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174 旧聖都の番人




 朝が訪れても、空は変わらず灰色の雲に覆われていた。

 台所に移動し、昨日のアウルベア肉のトマトシチューと、パンとチーズをあたためて食べる。

 食後はやや濃く淹れた茶にハチミツを溶かして飲んだ。


「探索を再開する前に、あの墓地の方へ行ってもいいでしょうか」

「……またキノコを採る気か?」

「それも少しだけありますが」

「あんのかよ!」

「気になることがあって。あの場所がどんな場所なのか、もう一度確認したいんです」


 ディーはあからさまに乗り気ではなかったが、レオンハルトが力強く顔を上げる。


「あの辺りはまだ調べられていない部分がある。地図を埋めるついでだ。行ってみよう」


 食事の片づけをして、出発し、最初に墓地に向かう。

 灰色の空の下、荒涼とした風に揺れる花と、そこに点在する墓石を眺めながら、リゼットは口を開いた。


「――ウルさん」


 虚空に向かって呼びかけると、その部分の景色が歪み、ウルファネの姿が浮かび上がる。

 彼が降り立つと、風が冷たく吹き抜けた。


「どうしたのかな。我が女王」

「……本当に見守っていただいているんですね」

「もちろん。僕はこのダンジョンそのものだからね」


 にこやかに言う。リゼットは深くは考えないことにした。


「この墓石の下には、誰かが眠っているのでしょうか?」

「ああ、いるよ」

「げっ」


 ディーが呻き声を漏らす。

 リゼットはエルテリアから預かっているイヤリングを取り出し、ウルファネに見せた。


「――その中に、このイヤリングの持ち主はいらっしゃいますか?」

「その人はここにはいない」


 迷いなく断言する。

 ダンジョンのことを隅々まですべて把握しているような自信だった。


「――ここはね、デュラハンのつくった墓地なんだ。彼女が死を与えた人間を埋める場所」

「彼女? デュラハンは女性なのですか?」

「そうだよ。そしてここは、ダンジョンができたときから墓地だった。ここがダンジョンができたときから古い聖都であるように」


 冷たい風が吹き、花たちが物悲しい音色を奏でる。

 ウルファネは歌うように続けた。


「もちろん、ダンジョンには聖都の住人は再現されていない。でも場所の記憶に引きずられて彼女が生まれ、もうすぐ死ぬ人間を迎えに行くようになったのさ」

「デュラハンは、彷徨える亡霊ということか」


 レオンハルトの言葉に、ウルファネは頷く。


「そうだね、精霊と言うよりは亡霊に近いかな。昨日デュラハンは消えてしまったけれど、デュラハンがいなくなっても、場所の記憶は消えない。また新しいデュラハンが生み出され、迷い込んだ人間を迎えに行くのだろうね」


 その言葉で、リゼットはまた新しくダンジョンのことを知る。

 モンスターは環境に適応して生まれ、環境に沿って生きていく。その存在自体が風景の一部であるように、眼前に広がる花々と同じように。


「――ここは、ウルさんの見た景色なのですか?」


 ウルファネに問うと、小さく微笑んだ。


「ここはね、巨人の呪いで滅びた聖都の姿だよ」

「呪いで……?」

「巨人の呪いにはいろいろとあるけれど、この時は疫病が蔓延して、あっという間だった」


 ウルファネは在りし日を思い出しているのか、遠い目をして墓地を眺める。

 巨人の呪いは災厄を呼び大地を枯らすと言われているが、疫病まで呼び寄せるとは。


「まだその疫病が残ってるって言わねえだろうな」

「人間を食べて蔓延する病は、食べる人間がいなくなれば消えるしかない。それにそもそもここは、その風景の再現だ。疫病はここにはないよ」


 少し寂しげに呟き、ウルファネは花々を揺らす風と共に姿を消した。


「……あいつ、オレたちをずっと見張ってんだろうな……どこから見てんだろーな」

「すべて見られていると思った方がいいだろう」

「でしょうね……」


 少し恥ずかしい気もしたが、恥ずかしがっていては冒険はできない。リゼットは気を取り直して踵を返した。


「では次は、あの大聖堂に行きましょう!」





 大聖堂を目指し、古い石畳の道を進んで滅びた旧聖都を探索していく。


 市街の道は複雑で、路地が入り組んでいるため、近づいているはずなのに、なかなか近づけない。

 暗くなりかけてきたら拠点にしている家に戻って休むのを繰り返しながら、旧聖都を歩く。


「そんな予定なかったのに、ほとんど地図が埋まっちまった気がするぜ……」


 ディーがどこか楽しそうに地図を見つめる。


「出てくるのはレリックラプターくらいですしね。煮ても焼いても食べられません」


 食料の残りが少し心配になってくる頃、遂に目指す大聖堂に到着した。

 近くにくると、その壮大な石造りの姿にますます圧倒される。


「――外から見た限り、現在の姿とそう変わらないように見えるな」


 正面門の巨大な扉は開いていた。

 おそらくモンスターが待ち受けていることだろう。警戒しながら、中へ入る。

 玄関はとても広く、神聖な静寂に満ちていた。


「へっ、こんなかたちで大聖堂を観光することになるとはな」


 壁には神話をなぞった壁画が描かれ、女神たちが描かれている。


「……えらく神々しさが強調されてね?」

「そういうものだ」

「すごく美術的価値の高いものばかりですね。こういう機会でなければ、ゆっくり鑑賞したいのですが」


 精緻な筆遣いが刻まれている壁の絵も、石に刻まれている温度さえ感じそうな彫刻も、立ち並ぶ銅像も、歴史的にも美術的にも価値の高いものばかりだ。持ち出されかねないほどに。


「んじゃ、しっかり地図作っとくか。戻ったときに役立つかもしれねーし」


 ディーが新しい地図用の紙を用意する。


 玄関にある三つの扉の中から、中央の扉を押し開き、回廊へ入る。


 内部は薄暗かった。柱や壁には多くの彫刻や絵画で飾られ、聖なる物語が描かれていた。

 真正面には荘厳な祭壇が見えるが、かなり遠い。それが大聖堂の広大さを感じさせる。


 天井は高く、聖なる物語になぞらえたステンドグラスが並んでいる。本来ならば、日の光が美しい彩りとともに室内に降り注ぎ、神秘的な光景を作り出すのだろう。

 だが、灰色の空から差し込む光はほんのわずかだ。


 祭壇までへの道を慎重に進んでいく。


 回廊の横側には絵画や銅像の他に、小さな礼拝堂がたくさん並んでいる。信者の声を聞く場所だろうか。神官の説法をする場所だろうか。

 この大聖堂はただの再現で、本物ではないはずなのに、多くの人々の感情の残滓を感じた。


 途中、突如として石の柱が動き出す。


「――ゴーレムだ」

「倒しますね」


 リゼットは先制攻撃の水魔法で手早くゴーレムを破壊する。


「相変わらず早え」


 ほとんど問題なく奥へ進んでいき、そしてようやく祭壇の場所まで辿り着く。

 漆黒の大理石で造られた祭壇の上には供物は何も捧げられておらず、正面で聖火が赤く燃え盛るのみだった。


 ――何が燃えているのだろう、と素朴な疑問を抱く。

 誰かが燃料をくべて管理しているとは思えない。魔法の炎か、モンスターの炎だろうか。


 他には何もない。モンスターも、通路も。行き止まりのようだった。


「……ここで行き止まりでしょうか?」

「オレらがあいつに連れてかれたのは、多分地下の迷路だぜ。神の座とやらも地下だったろ? どっかに隠し通路があるはずだぜ」


 ディーがそう言って祭壇の周囲を調べ始める。その姿は生き生きとしていた。


「女神教会でもごく一部の人間しか知らねぇ場所だ。探し甲斐があるよな」

「でも、あの大聖堂とこの大聖堂は違うものですよね?」

「だとしても、探すだけ探してみよう。階層ボスもそこにいるかもしれない――」


 その言葉が途切れた瞬間、祭壇正面の聖火が急に大きく膨らむ。

 炎は火花を散らせながら天井に打ちあがり、その中から火を纏った美しい鳥が生まれた。

 炎の鳥は両翼を大きく広げながら、高みからリゼットたちを見下ろす。羽ばたきの音が聖堂内に響き渡る。



【鑑定】フェニックス。破壊と再生を象徴する不死鳥。強力な炎を操る。






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