表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

184/197

184 空覆うルフ鳥





 ウルファネは天空にルフ鳥を従え、ブローケを見下ろしながら告げる。


「無聊を慰めてくれたお礼だよ。いますぐ女王たちの記憶を返すんだ。そうしなければ、ルフ鳥に君たちを食べさせる。そしてこの階層を更地にしよう。作り直しだ」


 その声には逆らうことを許さない力が込められていた。

 歯ぎしりしてウルファネを睨むブローケの後ろから、女性の戦士たちが咆哮を上げてウルファネに突進していく。


「――やめて!」


 ブローケの悲痛な絶叫が響く。

 彼女たちの武器はウルファネに届くことなくすべて砕け、女性たちは意識を失ったようにその場に倒れた。深く安らかな眠りが、ウルファネを守っていた戦士たちに広がっていく。次々と、深い眠りに落ちていく。


「やめてったら!!」


 ブローケが悲痛な声で叫ぶ。

 ――その瞬間、リゼットの頭の奥に火花が散った。熱い痛みと共に、かつての自分、罪人としての日々、家族の記憶、ダンジョンの記憶、仲間との思い出、戦いと勝利の記憶、モンスターの記憶、自分でつくった料理の味――かけがえのないものたちが、花開き、蘇る。


「……思い出しました。たぶん、全部」


 顔を上げ、自然とレオンハルトと顔を見合わせる。

 視線の中に通じるものを感じ、リゼットは安堵した。


 ――覚えている。


 この信頼感と、安心感。仲間となら、どこまでも突き進んでいけるという気持ち。

 ちゃんと、思い出した。


「ほら、返したよ。だからもう消えて」

「――返せば攻撃しないなんて、一言も言っていない」


 ウルファネがブローケを見る表情は、価値を失ったものを見る無感情なものだった。

 空を覆うルフ鳥が、鳴く。



【鑑定】ルフ鳥。天を覆うほど巨大な鳥。大型動物を捕食する。



 その鳴き声と羽ばたく音は、まるで世界そのものの胎動のように地面を揺らす。

 大きく上空を回り、一瞬だけ星空が垣間見える。


 鋭い眼が光り、集落に向けて滑空を開始した。


【聖盾】


 レオンハルトの魔力防壁が、世界すら呑み込む嵐のような襲撃を跳ね返す。

 その衝撃で、ルフ鳥の身体がよろめいた。


【火魔法神級】


「ブレイズランス!!」


 リゼットの生み出した神炎の槍が、巨大な身体に容易に突き刺さる。

 業火は瞬く間にルフ鳥を焼いた。翼の表面に油でも浮いているのかという燃焼スピードだった。

 炎の中でルフ鳥が悲鳴を上げながら羽ばたいて逃げようとする。焼け落ちる羽根が、炎の雨のように降り注いだ。


 ルフ鳥はあっという間に事切れて、巨体が空からゆっくりと落ちてくる。


(このままだと――)


 集落の上に、焼けたルフ鳥が落ちてしまう。そうすれば何もかも押し潰され、残ったものも焼かれて消えてしまうだろう。


【風魔法(初級)】


「ストームブレイカー!」


 リゼットはいまの自分ができる最大威力の暴風で、落ちてくるルフ鳥を遠くへ飛ばそうとする。

 風に押し流されてわずかに軌道が逸れていくが、このままでは全然足りない。


(もっと――)


 もっと強い力を。


【魔力操作】


 更に風が強まるが、まだ足りない。もっと遠くへ飛ばさなければ。


(もっと、もっと、もっと――)


 焦るリゼットの手に、そっと細い指が触れる。


【魔力操作】【魔力操作】【魔力操作】】

【風魔法(中級)】【風魔法(上級)】【風魔法(超級)】


 スキルが一瞬で有り得ないほど強化される。

 自分の力ではない。これは――


(エルテリアさん――)


 感じる。彼女の力が流れ込んでくるのを。


【魔力操作】【風魔法(神級)】


「貫け!!」


 エルテリアの助力によって作られた風の刃は、ルフ鳥の首を飛ばし、頭を遥か彼方へ吹き飛ばした。

 残った燃え盛る巨体は風に押し流されて、丘の向こうへ落ちていった。

 炎の光が、夜明けのように空を赤く燃やしていた。


 リゼットは風の余韻が吹き荒れる中、振り返る。静けさの中で夜が明けていき、眠らされていた女性たちも起き上がっていく。


 そこにはエルテリアは存在せず、ウルファネもいつの間にか姿を消していた。


「様子を見に行きましょう」


 ルフ鳥が落ちた丘の向こうに行くと、こんがりと焼けたルフ鳥が、焦げた草原の上に翼を広げて横たわっていた。


 風がまた強く吹き、香ばしい匂いが漂ってくる。


「食べましょう!」

「やっぱり食う気か……」


 ディーが呻き、レオンハルトが朗らかに笑っている。


「いいじゃないか。ちょうどよく食べごろみたいだし」

「はい!」


 急いで丘を駆け下り、ルフ鳥の元へ行く。羽根は既に燃え尽きているため、むしる必要はない。

 血抜きもちゃんとできている。


 ――となれば、次は解体。

 リゼットは意気揚々とオリハルコンの包丁を取り出した。


「早速切り分けていきましょう!」


 巨大なルフ鳥の肉に包丁を入れると、肉が焼けた匂いがじゅわっと広がる。

 あまりに魅力的で食欲をそそる匂いだった。

 そう、まるでチキンソテーのような。


「すごく、お腹が空きます……」

「お前、昨日あれだけ食っといて」

「魔法をたくさん使うとお腹が空くんですよね」

「羨ましいような、まったく羨ましくないよーな……」


 それにしても素晴らしい匂いと色だった。

 火が通った部分は金色に輝いていて、透明な肉汁が滴っている。


 ――味見をしたい。その欲求がリゼットから湧き上がる。

 ――はしたない。理性がリゼットを押しとどめる。


(いいえ、味見をすることで最適な料理を考えられるはず。ほんの少しだけ……)


 欲望を前に、理性は時として脆い。

 よく火が通っている金色の肉を、一口分だけ取って食べる。

 柔らかい身を噛むと、まろやかな肉汁が溢れてくる。


「お、おいしい……! この大きさなのにまったく大味でなく、シンプルに焼いただけなのになんておいしいんでしょう……! 香ばしさに甘さが合わさった深い味わい……絶妙なバランスです」


 こっそりと味見するつもりが、あまりの美味に興奮して声を出してしまう。


「もう食ってやがる」

「そんなにうまいのか……」

「はい、とても」


 うっとりとしながらリゼットが頷くと、ふたりも火が通っている黄金色の肉をじっと見つめた。

 そして、一口食べて、驚きに目を見開く。美味しいと、その顔が言っていた。


「これは、驚きだな。物凄くうまい」

「モンスターってでかくても大味にならねーのな……エールが飲みてえ」

「まだ呑む気なのか」

「酒はいくらあってもいいぜ。たまには役に立つしな」


 時折味見をしながら、解体を進めていく。すると、解体中に肉の間からころんと琥珀色の魔石が転がり落ちた。


「ルフ鳥が階層ボスだったんですね」

「手間が省けたじゃねーか」


 レオンハルトは魔石とルフ鳥を見つめる。


「こんな巨大なモンスターを一瞬で召喚するのは、さすがダンジョンマスターというところか」

「……ウルさんは、いったいどういうつもりなんでしょう」


 記憶を取り戻す助力をしてくれたかと思えば、恐ろしいモンスターですべてを無にしようとする。いままでその存在を認めていた人々を、何の躊躇いもなく消してしまおうとする。

 リゼット――ダンジョンの女王を導こうとすることだけが、彼の行動原理に見える。


「ま、あんまり信用しない方がいいだろーな。わけわかんねーし」


 もぐもぐ食べながらディーが言う。

 ウルファネ・アスライはダンジョンマスターだ。だが、ダンジョンマスターでも、ダンジョンのすべてを自在に操ることはできない。


(いいように利用されないようにだけ、気をつけないと)


 肉を噛みしめながら思う。


「それにしても……お鍋にするか、串焼きにするか、ソテーにするか、とても悩みますね」

「食うことしか考えてねえのか?」


 ディーがぼやき、レオンハルトが笑い、ルフ鳥を見上げる。


「全部すればいい。これだけあるんだ。どんな料理も作れるさ」

「そうですね。ふふっ、とても楽しみです」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ