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166 ダンジョンマスター





「……なんかいきなりダンジョンマスターが出てきたぜ?」


 ウルファネの姿をちらちら見ながら、ディーがひそひそと言ってくる。


「……話が早いというか、都合が良すぎるというか……」

「ダンジョンは神秘と不思議で満ちていますから、そういうこともあるでしょう」


 不可思議なことは「ダンジョンだから」で概ね説明ができる。ダンジョンは外の世界とは別の法則で動いている。

 ――ひとまず、ダンジョンマスターが好意的に接触してきてくれたのは、幸先のいいことだ。リゼットを女王と呼んでいたことはとても気になるが。


「……ウルファネ・アスライさん」


 リゼットは慎重に彼の名前を繰り返した。

 エルフは決まった愛称か、フルネームで呼ばないと失礼に当たると知っていた。

 ウルファネは顔を上げると、美しい微笑みを浮かべる。


「ウルと」

「私はリゼットと申します。ウルさん……女王とは、何ですか?」


 ひとまず一番気になったことを聞く。オリハルコンの包丁を握ったまま。


「もちろんダンジョンの女王であり、僕の女王だ」


 ――ダンジョンには、聖遺物を宿す王と、それに仕えるダンジョンマスターがいる。

 ウルファネは王がリゼットであり、ダンジョンマスターが自分であると言っている。


「――と、いうことは、このダンジョンは私の思い通りになるということですか?」

「なんでそんなに順応早いんだよ」


 ディーが呆れたように呻く。


「だって、ダンジョンの主になれるなんて――普通ありませんよ、こんなこと」

「あってたまるか! なんで嬉しそうなんだよ!」


 ウルファネは楽しそうに声を上げて笑っていた。


「いやいや、ごめん。管理者はあくまで僕なんだ。女王が自在にダンジョンを変えられるわけじゃない。けど、女王の望みを叶えることが僕の喜びさ」


 言って立ち上がると、リゼットの方に歩み寄ってくる。

 レオンハルトがリゼットの前に立ち、それ以上の接近を阻止した。


「やれやれ、警戒心の強い騎士だ。僕は女王に危害を加えたりしないよ」


 ウルファネは両手を上げて武器も敵意もない素振りを見せるが、レオンハルトは警戒を緩めない。

 リゼットはレオンハルトの背後から顔を出し、尋ねる。


「あの、ウルさんはダンジョンマスターなんですよね?」

「そのとおり。女王の意に従い、ダンジョンを管理し、ダンジョンを整備するのが僕の仕事さ」

「私たちをここから出してください」


 ダンジョンマスターならダンジョンの構造を作り変えられるはず。

 そしてウルファネにとってリゼットが王ならば、頼みを聞いてくれるかもしれない。


「それは無理」


 期待は一瞬で裏切られる。


「無理なことばかりじゃねーか……」

「うん。ダンジョンの王も、ダンジョンマスターも、何もかもを自分の思い通りにはできない。いままで出会った女王たちも地上に帰ることを願ったけれど、僕にはどうしようもなかった」


 一瞬だけ悲しげに目を細める。


「皆ついには諦めて、女神と共にダンジョンを進み、気持ちが折れた場所で大地と一体化したよ」

「……落とされたときに墜落死された方はいらっしゃらなかったのですか?」


 ウルファネは頷く。


「母神の右手の浮力で、地面に叩きつけられることはほぼなかったね。でもそれは独りで来た場合。二人で来た女王もいたけれど、残念ながら浮力が足りなかった。そういう場合は浅いから、代替わりも早いんだよね」

「そうだったんですね……」


 アイテム鞄の中の『母神の右手』を見つめる。

 一体いままで何人の聖女が犠牲になったのだろう。


「ウルさん的には、私は何をすべきなのですか?」

「できるだけ深くダンジョンを潜ってもらいたいな」


 ウルファネはにこやかに続ける。


「そして右手と同化し、地面に刺してもらいたい。そうなれば死の封印が更新される。刺した場所が深ければ深いほど、封印は長く持つ」

「――君の話は、女神教会の教皇の意向と同じだ。君も、女神教会側なのか?」


 レオンハルトに険しい声で問われ、ウルファネは頷く。


「アマスフィアとは旧知の仲だよ。予言も与えている。当たり三割とか言われているけれど」

「それって『当たらない』って言ってるようなもんじゃね?」


 ウルファネは困ったように苦笑いし、頬を掻いた。


「二分の一の勘より当たらないが、妄想よりは実現するというところか」

「そのとおり。だから皆、不満は言いつつ僕を無視できない」


 扱いに困りそうな予言だと、リゼットは思った。

 女神教会のことが少しずつ見えてきたが、ともあれ、やることは変わらない。


「とりあえず、できるだけ深くに行ってみましょう」

「ああ。脱出のことはそれから考えよう」

「はい、することはいつもと同じです。ダンジョンを楽しみながら攻略し、おいしいものを食べて、よく休み、一番奥を目指す」

「ブレねえやつ……」


 リゼットは微笑み、包丁を手にウルファネを見る。


「ウルさん――とりあえず、お話の続きは食事の後でよろしいでしょうか? お腹がもう限界なんです」

「あ、はい」


 話はいったん中断し、リゼットは切り出されたアウルベアの肉を手に取った。

 濃い赤色の新鮮な肉に、雪が降るように脂肪が分散している。美しい塊肉を、リゼットはうっとりと見つめる。


「なんていいお肉でしょう。食べ応えがありそうです」


 きっと栄養も満点だろう。

 火をおこし、フライパンを充分に熱しながら、肉を厚切りにして、塩とスパイスでシンプルに味をつける。


 肉がフライパンに触れると、ジュワっと音を立てて、香ばしい匂いが広がった。焼き色がつくまで丁寧に焼き上げていく。


「できました! アウルベアのステーキです!」


 美しい焼き色と美味しそうな香りに頬が緩む。

 そして食事の時間が始まった。


「……モンスター肉を食べた歴代女王はいたけれど、料理する女王は初めてだよ」


 ウルファネの呟きに、リゼットは驚きで目を丸くする。


「まあ、もしかして生で?」

「さすがに焼いてたよ」

「それなら、もう立派な料理です。さあ、ウルさんもどうぞ」


 リゼットは最初の一切れを食べ、目を見開いた。旨味が、香りが、頭と身体に響き渡る。しっかりと噛んで呑み込み。


「おいしい……!」


 喜びの声を上げる。


「これはうまいな……肉汁が溢れて、とろけるようだ」


 レオンハルトが感激の滲んだ声と表情で言う。


 ディーは、もぐもぐとアウルベアのステーキを食べている。食事に集中しているかのように、しばらく黙っていきおいよく食べていた。


「なんだこれ。熊ってこんなにうめぇの?」


 一息ついて、驚きの声を零す。

 ウルファネはリゼットたちの様子と、ステーキを、ただ見つめていた。


「……物を食べるなんていつぶりか……」

「まあ。それですといきなりステーキよりも果物からとかの方がいいでしょうか」

「いや、お気遣いなく」


 言って、ステーキを食べる。端正な顔に驚きが広がる。


「どうでしょうか?」

「そうだな……美味しい、と言うところなのかな。命の味がするよ」


 言って、食べ続ける。

 気に入ってもらえたようで、リゼットは嬉しくなった。


「どんどん焼きますね。デザートにめずらしい果物もありますから、楽しみにしていてください」


 食べながら、レオンハルトがウルファネを見る。


「俺はレオンハルト・ヴィルフリートだ。――ウルと呼んでも?」

「ご自由に。女王の騎士」

「……このダンジョンの底には、伝承通りに巨人の心臓があるのか?」

「そうだね。そのとおりだ」

「――よし」


 レオンハルトは力強く拳を握りしめた。


「俄然やる気になってやがる……」

「巨人の心臓の位置がわかり、とどめを刺せそうな鍵もあるんだ」


 レオンハルトがリゼットのアイテム鞄を見る。『母神の右手』のことだろう。


「挑戦する価値は充分にある」


 その声と表情は気力に溢れていた。


 女神教会の本山にまでやってきた目的のひとつは、大地の巨人を完全に殺す方法を探すことだ。

 巨人が復活する可能性があるから、女神たちの聖遺物が杭となって巨人への死の封印を留める必要がある。その聖遺物も時間の経過とともに徐々に失われていくため、新たに女神をつくる必要がある。女神になれるのは、女神に認められた聖女――真の聖女だけだという。


 リゼットは、己の死後なら、たとえ身体を引き裂かれてもいいと思った。他の女神たちのように精神だけで生き続けるのは、少しだけ困ったなと思いながら。

 レオンハルトはそんなリゼットの弱さに気づいてくれて、大地の巨人を完全に殺すと言ってくれた。そうなれば、リゼットが女神化する必要はないと。


 ――嬉しかった。


「――そうだ、ウルさん。このダンジョンには、モンスターはいますか」

「もちろん。この場所も大地の巨人の影響も強く受けている。当然、この先には恐ろしいモンスターが、うようよと彷徨っている。けど女王に危害を加えようとは――ああいや――……」


 夜空のような紺碧の瞳が、リゼットを見つめる。


「女王、君はまだ女王ではなかった。母神の右手を取り込んでいないのだから。でも名前で呼ぶのはあまりにも不敬。女王ではないなら――姫? うーん、やっぱり女王でいいか、うん」


 独りで悩み、独りで答えを出して納得する。


「だから、きっと女王にもモンスターは襲いくるだろう。それを避けるためにも、いますぐ母神の右手を己がものにした方がいい」


 リゼットは静かに首を横に振った。


「そんなもったいないことできません」

「なんで嬉しそうなの? モンスターが怖くないの?」

「だって、避けられてしまったら、捕まえにくくなるじゃないですか。せっかくの食料が」


 ウルファネは端正な顔を引きつらせた。


「本気でモンスター食べながら潜る気?」

「はい。だって、モンスター料理はとってもおいしくて、力が湧いてきて、栄養満点なんですよ」

「今回の女王は、とてもおもしろいなぁ。俄然興味が湧いてきたよ……」


 楽しそうに微笑みながら、完食した皿をリゼットに渡してくる。


「僕も見守らせてもらおうかな。女王の旅路を」

「まあ、ダンジョンマスターの方が一緒だなんて心強いです」

「いやー、手助けはできないけれどね。これ、いちおう試練だから」


 申し訳なさそうに言った直後、煙のように姿が消えた。






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