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182 遭遇





 リゼットの知らない人間――あるいは覚えていない人間だ。

 そして向こうもリゼットを知らないようで、顔には警戒心が滲んでいた。


「こんばんは」


 相手が警戒している状態で、敵対行動を取るのは得策ではない。まずは、小さく柔らかな声で挨拶。


「私はリゼットと申します――たぶん」


 自己紹介をすると、男性の表情が変わった。驚きと混乱が浮かぶ。


「君が、リゼット……?」


 その言い方は、リゼットのことを知っているような口ぶりだった。


「私のことを知っているのですか? ――もしかして、あなたがレオンハルトさんですか?」

「…………」


 リゼットは手帳から名前の書かれた紙を抜き取り、困惑している彼に差し出した。


「これは、俺の字だ……レオンハルト・ヴィルフリート……これが、俺の名前なのか……?」

「もしかして、あなたも名前がわからないのですか……?」

「……ああ。名前どころか、ほとんど何も覚えていない」

「私もです……記憶喪失が二人なんて、すごい偶然ですね」

「偶然と言っていいのかどうか」


 困ったように呻く。


「あの、この手帳を見てください。私のものだと思うのですが、『レオン』という名前が何度も何度も書かれていて」


 手帳を開いて中のページを見せる。そして、一つの記述を指差した。


「この『レオン』さんが、あなたのことではないのでしょうか?」

「…………」


 緑色の瞳が手帳を見つめる。一ページ一ページ、じっくりと。


「……これはもしかして、モンスターを料理してるのか?」

「みたいです。覚えていないんですけれど、わくわくしますよね」


 整った顔が苦悶の表情を浮かべる。


「……俺の手帳にも、リゼットという名前があった」

「まあ」

「君はこの字を読めるのか?」


 リゼットの持つ名前の書かれた紙を指差して聞いてくる。


「ごめんなさい……この字は、よく読めないんです。読めたのは名前だけで」

「そうか……」


 少しだけ残念そうに呟き、リゼットに手帳を返す。


「俺の名前がレオンハルトで、俺たちが行動を共にしていたのは、間違いないと思う。俺の手帳にも、ある時期から君のものと同じモンスターが同じ順番で書かれている」


 そう言って手帳を出してくる。モンスターらしき絵と、文章が細かく書かれていた。

 リゼットにはその文章は読めなかったが、リゼットと書かれた文字を発見する。

 その瞬間、全身の血が湧くような興奮と喜びを覚えた。


「私たちは、一緒に旅をしてきたんでしょうか?」

「そうみたいだな……そしていま、一緒に記憶を失っている……何かあったのは間違いない」

「はい。でも、会えて嬉しいです」


 記憶を失う前からの仲間と再会できたことは心強い。


「この『ディー』という方も、同じように記憶を失っているのかもしれませんね」

「ああ……」

「レオンハルトさん。一緒に記憶を取り戻す手段を見つけましょう」


 自分のやるべきことが見えてきて、リゼットは俄然やる気になってきた。


「ああ。おそらく俺たちの記憶を奪ったのは、誰かのスキルか、モンスターの仕業だろう。倒せば記憶も戻るかもしれない」


 その顔には前向きな決意が宿っていた。

 仲間ができ、希望が見えてきたことで、リゼットは増々活力が湧いてきた。


「あの、レオンハルトさん――……レオン、と呼んでもいいですか?」

「うん。短い方が意思の疎通もしやすい。それになんだか、そっちの方がしっくりくる」


 小さな声で尋ねると、レオンハルトは優しく、明るい表情で笑った。

 リゼットがほっと息をついた瞬間、レオンハルトの表情が険しくなる。彼は無言で一つの方向を見ると、リゼットの手を握って建物の影に連れていく。

 促されるまま身を低くすると、誰かが走ってくる気配を感じた。足音は二つ。


「いたか?」

「いや――」


 緊迫した女性たちの囁き声が聞こえ、彼女たちはそのまま走り去っていく。


「――もう追っ手がきたか」


 小さな声で、困惑したように呻く。


「追われてるんですか?」

「ああ……」


 その顔と声には疲労が滲み出ていた。


「私は地下倉庫に閉じ込められていました。この場所で、私たちに何があったのでしょう……」


 再度追っ手の気配が感じられ、またしても女性の声が近づいてくる。


「手ぶらで外に逃げたのか? 夜は危険なのに――」

「絶対に逃がさない。ブローケ様のためにも――」


 追っ手たちが去っていってから、レオンハルトが立ち上がり、リゼットに手を差し伸べる。


「まずは武器防具と荷物を探そう。どこかに隠されているはずだ」

「はい」


 頷きながら、リゼットは自分の手がわずかに震えていることに気づいた。

 レオンハルトが安心させるように、その手を握る。


「大丈夫。俺が君を守る」





 村中に焚かれている篝火と、動き回っている追っ手を避けながら、村の中心である家に近づいていく。大きな焚き火が燃え、人々の出入りがあり、番人も立っているその家こそが、村の中心地だろう。


 近隣の家の屋根の上からその様子を眺め、レオンハルトが眉を顰める。


「ほとんど出払っているな……戻ってくるとは思われていないようだ」

「女性ばかりですね」

「ああ。だが油断しないでくれ。ここはダンジョンの中で、相手は全員スキル持ちだと思っていい。魔法も使ってくる」


 強い警戒心の滲んだ声だった。その顔は引き締まり、緊迫感が漂っている。

 リゼットが地下倉庫にいる間に、どんな経験をしたのだろうか。どこか怯えているようにすら見える。


「狙われているのがレオンなら、私がひとりで行きましょうか?」


 リゼットの提案に、レオンハルトは目を見開いて顔を顰めた。


「だめだ。俺はおそらく殺されることはないが、君はそうじゃない。せめて自分のスキルがわかれば、もう少しやりようも……」

「――スキル、ですか?」

「ああ。ダンジョンの中では誰もが特別な力が得られる。ダンジョンを攻略するための力が」


 レオンハルトの目が、リゼットを向く。


「俺たちにも必ずある。そうやってモンスターに立ち向かって――」

「料理してきたんですものね」


 手帳に書かれていたモンスター料理の数々が、その証拠だ。


「だとしたら、私の力はきっと、不可能を可能にする力です」


 リゼットは自信を持って微笑んだ。


「行きましょう、レオン」


 リゼットは屋根の上で立ち、目的の家を見据えた。


「退いてください!」


 言葉に力を込める。

 リゼットの周囲に風が起こり、それは集いながら暴風となって、目的の家の屋根と番人を吹き飛ばした。


「なんて威力だ――……」


 レオンハルトが乾いた声で呻く。


「こ、ここまでする気はなかったんです」


 申し訳なく思っていると、下で騒ぎが起こり始める。武器を手にした人々がぞろぞろと集まってきて、リゼットたちがいる屋根の周辺を取り囲み始めた。


 梯子を使い、屋根に上ってくる人々もいた。手に剣を持ち、戦闘態勢を整えて。ものすごい気迫だった。


 剣を正面に構えて、ひとりの女性が駆け寄ってくる。

 レオンハルトは動じることなく一気に距離を詰め、剣を躱し、流れるような動作で一瞬の隙をついて女性を転ばせ、剣を奪う。


 さらに屋根を上ってきた別の女性に向けて、レオンハルトはその剣を投げつけた。女性は驚いて足を踏み外し、梯子から落ちていった。


 そして、レオンハルトは屋根にかかる梯子たちを力強く蹴り倒すと、リゼットを抱き上げて、屋根から飛び降りた。

 華麗に着地し、反動のままに立ち上がって目的の家へ向かう。しかし追っ手たちも諦めない。


【土魔法(中級)】


「来ないでくださいー!」


 リゼットが叫んだ瞬間、地面から石の壁が盛り上がり、周囲が高い壁によって覆われる。


「……なんて力だ……」


 レオンハルトの声には驚愕と賞賛が混ざっていた。そしてリゼットをしっかりと抱えたまま、スピードを落とすことなく目的地に急ぐ。

 壁が立ちはだかることで追っ手たちの追撃は一旦は止まるだろうが、それがいつまで続くのかは誰にも予測できなかった。


「いまのうちに荷物を探そう」


 崩れた家に到着した二人はあたりを探し始めた。荷物がここにあるはずだと信じて。


「いてて……お前ら何やってんだよ」


 瓦礫の山からひょっこりと出てきた少年が、ぼやきながら二人を見つめる。

 その表情は、親しい相手に対する気安さと、呆れが混ざっていた。







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