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152 エルフの古城




「妙な感じだ……上っているのに下りていっているかのようで、感覚が変になる」


 薄暗い階段を上りながら、レオンハルトが気持ち悪そうに言う。


「……酔いそう……」


 ディーの声もぐったりとしていた。

 リゼットも浮き上がる感覚と下りている感覚が交互に来ていて、頭の奥を揺さぶられているような心地になっていた。


 ――そして、いつの間にか階段を下りていた。

 揺さぶられている感覚はなくなるが、どこまでも深い奈落に落ちていっているような感覚になる。階段の横幅が狭まり、壁の色が黒く煤けていく。水と緑の匂いが濃くなる。


 降り立ったところは、森だった。長い年月を経た植物と白い石によって織り成される廃墟だった。

 点在する白い柱や石は時の流れと共に荒廃し、崩れ落ちた状態だった。そこに伸びた樹や蔓草が絡みつき、緑の葉を揺らしていた。


「……ここが、第六層か?」


 上を見上げると、高い木々の合間から白い光が見える。


「あの城とは別世界ですね……何となく第二層に似ていますが……」


 深い森に、流れる水のかすかな気配。


「ヤバそうな気配がプンプンするぜ……」

「でも、モンスターも出てきませんし、すごく雰囲気がよくないですか? ここで一休みしましょう」


 ちょうどいい倒れた石柱を椅子にして、持ってきたサンドイッチを取り出す。

 景色と雰囲気を楽しみながら、サンドイッチを食べる。パンの香りに、ペリュトンの肉感――冷めていても柔らかくて美味しい――に、ドラゴンリーフのピリッとした風味が合わさって、味も食べ応えも格別だった。


「やっぱりサンドイッチにして正解でした。それにしても、とても人工ダンジョンには思えない豊かさですね。天然物のダンジョンと何ら変わりがないような気がします」

「だな。となるとまたエグいモンスターが最奥にいるかもな……」


 サンドイッチを食べながらディーがぼやく。


「ダンジョンの王がいるとなると、また聖遺物があるかもしれない」


 レオンハルトが神妙な顔をしながらサンドイッチを食べている。


「あるんでしょうか。私には女神の息吹をまったく感じられませんが」

「そうなのか?」

「はい。他のダンジョンでは常に女神の存在を感じていましたが……このダンジョンではまったく」


 気配というべきか、空気感というべきか、このダンジョンはいままでのダンジョンとは確実に違う。


「お前の中の女神に直接聞きゃいいんじゃねーの?」

「それはなんだか反則っぽくないですか? 女神のアドバイスありでダンジョン攻略なんて……」

「そのこだわりはなんなんだよホント」


 リゼットは黙ったままのレオンハルトの方を見る。何かを深く考え込んでいるようで、心ここにあらずといった様子だった。


「レオン、おいしくありませんか?」


 声をかけると、はっと顔を上げる。


「え? あっ、いや……おいしい、すごく」

「よかった。何か心配事ですか?」


 そのとき、レオンハルトが険しい顔で立ち上がる。

 リゼットを守るようにして、森の奥を強く見据える。

 木々の間の影が、がさりと揺れた。


「なんでピクニックしてるのかなぁ。リゼットっていっつもあたしの予想を超えてくれるよね」


 黒い長髪を揺らして、困ったような顔をして近づいてくる。


「ラニアルさん……ここはなんなんですか?」

「見ての通りお城だよ。いまはもう世界のどこにもない、グランニル・エルヴェニア女王陛下のお城。内装はあたしがリフォームしちゃったけど」


 聞いたこともない名前だ。


「ラニアルさん……サンドイッチはいかがですか?」

「いいの? ありがと!」

「食うのかよ」

「ずっと気になってたんだよね。リゼットのモンスター料理」


 ラニアルはサンドイッチを受け取り、躊躇なく一口食べた。


「……うん、おいしいね。愛情がこもってるってやつ? 食材にも、食べることにも、食べる相手にも敬意を感じる」


 リゼットの胸があたたかくなる。ラニアルはリゼットのモンスター料理に込めた思いを理解してくれている。

 ラニアルは美味しそうに食べながら、後ろを振り返る。


「陛下もどうぞ」


 ラニアルの視線が向いた瞬間、いままで何もなかった森の中に円形の階段と椅子が生まれる。最初からそこにあったかのように、確かな存在感で。

 白い石造りの椅子の上では、小さなドラゴンが丸くなって眠っていた。細く優雅な曲線を持つ、青い翼のドラゴンが。


「こちらはあたしの陛下、妖精竜様」


 ――誇らしげな紹介を聞いて、リゼットは理解した。その椅子は玉座なのだと。



【鑑定】妖精竜。小型のドラゴン。強力なブレスと魔法を使う。



 ラニアルは妖精竜の元へ行き、半分にしたサンドイッチを鼻先に持っていく。妖精竜の眼が開き、サンドイッチを前に小さく首を左右に傾げ、ぱくりと食べる。

 気に入ってくれたのか、そのままぱくぱくと食べていく。短い鳴き声が「キュッ」と響いた。


「陛下も気に入ってくれたみたい」


 ラニアルは満面の笑みを浮かべて喜ぶ。


「で、どうしたの? まさか本当にピクニック? それとも観光? 観光なら案内しちゃうよ」


 それは魅力的な誘いだったが、リゼットはそれに乗らずにラニアルを見つめた。


「――ラニアルさん、エルクドさんのことはもう諦めてください」

「無理」


 残りのサンドイッチをもぐもぐと食べながらきっぱりと言う。交渉の余地など皆無と言わんばかりに。


「無理なんだよ、リゼット。恋する気持ちはどうにもできないから。この気持ちはきっと、王子様の方がわかってくれるかな?」


 ラニアルはレオンハルトを見るが、レオンハルトは答えない。


「くふふ……ねえ、どうしてダンジョンの中では死なないと思う?」

「え?」


 話題が大きく変わり、戸惑いの声が出る。


「ダンジョンには母神の目がないからだというのが定説。ここは女神が訪れる前の世界だからね。太陽も月も、ダンジョンにはないでしょ?」


 玉座の妖精竜を抱き上げ、ラニアルが玉座に座る。妖精竜を膝の上に乗せて、肘掛けに肘をつき、静かに目を閉じる。


「――かつての世界も『死』はなかった」


 椅子に背を預け、ゆっくりと語る。


「朽ちたり、消えたり、壊れたり、食べたり食べられたりはあったけれど。そしてその代わりに、新たに生まれる――ということもほとんどなかった。完成した、完璧に停滞した世界だったよ」


 ラニアルの語る世界は、リゼットの知るものとはあまりにも違う。

 ラニアルは薄く目を開け、リゼットの顔を見て笑った。


「くふふ。ヒューマンには理解できない感覚かもね。ヒューマンは、本当に繁殖力が強いから。簡単に死ぬけれど、新しく生まれて、増えていく――……」


 そう語る表情は、長命の種族のものだった。人が一年草の花を眺めているような眼差しで、ヒューマンの歴史を遠くから眺めている。


「でも、あたしはそうなりたいとは思わない。だって子孫が繁栄したって、あたしが死んだらどうしようもないでしょ?」


 リゼットには答えられない。

 だが、もし――もしも、自分に子孫ができたとしたら――自分でなくても、大切な人たちに子孫がいたら、その未来を守りたいと思う。


「空の女神様は、地上を見てきっと思われたんだ。停滞した世界に未来はないと。だから全部を海に沈めた。大地を全部覆って、『死』のある世界を実現された……まったく、余計なお世話!」


 怒りの声が静謐な空間を揺らした。


「あたしはあたしのまま、永遠を生きる。楽しみながら、陛下とエルルと一緒に」







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