしても、女神教会の大聖堂の地下にあるダンジョンと、レオンの国の風景が似通っているなんて……何かの繋がりがあるのかもしれませんね。歴史のロマンを感じます」

「ただの偶然じゃね?」

「そう願いたいな」


 モンスターを警戒しながら、城壁に沿って街中を進むが、いまのところモンスターの襲撃はない。


「それにしても、モンスターがいませんね。あのワイバーン、こちらに来ないんでしょうか」


 遠くの空に見えるワイバーンは、こちらに近づいてこようとはしない。


「警戒されてるんじゃねぇの?」

「……人間に慣れていないのかもしれないな。ここまで下りてくる人間はほとんどいないだろうし」


 城壁に沿って進んでいくと、やがて荘厳な門の前に着く。

 門扉がないため中がよく見える。内側もまた、城壁で区切られた道が続いていた。

 しかしいままでとは少し違って、壁の両側にドラゴンの石像がずらりと並んでいた。


 どれも精巧なつくりで、まるで生命を持つかのようだ。

 細部まで緻密に、繊細に彫刻され、一枚一枚の鱗の滑らかさ、牙や爪の鋭さ、そして背中の翼。

 威厳のある顔つきも、こちらを睨む暗い目も。


「いまにも動き出しそうなほどですね……家があったら飾りたいくらいです」

「嫌だよこんなもんに囲まれた生活」

「……こういうものに囲まれて育ってきたから、複雑な気分だな……」


 レオンハルトがものすごく複雑そうな表情で言う。


「素敵じゃないですか。私はすごくいいと思います」


 純粋に憧れながら、その光景を想像する。


「――おい、いま動かなかったか?」


 ディーが警戒の声を上げて、身を竦ませる。

 リゼットはドラゴンの石像たちを見つめるが、動き出したような気配はない。


「動けば素敵だと思いますが――」

「嫌だよ。たぶん気のせいだな。石が動くわけねーよな。ガーゴイルでもねーし……」


 苦笑いを浮かべて肩を竦めるディーに、リゼットは素朴な疑問を口に出す。


「ガーゴイルは石像じゃないんですか? 蝙蝠の羽が生えた悪魔の姿をした魔除けですよね?」


 ガーゴイルは街の重要施設や、大きな屋敷に時折設置されている。存在感と迫力のある存在だ。


「そーいうモンスターがいるんだよ。石像のふりしていきなり動くやつ。アレを呑気に飾るやつらの気が知れねぇよ」

「まあ。では魔除けとしてのガーゴイルの方が後なのですね。魔除けとして最初に飾った方のセンスに感服します」

「ホント、気が知れねえよ。入れ替わってたらどーすんだ」

「スリルがあってよくないですか?」

「日常にスリルはいらん!!」


 ディーの大声が響く。

 そんな中、レオンハルトは真剣な目でドラゴンの石像たちを見つめていた。


「……ドラゴンスタチュー」


 ぽつりと呟く。


「なんだそれ」

「簡単に言えば、ドラゴンタイプのガーゴイルだ」


 レオンハルトの声に応えたかのように、石像の目が赤く輝く。

 まるで石に封印されていたドラゴンが突如として息を吹き返したかのように、姿勢を変えて丸まっていた背中を翼を広げる。

 滑らかで、力強い動きで。



【鑑定】ドラゴンスタチュー。堅牢な石でできたドラゴン。



 石のドラゴン――ドラゴンスタチューが空を飛び、火焔のブレスをリゼットたちへ吐き出した。


【聖盾】


 ブレスをレオンハルトの魔力障壁が防ぐ。

 炎を煙幕代わりにして、ドラゴンスタチューが砲弾のような勢いで突進してきた。

 直線的な動きを、リゼットはレオンハルトの手を借りて回避する。

 ドラゴンスタチューは轟音を立てて地面にめり込み、動きが一瞬停止した。


【土魔法(中級)】【魔法座標補正】


「ストーンバースト!」


 石でできた身体が弾ける。

 ドラゴンスタチューに照準を合わせて、石を砕く魔法を使ったことで、石造りの身体はガラガラと音を立てて、己が開けた穴に崩れ積もった。

 壊れてしまえば、朽ちた石像と何も変わらなかった。


「……完全に石ですね。食べられそうなところはなさそうです。不思議です。どうやって動いているのでしょう」

「ゴーレムと似た仕組みかもしれないな」


 レオンハルトは眉を顰めながら、これから通る路に視線を向ける。

 そこにはずらりとドラゴンの石像が並んでいる。


「なぁ、あれ全部ドラゴンスタチューとか言わねえよな?」

「全部ではありませんが、何体か混ざっていますね。【鑑定】結果がそう言っています」

「マジかよ……」


 石像も存在するが、ドラゴンスタチューの存在も見える。

 だが、遠くからではどれがそれかは特定できない。


「もっと近づいてみないと、どれがそうなのかは判別できませんね……」


 リゼットが言うと、レオンハルトは浮かない顔をした。


「あまり近づきたくはないな。一体ならともかく、複数まとめて動き出すと厄介だ。迂回路はないんだろうか」


 ディーが唸りながら描きかけの地図を見つめる。


「迂回路ねぇ……ったく、これがトラップなら、仕掛けを解除すりゃなんとかなるのによ」

「では、全部砕きましょう」


 リゼットは微笑みながら提案した。


「離れた場所から全部砕いてしまえば、問題ありません」


 相手は石。

 土魔法が普通に通用するはずだ。


「さっすがギミックブレイカー……」

「力技だな……だがいい案かもしれない。リゼット、頼む」

「はい! 任せてください!」


 リゼットは意気揚々とドラゴンの石像に向き合う。


【土魔法(中級)】【魔法座標補正】


「ストーンブレイク!」


 ドラゴンの石像――あるいはドラゴンスタチューが弾け飛ぶ。


「ストーンブレイク!」


 弾け飛ぶ。


「ストーンブレイクぅぅ!」


 まとめて粉々になっていく。

 崩れ落ちていくドラゴンの石像を眺めながら、リゼットは興奮で息を浅くする。


「なんて――なんて気持ちがいいんでしょう」

「こいつヤベーよ……オレがダンジョンマスターなら出禁だ」

「そんなっ!? ――そこまで頼りにしていただけているなんて」

「前向きが過ぎる!」

「俄然やる気が出てきました。さあ、どんどん行きましょう――」


 ――そのとき、上空から強い風が吹きつける。目を開けていられないほどの、叩きつけるような風が。


「――リゼット!」


 風に紛れてレオンハルトの声が聞こえた瞬間、リゼットは何かにぶつかられるような衝撃を感じ――次の瞬間には、空を飛んでいた。


(えっ?)


 両肩を鋭い鉤爪でつかまれている。上を見ると、ワイバーンの滑らかな腹が見えた。

 視線を下に向ければ、遥か下に迷路のような街の姿が見える。


(私――ワイバーンに捕まって、大空を飛んでいます!)






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