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179 楽園の村




「ここは聖地だけど流刑地でもあるからね。ダンジョン送りにされて、運よく生き残ってここまで辿り着いた人たちが、肩寄せ合って暮らしてるの」


 ブローケは集落に向けて歩きながら、明るく笑う。


「正直、驚きました……」

「驚くよね。でも、すぐに慣れるよ」


 ブローケの安心させるような声とは反対に、レオンハルトとディーの顔は硬い。警戒心が滲み出ていた。


 導かれるままに集落に近づいていくと、不思議そうにこちらを見ている子どもたちの姿に気づく。

 好奇心に満ちた眼差しが、リゼットたちに向けられていた。


 ブローケはその視線に応えるように、明るく笑いながら手を振る。リゼットもそれに倣って手を振った。子どもたちも手を振り返してくれた。


「新しい人はめずらしいからさ」


 アクリスの放牧地となっている、木の杭とロープで囲われている場所を歩いていると、途中から道ができてくる。車輪の轍が道の先までずっと伸びていた。

 集落への道を歩いていくと、今度は緑豊かな畑の前を通る。

 ディーの目が驚きで見開かれた。


「これ、マンドラゴラか?」


 ――マンドラゴラ。

 その有名な名前はリゼットも知っている。


「そうそう。よく知ってるね」

「まさか、叫び声を聞くと死ぬという、あのマンドラゴラですか?」


 エーテルポーションの材料にもなる貴重で危険な植物が、一面に生えている。

 もちろん畑にあるのはマンドラゴラだけではない。まっすぐに立てられたたくさんの畝には、様々な野菜が育っている。


「大丈夫だよ。声を聞いても頭が痛くなるだけだから。それに収穫にはヘルハウンドを使うから。ヘルハウンドはマンドラゴラの叫び声くらいじゃ死なないからね」

「ヘルハウンドを飼っているだって?」


 レオンハルトが驚きの声を上げる。

 ブローケはあっけらかんと頷いた。


「そうだよ。綿花もあるし、モンスターから肉や乳や毛も取れるし、野菜も栽培しているし、お酒も造ってるよ」

「酒? マジかよ、すげえ……」


 ディーが心底感動していた。


「正に、夢のダンジョン生活ですね」


 集落を眺めながら、リゼットは複雑な気持ちになった。

 憧れのダンジョン生活を目の当たりにしているはずなのに、胸がときめかない。むしろざわつく。


「狂暴なモンスターが襲ってくることはないのか?」


 レオンハルトの質問に、ブローケはくるりと振り返って答える。


「危険なのは全部討伐済みだよ」


 青い空を抱くように、全身で風を受けるように、両手を広げる。


「飢えることも、危険も、争いもない。この場所こそが楽園なんだ」


 その声には自信と誇りが溢れていた。


「…………」

「――レオン? どうしました?」

「……いや、ヒューマンの元気な女性が多いなと思っただけだ」


 言われてみれば表に出ているのは女性ばかり。それもヒューマンばかりだ。


「男連中は狩りに出てるからね」


 住民たちの視線を受けながら、家が立ち並ぶ道を歩き、一軒の家に案内される。


「ここがあたしの家。さあ、入って入って」


 ブローケが指し示す家は、周囲の家と同じく木材で組み立てられたもので、簡素ながらも温かみのあるものだった。

 リゼットたちはゆっくりと家に足を踏み入れる。

 家の中はほとんど物がなかったが、干している最中のドライフラワーがあちこちに吊るされていたり、花瓶に花が飾られていたりしていたので、家中が淡い花の香りに満ちていた。


 そしてブローケはリゼットたちをベッドが四つある部屋に通す。


「こちらはもしかして宿なのですか?」

「昔は他の人たちが住んでた家を、いまはあたしが借りてるんだ。友達がよく泊まりに来るから、この寝室はそのままにしてるの」


 ブローケはそう言いながら部屋の窓を空け、風を通す。


「今日はここで休んでて。夜は歓迎会だよ。ごちそういっぱいだから、お腹空かせててね」

「まあ、ありがとうございます。良かったらこれも使ってください」


 リゼットはアイテム鞄の中から肉の塊を取り出し、ブローケに渡す。


「わぁ、いいお肉じゃん。もしかしてミノタウロスの肉?」

「はい」

「それは楽しみ! じゃあごゆっくり」


 肉を抱え、颯爽と部屋から去っていく。

 部屋の中に自分たちだけになると、ディーはベッドに座って足を組んだ。


「やべーなここ」


 げっそりとした顔で息を零した。

 壁際に立つレオンハルトも似たような表情だった。


「ああ。グールの住処に入ったような気分だ」

「そこまで言うか? さすがに言い過ぎだろ……」


 フォローするように言い、頭を掻く。

 リゼットは窓辺に立ち、外の景色を眺めた。


「わからないことだらけですが、彼らはここで生きているんですよね……」


 目に映るのは、空の下、大地の上で人々が生活を営んでいる風景だ。その活気は郊外の村と変わらない。


「ああ。ちゃんと生活をしているし、子どもも生まれている。ひとつの村――いや、国と言ってもいいかもしれない」

「一体どれだけの時間を、この場所で過ごしてきたんでしょう」


 集落のあちこちから、長い年月を経てきたのだろうということが感じられる。立派な家たち、大きく広がる畑、モンスターを家畜にして飼いならしている様も。

 数年では無理だろう。数十年、もしかしたら数百年。


「おいリゼット、これが理想通りのダンジョン生活とか言わねえよな?」


 リゼットは窓に背を向け、二人を見た。

 吹き込む風が髪を揺らした。


「そうですね。姿としては、理想通りです。でも何故か……ここに住みたいとは思えません」


 得体の知らない怖さがある。

 ブローケも、他の人々も、子どもたちも、善良そうに見えるのに。


「オレも住む気はねぇぞ」

「ああ。ここで立ち止まるわけにはいかない。情報だけ交換して、明日にはここを発とう」

「そうですね。私たちは前に進まないと」


 心を決めると、外が少しずつ暗くなっていることに気づく。夜が近づいてくる合図だ。


「この階層にも、夜は訪れるのですね」





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