159 アルケミスト・ラビリンスクリア
旅立つタガネを見送りながら、カナトコとカナツチが達成感のこもった息をつく。
「やれやれ。これでようやく肩の荷が下りた」
「大恩も返せたしのう。ひと段落か」
二人は嬉しそうに、そしてどこか寂しそうな目で旅立つタガネの後姿を見送っていた。その姿が建物の陰に消えて、ようやく顔を上げる。
「そうそう。これはオリハルコンの礼だ」
カナトコは布で刃が包まれた包丁をリゼットに渡す。
リゼットが布を慎重に取り外していく、中から七色の輝きを放つ包丁が現れた。その輝きには見覚えがあった。忘れようにも忘れられない――……
「まさかこれは、オリハルコンの包丁ですか――?」
「うむ」
カナトコは力強く頷く。
「マジかよ」
「なんて輝きだ……」
ディーとレオンハルトも興味津々に覗き込む。
「渡したオリハルコンで作ったのかよ」
「うむ。普通の包丁では芸がない。それにわしは、良い仕事ができればそれで充分なのだ。なかなか楽しめる仕事であったぞ」
カナトコは心底満足そうに言う。その顔を見てリゼットも嬉しくなった。
「ちなみにこの包丁の最大の特徴は――」
リゼットはゴクリと息を呑み聞き入る。
「なんと錆びぬ!」
「まあ! すごい!」
リゼットは全身が震えるくらい感動したが、ディーが何故かがくりとよろめく。レオンハルトは乾いた笑い声を零していた。
「もちろん切れ味も保証付きじゃ」
「まさに至高の一品ですね。ありがとうございます」
「うむ。では何処かでまた会おう」
そう言って、ドワーフ兄弟も旅立つ。
二人の姿を見送ってから、リゼットはオリハルコンの包丁をレオンハルトに渡そうとした。
「どうぞ、レオン」
オリハルコン鉱石を手に入れたのも、ドワーフ兄弟に包丁を依頼したのもレオンハルトだ。これは彼が持つべきものだ。
「いや、よかったら君が持っていてほしい」
「そうですか? ではパーティの共有財産にしましょう。早く使いたいですね」
楽しみすぎて笑顔が収まらない。レオンハルトもどこか嬉しそうに笑っていた。その視線は包丁にではなく、リゼットに向いているように感じた。
「まっさかオリハルコンがこんな姿になるなんてなぁ」
「いやぁ、すごいなー。オリハルコンの包丁なんて、きっとこの世に二つとないよ」
ラニアルも興味津々だ。
「普通は武器を作りそうなものなのに、剛毅なドワーフだなぁ。じゃ、これはあたしから。はい、金杯」
ラニアルから差し出された金杯を、ディーが受け取る。今度は断らずに。
「どーも。売って山分けするか」
「大切にしてよ!」
「ンなこと言ったってどう使うんだよ、こんなもん。あんなもん見た後だと気味悪さマックスだっての」
「ワインを飲むのがおすすめだね!」
「やかましい」
「むぅぅー……もういいよ、好きにしてよ」
ラニアルはふるふると首を振って、気を取り直すように両手を腰に当てて胸を張る。
「――リゼット。君の中の聖遺物、取り出したいなら女神教会の本山に行ってみるのもいいと思うよ。あそこにはあらゆる魔術が揃っているから。巨人の心臓にも一番近いし、もう行くしかないね」
「…………」
リゼットの話を聞いていたことは驚かない。ダンジョンマスターなのだから、ダンジョンのあらゆる情報を得られていてもおかしくない。
(――やはり、行くしかないのですね)
そこは巨人の心臓に一番近い場所でもあるという。どれぐらい危険な場所なのか、想像もつかない。
「このまま欲望に突き動かされて冒険を続けるのも、女神化して世界を救って満足して死ぬのも、聖遺物を取り出して普通の人間に戻ろうとするのも、君の自由。巨人殺しのヒントも見つかるかもしれないし……」
ラニアルはレオンハルトを見つめる。
「本気で巨人殺しする気?」
「ああ、もちろん」
レオンハルトは迷いなく肯定した。
「こいつならマジで殺りそう」
「うーん、さすがヴィルフリートの血筋。あたし、魔王を誕生させちゃったかも」
リゼットはラニアルの手を取り、顔を覗き込んだ。
「ラニアルさん、一緒に来ていただけませんか?」
「楽しそうだけど、あたしいまそこそこ悪名高いからなぁ。人助けしながら身を隠しておくよ。そうだなぁ、百年ほど」
「悠長すぎるだろ……」
「くふふ、楽しんで生きることにするよ」
ラニアルはリゼットの手を緩やかに振りほどくと、リゼットにぎゅっと抱き着いた。
「ラ、ラニアルさん?」
「うーん、良い匂いがする……柔らかくてあったかい……」
「あ、ありがとうございます。ラニアルさんも良い匂いですし、あたたかいです」
命の温度だ。彼女が生きていることが全身に伝わってくる。それが嬉しい。
「――リゼット。リゼットに会えて本当によかった」
耳元で、そっと囁く。他の誰にも聞こえないように。
「君たちなら、本当に世界を変えられるかもしれないね」
笑いながら言い、リゼットから離れる。
黒髪が夕陽を受けて深く輝く。
「またね。いつでも無事を祈ってるよ」
笑顔で言い、手を振って去っていく。何度も振り返りながら、その姿は黄金色に染まるランドールの街に消えていった。
リゼットは手を振り返しながら、ラニアルとランドールの姿を見つめる。
ラニアルはきっと、強く生きていくだろう。
いまは静まっているこの街は、いつかまた黄金都市と呼ばれるような煌びやかさで輝くのか。それともひっそりとその役目を終えていくのか。
どちらにしても、人々はきっと力強く生き続けていくのだろう。
そんな予感がした。
「リゼット、行こう」
当たり前のように差し伸べられたレオンハルトの手を、リゼットはしっかりと握り返した。
「はい、行きましょう!」
仲間と共に歩きだす。黄金に輝く道を。
第三章完結です。
読んでくださり本当にありがとうございます!!
次章はただいま執筆中になります。完成目途が立ち次第、また連載開始します。
もうしばらくお待ちください。
よろしくお願いいたします。