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157 妖精竜






 ラニアルの身体が黄金の炎に包まれる。一度消えた命の火が、復活アイテム『命の種火』により蘇る――……

 閉ざされていた目がぱちりと開く。ラニアルは不思議そうに緑の瞳をきょろきょろと動かし、困り顔で起き上がった。


「いやぁ~……ダンジョンではなかなか死ねないね」

「アイテム貯め込んでてよく言うぜ……」

「自分に使ったの初めてだよ。そっかぁ、こんな感じかぁ。病みつきになるやつが出るの、わかるかも」


 含み笑いをしながら呟いた瞬間、ラニアルの足元にいた妖精竜の身体が強く光る。

 眩さに怯んだ刹那、妖精竜が起き上がり、超高速で飛んでくる。リゼットに向かって。

 あまりの速さにリゼットは反応できなかった。

 ――身体が竦み、死を覚悟する。


【聖盾】


 レオンハルトの盾により妖精竜の身体が弾け飛ぶが、妖精竜は諦めることなく大きく旋回して再びリゼットを突き破ろうとする。

 ――死に怯えている場合ではない。

 リゼットは足を強く踏みしめ、その閃光を見据えた。


「ブレイズランス!!」


 すべての魔力を振り絞っての炎。

 妖精竜は炎で焼かれながらも、消滅しつつある身体でリゼットに向かって飛んでくる。

 レオンハルトの剣が光よりも疾く振り下ろされ、妖精竜を捉える。

 ――血潮が、弾ける。


 真っ二つに割れた妖精竜が、地に落ちて転がっていく。そしてそのまま再生することなく、崩れていった。

 小さな貝殻のようなものが、身体の中から零れ落ちる。



【鑑定】聖遺物『土女神の爪』――既に力を失っている。



(聖遺物……)


 リゼットは呆然とその爪を見つめた。鑑定通り、完全に力を失っている。女神の力も息吹もまったく感じない。


『土のダルニアはもうそこにはいない。聖遺物とていつかは朽ちる』


 ルルドゥの声が頭に響く。


『……だから、新しい力が必要なのだ……』


 胸が詰まりそうな沈痛な声が、頭に響く。

 リゼットは聖遺物を静かに見つめた。たとえすでに力を失ったものだとしても、それでも地上に戻そうと決めた。女神たちはきっと、地上にあって母神に見守られていたいだろうと思った。太陽と月の輝きに。


 リゼットが『土女神の爪』に手を触れると、それを持ち上げる前に崩れ落ちる。そして欠片はリゼットの中に溶けて消えた。

 ――力は強化されない。聖遺物を取り込んだような実感もない。だが、何故か胸が満たされるような思いがした。


「陛下……」


 ラニアルがリゼットの隣にふらふらと膝を着く。

 震える指先が妖精竜に触れようとした、その瞬間――

 バチンッ、と空気が弾ける音がして、ラニアルの身体が弾き返される。


 ラニアルは驚きで目を丸くし、妖精竜を見つめる。その瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が零れ出した。


「ダンジョンマスター、クビになっちゃった……」


 力なく呟いた瞬間、妖精竜の身体が完全に崩れ落ち、ダンジョンに溶ける。


「そりゃそうだよね……陛下にも、エルルにも、ひどいことしちゃったし……」


 悲しげに、自嘲にするように笑う。

 炎で焼け、海水で水浸しになった廃墟の中で、その姿はまるで亡霊のようだった。


「リゼット、全部終わらせてよ」

「そんなことはできません。すべては生きている限り――そして、死んだあとも続くんです」

「……出た。ヒューマンの屁理屈」

「そうおっしゃられましても。私の身体に流れる血は先祖代々繋がれてきたものですし、知識は先人から受け継いだもの。私の血も繋がるかもしれませんし、得た知識は後世に伝えたいと思っています」


 リゼットは背筋を伸ばしてダンジョンを見渡す。もう誰もいない玉座も。


「私には詳しいことはわかりませんが――解雇ではなく解放ではないでしょうか」

「解放……?」

「はい。私の出会ったダンジョンマスターの方々は、最期はダンジョンと運命を共にしました」


 ノルンのエルクド・ドゥメルも。

 名もなき原初ダンジョンでのフォンキンも。


「ですがこのダンジョンの王は、ラニアルさんに自由に生きてほしいのだと思います」

「……わかんないじゃん、そんなこと……」


 消滅したダンジョンの王の考えは、もう誰にもわからない。ダンジョンマスターにもわからないのなら、尚更。


「ゆっくり考えてみてはいかがですか。それとラニアルさん、私はまだ踏破景品をいただいていません」

「……は? いまそういうこと言う?」


 リゼットはラニアルの顔を覗き込む。


「私は強欲ですから」

「これ以上何が欲しいの。もうあたし、なんにもないよ」

「ラニアルさんの未来を、私にください」


 ラニアルは唖然としてリゼットの顔を見上げる。

 緑の瞳が信じられないものを見るように、リゼットを映していた。


「ラニアルさんは素晴らしい力をたくさん持っています。それをまた、周りの人々のために使っていただけませんか」

「…………」


 悠久を生きる孤独は、リゼットにはわからない。

 ただ、大切な存在と別れる寂しさはわかる。


「ラニアルさん、どうか笑って生きてください」

「は……ははっ……、あはは……は……うっ……ひぐっ……」


 ラニアルは涙を流し、声を上げて泣き始める。まるで子どものように。


「君は、馬鹿だよ……ホント馬鹿……」


 リゼットがハンカチーフを差し出すと、くしゃくしゃにして顔に押し当てる。


「……長く生きててもガキみてぇだな」


 ディーが呆れたように、そして少しおかしそうに呟いた。



◆ ◆ ◆



 ドワーフの姿に戻っているタガネに、レオンハルトが蘇生魔法をかける。

 苦悶の表情が緩み、固く閉ざされていた瞼が開く。


「何故……生き返らせた……」


 状況を把握しての第一声がそれだった。


「……私の肉体は既に死の病に追いつかれている。もう何もできない死にぞこないだというのに」

「――王になろうとしたものが、すべてを投げ出して逃げるべきじゃない。まだやるべきことがあるはずだ」


 レオンハルトは厳しい声で言う。


「…………」


 タガネは無言のまま座していた。

 ――その時、遥か高くから地響きが起こり、ダンジョンが揺れ始める。

 地面にヒビが入り、上から土や石が降ってくる。


「ダンジョンの終わりだね。早く脱出した方がいいよ」


 ラニアルが視線を向けた先には帰還ゲートが現れていた。


「よし、早く出よう」


 座したまま動かず、ダンジョンと命運を共にしようとするタガネをレオンハルトが引き立たせ、帰還ゲートに向かう。

 ――しかし、全員で帰還ゲートに入ってもまったく起動する気配がない。

 その間もダンジョンは崩れていく。すべての役目を終えたかのように。


「なんで動かねーんだよ!」

「うーん、市長さんがいるからだね。この人はイレギュラーな方法でここまで来てるからさ」


 タガネはダンジョンを掘ってここまで来たと、ラニアルが言っていた。


「帰還ゲートは正規ルートで入った冒険者しか通さないんだよ。あたしはもうマスター権限がないからダンジョンを組み替えられないし」


 ラニアルはあっけらかんと笑い、肩を竦める。

 ダンジョンの虚空がガラガラと崩れる。崩壊が進んでいくことに焦ったその時、空中に開いた穴から二人のドワーフが飛び降りてくる。


「カナツチさん、カナトコさん!」

「やれやれ、ようやく見つけたぞ」


 二人の逞しい身体には、汗と土埃がきらきらと輝いている。


「久しいな、タガネ」

「…………」

「昔はあんなに小っこくて母御の後ろにずっと隠れておったのに、大それたことをするようになりおって」

「やかましい!」

「こやつはわしらに任せよ」


 ドワーフ兄弟はレオンハルトからタガネを受け取り、二人で担ぎ上げる。


「遠慮するでない。同郷のよしみじゃ」

「離せ! いつまで子ども扱いする気だ!」

「そう暴れるな。お主のためにここまで来てやったのに」

「頼んどらん!」


 蘇生直後で本来の力が出ていないタガネが暴れても、カナツチとカナトコはびくともしなかった。

 ラニアルが呆れ顔をする。


「もしかして登ってく気? もう崩れちゃうよー」

「ドワーフの逃げ足を見くびるでないわ。お主らはさっさと行くがよい。地上で会おうぞ」

「ええ、必ず」


 リゼットは穴に消えていくドワーフたちを見送り、ラニアルを見つめる。


「行きましょう、ラニアルさん」

「――ごめんね、リゼット」


 悠久を生きたエルフ――ラニアルは、どこか寂しそうな、そして満足げな笑顔を浮かべる。


「あたしは、まあ、やっぱり、色々やっちゃったしね。さよなら。楽しかったよ!」


 笑いながら、リゼットを帰還ゲートに押し込んだ。

 細い手で、力強く。






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