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156 蝿の王ベルゼブブ







 その瞬間、リゼットの行動を縛っていた麻痺が解けて動けるようになる。

 だがリゼットはあまりの衝撃に呆然としてしまっていた。


「どうして……」


 どうして自らをダンジョンの王に捧げたのか。どうして妖精竜に魔石を食べさせたのか。

 何もわからない。


「リゼット、集中してくれ!」

「ボサッとしてる余裕はねーぞ!」


 二人の声にはっと息を呑み、顔を上げる。

 ニーズヘッグの赤い眼はリゼットを見ていた。


 ――来る。

 巨大なドラゴンの口が開き、中から超高温のブレスが吐き出された。


【聖盾】


 レオンハルトの魔力防壁が白亜色のブレスを完璧に防ぐ。

 ブレスの余韻が辺りに煙幕のよつに立ち込める。

 ニーズヘッグの翼がはためく音がする。

 煙幕を突っ切って、上からニーズヘッグがリゼットに襲いかかる。


【水魔法(神級)】


「フリーズランス!!」


 巨大な氷の槍が、滑空してきたニーズヘッグを跳ねのけ、翼に穴を穿つ。

 ニーズヘッグは低い唸り声を上げて後ろに飛びすさり、着地する。すぐさま穴の開いた翼が再生していく。


『……オ、オォ、リゼット……リゼット……』


 男とも女ともつかない声――何重も重なったような声が、リゼットを呼んでいる。まるで悪夢にうなされているかのように。


 ニーズヘッグが身体を揺らし、長い尾を回転させる。それは木々を薙ぎ倒し、石を砕き、横からリゼットたちに襲いくる。


【聖盾】


 レオンハルトの魔力防壁が尾撃を跳ね返す。

 ニーズヘッグは反射した衝撃をまともに受けて、重い地響きと共に横に倒れた。


 ――リゼットは【聖盾】の強固さに息を呑む。以前よりずっと強化されている。あらゆるものを跳ね返す無敵の盾だ。


 頼もしく思いながらユニコーンの角杖を握る。

 超高温ブレスによって発火した木々から炎が立ち上り、森が燃えてニーズヘッグの身体が赤く光っていた。

 早くニーズヘッグを倒して鎮火しなければ。


「フリーズランス!!」


 リゼットは氷の槍をいくつも放ち、ニーズヘッグの身体を地面に縫い留めようとする。

 しかし槍の先がニーズヘッグに命中する寸前、黒い球体――魔術師の眼が盾となり、魔法を受け止める。


(ラニアルさんと同じ術――)


 黒い球体はニーズヘッグを守るように移動し、氷の槍を受け止め、消滅する。

 ――受け止められてしまうなら、貫ける力を使うまで。


【火魔法(神級)】


「ブレイズランス!!」


 白炎の槍をニーズヘッグに向けて放つ。再び現れた黒い球体が受け止めようとするが、そのまま燃え尽きる。白炎の槍は勢いを衰えさせることなく、ニーズヘッグの腹に突き刺さった。


 白い炎がニーズヘッグを焼き貫き、腹部に巨大な穴がぽっかりと開く。とても再生できないような穴が。


 ――しかし。その身体が見る見るうちに治っていく。肉が盛り上がり穴を埋め、まったく同じ姿に再生していく。治癒というよりも復活だった。ニーズヘッグの身体が、再び動き出す。


「不死身かよ!」

「蘇生アイテムでも持っているのでしょうか」

「ラニアル・マドールと一緒に取り込んだのなら、ありえる……となるとアイテムが尽きるまでやるしかないが……」


 一体いくつ持っているのかと思うと気が遠くなる。


『リゼット……オ、オォ……リゼット……』

「どんだけ執着されてんだよ」


 毒づきながらアイテム鞄からエーテルポーションを取り出し、リゼットとレオンハルトに投げる。


「執着されているのなら、それを利用できないでしょうか」

「お前が囮になったところでどーすんだよ」


 エーテルポーションのやや苦い味を噛み締めながら、リゼットはうな垂れる。ぐうの音も出ない。


「狙いがリゼットなら行動もわかりやすい。必ず守るから、安心してくれ」

「はい」


 レオンハルトの言葉に勇気づけられる。力が湧いてくる。

 リゼットはまずは炎を消そうと決めた。このままでは焼け死ぬ。


【水魔法(神級)】【敵味方識別】


「リヴァイアサン!!」


 大量の海水が廃墟に押し寄せる。

 大きな波はリゼットたちと玉座の周囲をきれいに避けて、渦を巻きながら森を暴れまわる。

 ニーズヘッグの身体が波を避けるように浮かび、上へと逃げていく。


 ――刹那。


 ブブブブブブと、この世の終わりのような大きな羽音が響き渡り、ニーズヘッグの背中に巨大な影が取りついた。


「なんだ、あれは……」


 レオンハルトが声を引きつらせる。


 その姿は蝿に似ていたが、普通の蝿とは比べ物にならないほど巨大だった。背には四枚の、炭のような黒さの翼が生えていた。

 血のような赤い複眼は、闇夜の中で燃えるように輝いていた。


 その顔は、普通の蝿とは違ってどこか人間のような形状をしていて、頭には黄金の角が生えている。まるで王冠のように威厳を示していた。


「王冠を持つ蝿……まさか、ベルゼブブか――?! 一体どこから――まさか……」


 そのモンスターの顔は、ほんの少しだけタガネと似ていた。タガネの死体を確認しようとするが、どこにもなくなっていた。

 ――魔石とモンスターの一部を一緒に摂取すると、モンスターになることがある。



【鑑定】ベルゼブブ。蝿の王。あらゆるものを喰らい尽くす。強力な炎のブレスを吐く。



 黒い翼が羽ばたき、空気を震わせる。

 ――一体だけでも厄介なのに、ボス級のモンスターが二体。


 リゼットは気を引き締めるが、ベルゼブブの狙いはあくまでニーズヘッグのようだった。取りつき、噛みつき、ニーズヘッグを食べようとしている。


(この隙に――)


【結界魔法】


 リゼットは結界魔法で自分たちの身を隠す。気配も姿も物音も。


 ニーズヘッグとベルゼブブは消えたリゼットたちのことを完全に忘れて争っている。

 巨大なモンスターが相手を殺そうと暴れている姿は、ものすごい迫力だった。


「モンスター大戦争じゃねーか……どっちかが弱るのを待つか?」

「いや……ニーズヘッグはダンジョンのモンスターで、ベルゼブブは外からきたタガネ市長が変化したモンスターだ。どちらかが相手を食べれば、おそらく大幅に強化されるかもしれない」


 レオンハルトは険しい顔で上を見上げる。


「それに、あの穴を通って地上に出たら大混乱は必須だ」

「はい……早めにここで止めるしかありません」


 ここで止められなければランドールの街にも大きな被害が出る。

 なにより、レオンハルトとディーも巻き込むことになる。

 ――それだけは、絶対にできない。


 リゼットは再び空を見上げた。

 遥か遠くに見える空は、地の底からはただの光にしか見えない。

 だがそこには確かに空がある。光がある。――母神の力を感じる。


 ――力が、湧いてくる。リゼットの髪の一部――火女神ルルドゥの一部が赤く燃える。


 リゼットは結界の外に飛び出す。


【火魔法(神級)】【敵味方識別】


「アルティメットブレイズ!」


 ダンジョンと外を繋ぐ穴を通じて、天から白い炎が降り注ぐ。

 閃光を伴う天の炎に撃たれたニーズヘッグもベルゼブブは共に地上に堕ち、聖なる炎は二体を骨まで焼き尽くす。

 そして炎が消えたとき、そこには意識を失ったタガネとラニアル――そして妖精竜の姿があった。






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