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164 共にいる







 カラカラと、小石の転がる音が鳴り続け、やがてそれも静寂に飲まれる。


 リゼットは目を閉じたまま身じろぎした。心臓は激しく鼓動を打ち、全身がじんじんと痛い。

 だが、生きている。

 痛みは生きている証だ。とても信じられないが、生きている。


「スキルが使えて、助かった……どうやらここはダンジョン領域みたいだな……」


 レオンハルトの声と息遣いが耳元で聞こえる。

 リゼットはレオンハルトの腕の中で、抱き着くように座っていた。

 レオンハルトは壁に背を預けた状態で、リゼットを庇うように抱きしめていた。


「リゼット、怪我はないか――?」

「は、はい。たぶん……」


 顔を上げたリゼットは、息を呑んだ。

 レオンハルトの頭から血が流れ、金色の髪を濡らしていた。


「レオン、血が……」


 声が震える。


「ん? ああ、大したことじゃない。頭が切れただけだ」

「大したことです。自分の方を先に心配してください……!」

「でも――」

「いいですから、私は大丈夫ですから」

「ああ……」


 レオンハルトはそう言って、自分の回復魔法で治していく。血の流れが止まり、零れていた血も大部分が戻っていく。それでも顔の半分には血痕が残っていた。


 よく見れば他にも傷があり、鎧が変形している場所もある。かなりの衝撃を受け止めたことがわかる。

 それに比べてリゼットは擦り傷と打ち身ぐらいだ。

 ――どれだけ守られていたかが、わかる。


 リゼットは声を詰まらせる。瞳からは涙が溢れ、頬を伝い落ちる。


「ごめんなさい……私のせいで――」

「君のせいじゃない」


 リゼットは言葉が出せず、ただ首を横に振る。

 巻き込んでしまったこと。地の底にまで連れてきてしまったこと。ひどい怪我をさせたこと。

 ――何もできなかったこと。

 情けなくて悔しくて、申し訳ない。消えてなくなりたい。


「俺には、リゼット以上に大事なものはない」


 背中にそっと触れた手からあたたかいものが流れ込んできて、身体の痛みが消えていく。

 ――回復魔法だ。

 身体を癒す優しさに、その言葉に、胸が苦しくなる。


「世界が君を犠牲にしようとするのなら、世界を変える」


 決意の宿る瞳は、わずかに金色を帯びていた。


「もし、何もできなかったとしても、最後まで君と共にいる」


 リゼットの胸が、とくん、とくんと激しく鳴る。

 ――彼に触れたい。抱きしめたい。

 湧き上がる感情のまま、リゼットはレオンハルトの首に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。


「リゼット――」


 名前を呼ばれ、更に胸が高鳴っていく。


「――うぎゃああぁあぁあぁぁ!」


 上方から聞こえる悲鳴に、リゼットは驚いて顔を上げた。


(ディー?)


 近くに転がっていたユニコーンの角杖を手に取り、立ち上がる。

 よく見えないが、すごい勢いで何かが落ちてくるのを感じる。


【風魔法(初級)】


「風よ!」


 風を強く吹かせ、落ちてくるものを風で受け止める。

 浮き上がらせるまではいかなかったが、落下の勢いがわずかに弱まる。

 リゼットは更に風を吹かせ、もう一度落下速度を落とさせた。


 落ちてきたディーを、レオンハルトが受け止める。ふたりはもつれ合って崩れ落ちるように地面に倒れた。


「はあ……今度こそマジで死ぬかと思った……」


 レオンハルトの上で両手足を投げ出し、上を見上げてディーが呻く。


「いいから、早く、退いてくれ……」

「どうしてディーまで……もしかして、落とされたんですか?」

「ん。秘中の秘を見られたからには――ってな」


 ディーはやってられないとばかりに言いながらレオンハルトの上から滑り降り、リゼットとレオンハルトを見る。


「ま、お前らがいる分、地獄の底でもまだマシか」

「地獄の底……」


 リゼットは改めて、周囲を見た。

 大聖堂の神の座に空いた穴――その下は、まるで洞窟のように暗くて広かった。周囲は石の壁で覆われて、上はあまりにも高くて、とてつもなく暗い。その闇の中でも、地面だけは薄っすらと青く光っていた。


 青白く煌めく地面には、たくさんの人骨が落ちていた。かなり古いものばかりで、壊れているものがほとんどだ。おそらく、地面に勢いよく叩きつけられたのだろう。


 積もる骨の欠片が、これまでに何があったのかを静かに物語っていた。


「――許せません」


 リゼットの中にふつふつと怒りが湧いてくる。


「もう許せません。とりあえずここを出ましょう」

「出るったって、どうやって。今度ばかりは登れる高さじゃねーぞ……」


 ディーは絶望的な表情で上を見る。

 果てしなく深い穴だ。翼でも生えてなければ抜け出せないほどに。


「簡単です。壁に階段を作っていけばいいんです。ストーンピラー!」


 壁に魔法をかける。いつもならその部分が隆起して、その繰り返しで階段を作れるはずなのだが――何故か、壁はぴくりとも変化しない。


「……どうしましょう。魔法が効きません……」


 その時リゼットは、『母神の右手』がふよふよと宙に浮かんでいることに気づいた。それはゆっくりと、上を目指して登っていく。

 リゼットは両手を伸ばして、『母神の右手』をパシッとつかんで留める。


「――ああ、なるほど。空に戻ろうとしているんですね。教皇の言っていた通りです」

「リゼット、あまり触らない方が……」


 レオンハルトが心配そうな顔をするが、リゼットは微笑んだ。


「大丈夫です。おそらく、私が心から望まなければ、同化しないのでしょう」


 いままでの経験からも、きっとそうだと思った。

 聖遺物に支配されるのではなく、自分が聖遺物を支配する。

 先ほどは一瞬揺らいでしまったが、もうあんなことは起こさない。


「おふたりは触らないでくださいね」

「頼まれても触らねーから安心しろ」

「ああ……俺には、なんだかすごく恐ろしいものに感じる」

「死を司る聖遺物でしょうからね……そうだ! これに引っ張ってもらって飛べないでしょうか? 教皇の話通りなら、山をここまで隆起させたのですから、かなりの浮力があるはずです!」


 いいアイデアだと思ったが、『母神の右手』は浮かび上がる気配がない。


「……私、重いんでしょうか?」

「いや、きっと、そういうことじゃない……と思う」

「とりあえず、アイテム鞄に入れておきましょう」

「図太すぎんだろ……」


 アイテム鞄に『母神の右手』を入れて、ひとまず身軽になる。

 その時リゼットは、地面に落ちていた小さなイヤリングを見つけた。おそらくエルテリアがつけていたものだろう。


 リゼットはそれも拾い、アイテム鞄の中に入れた。この場所に放置していくのは気が咎めた。


「――ひとまず、風魔法を試してみましょう。きっと空も飛べるはず」


 実現したらどれだけ楽しいだろう。リゼットは胸を弾ませ、魔法を使うため集中した。


【風魔法(初級)】【魔力操作】


「ウィンドリフト」


 風がリゼットを包み込み、身体がわずかに浮かび上がる。

 ――だが、そこまでだった。

 空中には浮くが、全然上に行かない。飛べない。魔法の効果がすぐに消えて、リゼットは空しく地面に降り立った。


「…………」

「全然無理じゃねーか」

「うう……」

「さっきの風女神とやらの聖遺物でなんとかなんねーの?」


 ――聖女エルテリアの持っていた『風女神の踵骨』のことだろうか。


「あれは消えてしまいました。すべての力を失ってしまったのでしょう」

「スキルポイントで強化しちまえば?」

「いや……スキルポイントの使用は慎重にした方がいい。魔法は使う内に強化されていくし」


 レオンハルトが冷静に言う。


「それってどれくらいかかるんだ?」

「意識して使えば、ひとつのダンジョンをクリアするころには、上級くらいにはなるはずです」


 とはいえ料理に使うのは火魔法と水魔法がほとんどだ。

 戦いでもその二つの使い勝手が良すぎる。


「早いんだか遅せーんだか……」

「かなり早い方だ。そもそもこれだけ早く複数の属性を極められること自体、稀有なことだ。普通は一生をかけてひとつの属性を極めていくものなんだ」

「そうなんですね」


 頷きながらリゼットは風魔法の料理への活用方法を考えていた。


(乾燥とか……? 干し肉に干し魚……干しキノコ……)


「あの顔、絶対ロクなこと考えてねぇぞ」

「前向きなのはいいことじゃないか」

「にしたって限度がある。で、どーする? なんかあっちに、おあつらえ向きのもんがあるけど」


 青白く光る地面を照らす光の先に、古びた石造りの階段があった。

 確かな存在感と異彩を放つ、異界への入口のような、下へ続く階段が。


「まあ。まるで、ダンジョンの入口のようですね」

「本山の下にダンジョンか……女神教会はいったいいくつ秘密抱えているんだろう……」


 リゼットは高まる胸を抑えられなかった。


「楽しみでたまらないって顔してるな」


 ディーがどこか嬉しそうに苦笑する。

 レオンハルトもまっすぐにダンジョンの入口を見ている。


「はい。今度は一体どんなモンスターに出会えるのでしょう」

「ああ。それにダンジョンの奥には、現状を打破する何かがあるはずだ」

「では、行きましょう!」


 リゼットは希望に溢れながら、階段に向けて足を踏み出した。






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