表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

177/197

177 side教皇アマスフィア





 霊峰の頂――母神に最も近い場所にある大聖堂、その屋上にある祭壇で、教皇アマスフィアは神に祈りを捧げ続けていた。


強い日差しが降り注ぐ

そこにやってくるハーフエルフのユドミラ


 ユドミラはアマスフィアの忠実な部下であり、優秀な審問官であり、信頼のおける相手だった。


「――ただいま戻りました。教皇様」


 ユドミラの左目には眼帯が巻かれていた。

 未来を予知する魔眼――それが失われてしまったことに、アマスフィアは胸を痛めた。


「ユドミラ……大変でしたね」

「いえ、これしきのこと……」

「回復術士を手配しましょう。しばらくは回復に専念しなさい」

「……ありがたきお言葉……」


 ユドミラの右目から涙が零れ落ちる。


 アマスフィアにとっても、女神教会にとっても、魔眼の損失は痛手だった。

 ウルファネ・アスライの予言の精度は低い。彼女の魔眼と合わせて、未来の的中率を高めてきたのに。魔眼は女神に関する未来は一切見えないが、それでも利用価値は高かった。


 失われてしまったことは大きな損失ではあるが、依存するほどのものでもない。

 それでも、復活したらいいとは思う。彼女自身のためにも。


「……あの、真の聖女様は……」

「エルテリア殿は母神の御許に還り、リゼット殿は巡礼の旅へと出ました。これでしばらくは安泰……世界の秩序は守られたのです」


 これで当分の間は大地の巨人が復活することはない。


(あとはウルファネ・アスライがうまく導いてくれるでしょう)


 アマスフィアが教皇になるよりもずっと前から、ダンジョンを管理していたあの男なら。


 ――『母神の右手』について知るものは、女神教会でもごくごく一部のものだけだ。

 教皇と、次期教皇となるものと、信頼のおけるわずかなものだけ。


 世界を守るには、秘密にしておかなければならないことがある。

 民は知らなくていい。知れば余計な混乱が起こる。悪しきことを考えるものが出てくる。


 ――ダークエルフのように。いまだ巨人を信仰する悪しき者どものように。


 だからこそ、秘中の秘なのだ。

 公にしてはならない。

 余計なことを知ったものは、すべて消しておかねばならない。世界の秩序を守るために。


「教皇様……修道者メルが到着しましたが、いかがなさいましょう」


 それは、審問官であるケヴィンとユドミラに回収を命じたものの名前だ。

 ――リゼットの妹である、修道者メル。昔の名前はメルディアナ。

 黒魔術を使って聖痕を奪い取り、聖女の座に収まろうとした俗物。


 ウルファネ・アスライの予言は、この度はすべて真実となった。


 ――新たに生まれる真の聖女は、黒魔術師と妹の手によりダンジョン送りとなる。そしてそこで、女神に認められ聖遺物を手に入れる。

 ――真の聖女は、妹を許す。


「……黒魔術師を確保できなかったのは残念でしたね」

「申し訳ございません。ノルンに到着した際には、すでにリゼット様の手により――……」


 メルディアナの所業は到底許されるものではない。

 だがメルディアナの愚かな行ないにより、聖女リゼットは真の聖女となった。ある意味では、彼女の成果と言えるかもしれない。


 ――女神教会の戒律では処刑するべきだ。


 しかし、聖女リゼット自身がメルディアナを許した。家族愛か、慈悲か。

 利用価値が出ると思って処刑せずに手元に置くため、審問官に確保を命じたが――……


「不要」


 既にリゼットは巡礼の旅に出た。


「――ユドミラ。戒律に従い、罰を与えなさい」


 女神教会に死刑はない。

 罪人の送られる先は、ダンジョンと決まっている。


 女神は寛容だ。あらゆるものを地上に与えた。そしていまも天空から地上を見守っている。

 女神は寛容だ。だが、この地上に不要なものや、役に立たないもの――穢れたもの――そんな、女神の御許に相応しくないものは、大地の下へ送るのだ。


「御心のままに」


 そう答え、ユドミラが静かに下がる。

 空の下で祈りを捧げながら、アマスフィアの心が何故かざわめき始めた。

 風が強くなり、空があっという間に雲に覆われ、ポツリと雨が降り出す。


 湧き上がる不安感を、アマスフィアはうまく落ち着かせることができなかった。


 万事、うまくいっているはずだ。

 真の聖女は、つつがなく『母神の右手』と同化し、ダンジョンの底を目指しているはずだ。

 できるだけ深くに潜って、身を捧げてくれれば、いままでと同じように世界の秩序は守られる。


 必ずそうなるはず。

 そうならなければならない。


 真の聖女ならば必ずそうする。そうしなければ世界が滅ぶとわかっていて、抗う聖女はいない。

 女神たちに認められた魂の持ち主なのだ。

 決して使命を疎かにしない。必ずこの大地は守られる。確信がある。


 ――なのに、この不安感はなんだろう。


「母神よ――……我らをお守りください」


 打ち付ける雨の中、教皇アマスフィアは祈り続けた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
普通にメルディアナより業が深いけどね
『神の名のもとに』 この一言で全てを赦されてると思ってるなら、近いうちに彼女等は抗えない罰をその身で受ける事になるかも知れませんね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ