175 フェニックスのから揚げ
【水魔法(神級)】【敵味方識別】
「アイスブラスト!」
無数の氷の槍が天井から降り注ぎ、フェニックスを貫き、落とし。床に縫い留める。
「まさか、炎から鳥が生まれるなんて。ローストチキンにしましょうか、揚げ物にしましょうか」
「リゼット、危ない!」
フェニックスに近寄ろうとしたリゼットの腕を、レオンハルトが後ろへ引く。
その目の前で、フェニックスの身体が大きく燃え上がった。内側から溢れる炎により、あっという間に灰になる。
「ああ!? もったいない!」
「フェニックスは倒されると、自分を炎で燃やし、灰の中から再生する。――不死鳥。それがフェニックスだ」
レオンハルトの言葉に応えるように、積もった灰の中から燃える鳥がゆっくりと姿を見せた。
「フリーズランス!」
リゼットはフェニックスを再び氷槍で貫き――
「アイスウォール!」
――氷漬けにする。
透明な氷柱の中で完全に固まったフェニックスを見つめ、リゼットはふぅ、と一息ついた。
「凍ったままなら燃えないみたいですね」
「そうだな……燃焼も再生も停止するんだろう」
凍ったことで時間が止まっているのだろう。燃えることも灰になることもない。
「せっかくのフェニックス、ぜひ食べてみたいです」
「自分から燃えるやつをどうやって食うんだよ」
「……再生するために、燃えるんです。つまり再生できなければ燃えない――」
リゼットはアイテム鞄から『母神の右手』を取り出した。母神は死を司る女神。つまり、これが触れれば――
「そ、それは……」
「とんでもねぇもん出してきた……」
慎重に『母神の右手』をフェニックスに触れさせる。
絶対的な『死』に触れているからか、炎が燃え上がることはなかった。
「やっぱり! これなら料理できるはずです!」
『母神の遺物で料理をするなああぁぁ!!』
絶叫と共にリゼットの中から、火を纏った少女――火女神ルルドゥが飛び出してくる。
「うわ。出たよ」
「ここでも現界できるのか……」
ふわふわと浮かぶルルドゥを、レオンハルトとディーが見上げている。
――ルルドゥは火の女神だ。聖遺物『火女神の髪』をリゼットが取り込んで以降、ごく稀に姿を現す。
「お久しぶりです、ルルドゥ」
『大人しく見守っていたら、お主、一体何をしている!?』
「料理です。食べないと元気が出ませんから。ダンジョン探索にはやはりモンスター料理です」
『母神の! 遺物で! 料理をするな!!』
「では、ルルドゥが手伝ってください」
リゼットはにっこりと笑ってルルドゥを見上げる。
「フェニックスの炎も抑えられますよね? ルルドゥは火の女神なのですから」
『何故我がそんなことを……』
「無理強いはしません。他に方法はありますから」
『う、ぐ、ぐぐぐ……』
苦悶の表情で唸りながら、ルルドゥはフェニックスと『母神の右手』を見つめる。
「あのイノシシ止めてくれねーかなぁ……」
「食材を前にしたときのリゼットは誰にも止められないさ」
「なんでお前が嬉しそうなんだよ」
身体をぷるぷると震わせるルルドゥを見上げ、リゼットは微笑んだ。
「もちろん、できないならできないで――」
『誰ができないと言った!』
「さすがルルドゥです。では、よろしくお願いします」
『我が……丸め込まれるなど……』
ルルドゥはぶつぶつ言いながらも、ふわりと浮かび上がってフェニックスの前に行く。
――火の女神と、炎の不死鳥。美しい組み合わせだとリゼットは思った。
「氷を溶かしますから、燃えないようにしてくださいね」
氷を溶かす。火女神の力が働いているのか、再生の炎が燃え上がることなかった。
「さすが、火の女神ルルドゥです。では、まずは羽を毟っていきましょう」
三人でフェニックスの羽を毟っていく。毛穴が開いていて毟りやすい。
「フェニックスの羽根ねぇ……高く売れそうだよな」
抜いた羽根を見ながらディーが興味深そうに呟く。金色と深紅が混ざり合ったような輝く羽根は、見るものを陶酔させる美しさを持っている。
「あちっ。燃えかけてね?」
ディーが慌てて羽根から手を離し、ルルドゥを見上げる。
『ええい、フレーノ! お前も手伝え!』
ルルドゥに呼ばれ、リゼットの中から水女神フレーノが飛び出してくる。
水を纏った水女神フレーノが、渋々と。
『……どうして、わたしまで……』
「まあ。お肉が冷たくなってきました。ルルドゥもフレーノもさすがですね。ありがとうございます」
リゼットはオリハルコンの包丁を取り出し、フェニックスをさばいていく。
オリハルコンの包丁の切れ味は抜群で、フェニックスの燃えるように赤い肉を容易に切り分けられた。むね肉とモモ肉と手羽先、手羽元、ササミ。
リゼットはむね肉とモモ肉を一口大に切り、塩とハーブ、小麦粉をまぶす。
そしてそのままフライパンの中に投入する。
「準備完了です! せっかくですから、フェニックスの炎で調理しましょう。ルルドゥ、フレーノ、発熱させてください。燃えないようにしてくださいね」
フライパンの中で、フェニックス肉の皮からじわじわと油が滲みだす。
じゅわり、と食欲をそそる音と匂いをさせて、肉に火が通っていく。小麦粉に油が染み込み、カラッと色づいていく。
「自分から料理されてやがる……皮肉なもんだな」
「――できました! フェニックスのから揚げです!」
フェニックスのから揚げは、キツネ色に揚がって、何とも香ばしい香りを放っている。
「すんげーうまそーだけど、腹の中で燃えねえか?」
「大丈夫です。私たちはいままでたくさんのモンスターを食べてきました。それにより、胃や胃酸も強化されてきました。――そう、モンスター料理が私たちを強くしてくれているんです!」
リゼットが力説すると、レオンハルトが真剣な表情で頷く。
「確かに、それはあるかもしれない」
「うぐぅ……ただのヒューマンでいたかった」
「とりあえず私から食べてみますので、もし何かあったらお願いします」
「怖いもの知らずかよ」
「復活アイテムも、レオンの蘇生魔法もありますから何も怖くありません。いただきます!」
油の滲むから揚げを、ぱくっと口の中に入れる。香ばしい皮と衣のカリッとした食感に、じゅわっと滲む油。肉の旨味。しっかりと、しっかりと噛む。
そして、呑み込む。
「おいしい……噛めば噛むほどに溢れ出てくる肉汁。そしてこの熱……お腹がポカポカしてきます」
「なるほど。よく噛むことで潰されて、胃液に浸され消化されて変質し、再生できなくなっているんだろう。食べることでフェニックスの不死性を完全に封じているんだ」
「食べるってすげえな……」
リゼットは大きく頷いた。
「はい。食べることは生きること。不死鳥を食べるだなんて、一生に何度あることでしょうか」
「普通は一度もねぇよ」
その間にもフェニックスのから揚げはどんどん出来上がっていく。
次はレオンハルトがフォークでから揚げを突き刺し、食べた。
「これは、うまい……」
感動しながら噛みしめている。
どうやら安全そうだと判断したのか、ディーも食べ始めた。
「すげぇ……いくらでも食えるなこれ」
夢中で食べていくうちに、祭壇の奥で燃えていた聖火が弱まり、消える。
炎が燃えていた場所を覗き見てみると、中に琥珀色の魔石が転がっていた。
「食欲は、不死鳥をも倒せるのか」
感慨深そうにレオンハルトが呟く。その眼差しは真剣で、何かを考えているようだった。
『何故……我がこんなことを……』
『どうしてわたしがこんなことを……』
女神たちがぐったりとしながらふわふわと浮いている。
何故か酷く消耗していた。
「お疲れ様です。ご馳走様でした」
リゼットは女神たちへ両手を広げ、戻ってくる彼女たちを受け入れた。