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160 閑話 黒猫の錬金釜・出張露店(#つぎラノ2023ノミネート記念)





「この街は、お祭り中なのでしょうか……とても賑やかです」


 旅の途中で立ち寄った街では、メインストリートにたくさんの露店が並んでいた。

 人通りも多く、子どもたちが楽しそうに駆け回っていて、リゼットもわくわくしながら歩く。


「こういうのは、見ているだけでも楽しいな」

「何か掘り出しもんでもねーかな」


 レオンハルトも物珍しそうに並ぶ露店を見ていて、ディーも面白がっている。

 その時、露店の方から呼び込みの声がかかる。


「おーい、そこの強そうな冒険者さんたちー、ぜひウチを見ていってよー」


 リゼットは聞き覚えのある声に振り向き、目を見張った。


「ラニアルさん?!」


 少し閑散とした場所で露店を広げていたのは、黒髪のエルフ、ラニアルだった。


「はーい。錬金術師ラニアルの、黒猫の錬金釜出張露店だよー」


 ラニアルはとびっきり明るい顔で笑って両手を振っている。


「お前、どの面下げて……」


 ディーが呆れたように呻く。


「いいじゃんいいじゃん、お祭りなんだからさ。アイテムボックスを占拠してるアイテムを整理したくてさぁ。捨てるのももったいないし。さー寄ってらっしゃい見てらっしゃい」


 ラニアルの前に広げられている厚布には、不思議そうなアイテムがずらりと並んでいた。

 どれも一見普通のアイテムのようで、普通ではない雰囲気が漂っている。


「まあ、楽しそうですね」

「リゼット、迂闊に触れない方がいい」


 ふらふらと引き寄せられていくリゼットに、レオンハルトが注意喚起してくる。


「こんな街中で変なもの出さないよー。安全安心の錬金術魔導具さ。安くしとくよ」

「前科がありすぎる……」

「全品ちゃーんと説明するから、見て、触って、確かめてみてよ」


 陳列されている品物の前にしゃがみ込み、一つ一つ見ていく。


「これは、剣ですよね。銘が入れられています……キャンドルライトソード?」

「何だその弱そうな名前」


 隣に来ていたディーが訝しむ。


「振ると暗い場所で光るんだよ。明りになるから重宝するよ。それにかっこいいよね」

「試してみてもいいですか?」

「もちろん」


 リゼットは立ち上がり、剣を鞘から出して、軽く振ってみる。刀身がロウソクのようにポッと光った。

 太陽の下では、存在がわかる程度の明るさだが、真っ暗なダンジョンの中では重宝するだろう。

 それに――


「――光の剣……」


 自然と呟き出てきたのは、想像以上にロマンの溢れる響きだった。


「格好よさげな名前を付けて自分を騙すな。松明やロウソクで充分だろ」

「まあ、そうなんですけど……ロマンがあると思いませんか? それに、私が灯火の魔法が使えなくなって、松明もロウソクもない……そんな状況で大活躍するのでは?」

「そういう考えで色々備えているとな、物多すぎてアイテム拾うたびに何かを捨てねぇといけなくなるんだぜ? お前の大好きなモンスター食材もだ」

「そ、それは困ります」


 食料は、とても大切だ。生きるために必要だ。

 言っているうちに光が弱まり、普通の剣に戻る。


「持続時間が短すぎる。これを明かりとして使うのは、現実的じゃない」


 レオンハルトが言うとおり、これでは松明代わりにはならないだろう。それこそ、緊急事態用だ。

 諦めるべきなのだが、まだ未練がある。


「レオンはどうですか? サブウェポンに」

「剣が光るメリットが見い出せない……」

「レオンの剣は刀身が黒いですよね。あれも格好いいです」


 ディーもうんうんと頷いている。


「黒い方が相手にも見えにくくて、卑怯でいいよな」

「待ってくれ。その言葉は聞き逃せない」

「卑怯で」

「刀身が黒いのは俺がリクエストしたわけじゃなくて――」

「いいじゃねーか、卑怯」

「よくない!」


 力強く嫌がる。

 リゼットはまだ未練があったが、鞘に納めて元の場所に戻した。


「……きっとこの剣は、私たちよりも必要としてくれている方のところへいくでしょう。その方が、剣にとっても幸せです……」

「剣に感情移入しすぎじゃね?」


 ディーは呆れ声で言いながら、露店に並べられた爆弾と書かれた丸い物体を見ている。


「こんな売り方してるくらいだから、たいした威力じゃねーよなぁ」

「失礼な。超簡単超強力爆弾には山ひとつ吹っ飛ばせるくらいの威力はあるよ」

「しまっとけ! いますぐしまっとけ!!」

「冗談だってー」


 笑いながらも鞄の中にぽいっと放り込んでいく。


「さすがにそこまでじゃないよ。池や海に投げ込んだら気絶した魚が入れ食い状態になるくらいのもの」


 ラニアルの言葉に、レオンハルトが少し考えこんだ。


「……それなら、水中モンスターに効果的かもしれないな」

「でもそれくらいなら、魔法でなんとかなりますよね」

「……ここにもいたか、火薬庫……」


 ディーが慄いた目でリゼットを見ていた。


「どうかしましたか?」

「なんでもねぇよ……」

「安全性重視なら、面白いものがあるよ。これはバブルショットブレード」

「まあ、どんなものでしょうか」


 受け取った剣を振ると、辺りが一瞬泡で満ちる。ふわふわとした泡が軽やかに舞い上がり、屋根の上まで飛んでいく。


「これは……どのようなときに使うのでしょう?」

「カニの真似ができるし、何故か子どもが喜ぶんだよね」


 ふわふわと浮かぶ泡が、光を受けてキラキラと輝いて、リゼットは思わず見入ってしまう。


「これ、欲しいかもしれません」

「ジョークグッズに金払う余裕はねーぞ」


 ――確かに、実用的ではない。それも元の位置に戻す。

 次に目に入ったのは、色彩豊かな木製の仮面だった。


「まあ。これは興味深いです。いったいどんな効果が?」

「相手をびっくりさせられるよ。ダンジョン内で、これをかぶって物陰から飛び出せば、相手の冒険者はびっくり間違いなし!」

「そのまま討伐されるコースじゃねーか!」

「モンスターはびっくりしてくれないでしょうか」

「同類だと思われるだけだろ」


 リゼットはじっとその仮面を見つめ続ける。そのまま顔に当てようとしてみるが――


「ちなみに呪い付与されてるから、一度付けたらちょっとやそっとじゃ取れないよ」


 レオンハルトが光速で仮面を叩き落とす。仮面が地面をころころと転がった。


「冗談だってぇ」

「この店は危険すぎる。もう行こう」


 レオンハルトがリゼットの手を取って、露店から引き離そうとする。


「待って待って。これとか安全だよ。きっと興味があると思うな」


 ラニアルが出してきたのは古びた皮表紙の魔導書だった。


「こちらは、魔導書ですか? 私、魔導書って初めて見ます」


 人々の手で大事にされてきたのか、表紙は滑らかで、古い香りが漂っていた。

 リゼットはわくわくしながら、その本に手を伸ばす。


「この時代の魔法は女神様のご加護で、魔力と言葉とイメージだけでオッケーだからねー。イージーだよねぇ。才能がないとダメだけど。でも昔は、この中に研究の結果を記録してきたんだよ」

「……いったいどんな魔法が……」


 どんな魔法が記録され、どんな知識が書かれているのだろう。

 新たな術の可能性を感じながら、本を開こうとするが――


「開けません……」


 表紙がめくれない。中のページもめくれない。まったく、開かない。


「もしかしてこれは、伝説の剣ならぬ伝説の魔導書……? きっと、選ばれたものだけが開けるんですね」

「無理やり開けりゃいけるんじゃね? レオンの馬鹿力ならできるだろ」


 ディーがレオンハルトを見る。


「人を何だと……」

「壊したら買い取ってもらうよー」


 その間も魔導書と格闘していたリゼットは、あることに気づいて息を呑む。


「こ、これは――本ではありません。本のかたちをした木工細工です!」

「魔導書を買うお金がない魔術師に人気があるんだよね」

「そ、それはいったい何のために?」


 問うと、ラニアルはにやりと笑う。


「箔がつくじゃん? これを部屋の本棚にずらーっと並べると、偉大な魔術師の研究所って雰囲気出るでしょ? 見映えがいいんだよー」

「確かに! 合理的なインテリアです!」


 背表紙を見ているだけで圧倒されるような本が、本棚にずらりと並んでいたら、誰もがその人物を大魔術師と思うだろう。


「詐欺じゃないのか?」


 レオンハルトが冷静に言う。


「うまいこと考えるもんだ。中が開いて物が隠せたら更にいいな」

「そういうのもあるよー。鍵の厳重さによって細工が増える分、ちょっとお高め」

「流石っつーか……さながらこいつはウィザード・ミミックってとこか。ちょっと鍵付きも見せてくれよ」


 ディーが感心しながらラニアルを見る。


「シーフに売る前に鍵を見せる間抜けはいないよねー。買ってから試してよ」

「ちっ、ちゃっかりしてるぜ」


 ラニアルはふふんと笑いながら、また別の商品を出してきた。


「ちなみにこれは同じシリーズの一体鋳造剣。剣と鞘と柄が一体になっていて、絶対に抜けない伝説の剣ごっこができちゃう!」

「これもインテリアか」


 レオンハルトの冷めた眼差しに、ラニアルは頬を膨らませる。


「何言ってんのさ。立派な武器だよ」

「どう使うんですか?」

「単純な話だろ。こんなもん、振り回されるだけで充分怖ええよ」


 ――確かに。

 リゼットは深く納得した。細長くて重い物体。振り回されるだけでも脅威だ。


「正解!」


 正解らしい。


「つまり、ただの鉄塊じゃないか」

「スマートでカッコいい鉄塊って言ってほしいね。王子様はちょっと頭が固いんじゃないかなー」


 ラニアルが笑いながら肩を竦める。


「そもそも鉄塊に刃をつけて斬ったり突こうとする発想の方が、野蛮より怖くない?」

「武器を全否定かよ」


 ラニアルとディーのやり取りを聞きながら、リゼットは改めて一体鋳造剣を見つめた。


「純粋な暴と、技巧的な暴……この剣はそのどちらも兼ね備えた逸品です。インテリアにも、武器にもなり、相手をどっきりさせられる……これを作った方は一体どのような気持ちを込めていたのでしょう」

「大きい文鎮欲しいなって」

「武器ですらない!」


 レオンハルトが耐えかねたように叫ぶ。


「で、どれをお買い上げ?」

「買わねえよ。もう行こうぜ」

「毎度あり~」


 何も買っていないのに、ラニアルは満面の笑みと大きな声でリゼットたちを送り出す。

 そしてリゼットたちが離れた瞬間、周りで様子を窺っていた人々がわらわらと露店に集まりだした。


「まあ、大繁盛です。そうですよね、誰もいないお店より、賑わっているお店の方が行きやすいですよね」

「俺たちは客寄せに使われたのか……」

「あいつ商才あるなぁ。どこでも逞しくやっていきそうだよな」


 バブルショットソードから生み出された大量の泡が、ふわふわと青空に吸い込まれていき、途中で弾けて消える。

 平和な光景を見つめながら、リゼットは微笑んだ。


「とても楽しい時間でした……冒険みたいにわくわくしました。特にあの一体鋳造剣、哲学的なものを感じました。同じものでも、見方を変えるだけで新しい価値が見えてくるんですね……」

「なんでいい話風になってんだ?」

「さあ……」


 リゼットは改めて、祭りの賑わいを見つめる。

 きっとこの中にはリゼットの知らない楽しいことが、もっともっとたくさんある。


「せっかくのお祭りです。さあ、どんどん楽しんでいきましょう!」


 そして三人で賑わいの中へ――新たな冒険へと足を踏み出した。






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― 新着の感想 ―
[良い点] ラニアルが楽しそうで嬉しいです。 お祭り、良いですね。リゼットが率先して迷子になるのをレオン達が止めているのが目に見えるよう様です。 リゼット達の冒険は今も続いている!ですね。 [一言] …
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