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151 石の中にいる





 無人の街を歩いて、丘の上にある城に向かう。

 丘の草原には白いペリュトンが戻ってきていて草を食んでいる。牧歌的な光景だったが、ペリュトンはリゼットたちに気づくと一目散に飛んで逃げていく。

 これではさすがに追いつけない。


「天敵認定されたようだな」


 青い空に浮かぶ鱗雲のようなペリュトンを眺め、レオンハルトが言う。


「ま、あれだけやりゃあな」

「残念です……いっぱい解体していてよかったですね」

「――お。門が開いてるぜ」


 以前は閉ざされていた城門――侵入者を拒んでいた堅牢な門が、いまはひとりずつなら通り抜けられそうなほど開いていた。

 中に入ってこいと言わんばかりに。


「行きましょう」


 堅固な城壁に囲まれた中庭には、白い花が咲き誇り、鳥のさえずりが響く静かな空間が広がっていた。

 芝生は丁寧に手入れされていて、その中央をまっすぐに白い石畳の道が伸びている。

 いまもなお庭師による手入れが行なわれているようだった。

 道を登り切った先には、石畳の広場が広がっている。何もなく、誰もいない。モンスターもマリオネットも。


「きれいすぎて気味悪ぃ……」


 ディーが声を引きつらせる。

 リゼットも同感だった。


 鍵のかかっていない重厚な木の扉を見つけ、慎重に中に入る。

 その先には石造りのホールが広がっていた。壁には重厚な石像や彫刻が施され、天井は高いアーチ型。出入口や窓から差し込む光が、ホールを厳かに照らし出している。

 ひんやりとした古い香りが漂っている。


 奥には扉がある。


 扉を開けて進むと、先ほどよりも小さな広間がある。床は石畳で、壁には古い武器や全身鎧が飾られていた。

 天井では蝋燭の灯がともったシャンデリアが輝き、鎧を静かに光らせていた。


 奥には階段がある。


「静かですね」

「ああ……こうも誰もいない城というのは落ち着かないな」


 レオンハルトが言った刹那、ガチャン、ガチャンと鎧の音が室内に響く。そして壁の全身鎧が壁の武器を手に取り、扉を守るように動き出す。


「あの、私たちは怪しいものではありません」


 全身鎧の騎士たちに向かって声を張り上げる。


「怪しいやつはみんなそう言うんだぜ」

「足音が軽すぎる。おそらく憑依型のレイスが鎧に乗り移っているんだろう」



【鑑定】リビングメイル。生きた鎧。攻撃力が高く、自己修復能力を持ちダメージを受けにくい。



 リビングメイルたちはまるで連携をするように扉の前で陣形を組む。


「アンデット系モンスターなら浄化魔法が効くはずです」


 リゼットが浄化魔法を発動すると、思惑通りリビングアーマーは崩れ落ちる。中身も、支えるものも失った全身鎧が、ガチャガチャと床に降り積もった。


「この兜、耳部分が大きいな。エルフ用か」

「エルフの騎士鎧……かつてこの城を守っていた騎士でしょうか。となると、王様はやはりエルフなのでしょうか」

「ラニアル・マドールの記憶にあるエルフの城か……既に滅んだ国のものか、いまも残る国のものか、俺には見当がつかない。城の様式は現代のものとあまり変わらなさそうだが……」


 城の中を見回しながら、呟く。


「レオンの住んでた城もこんな感じか?」

「そうだな。もっと広くて、もっと武骨だったが、雰囲気は似ている」

「マジかー……お前本当に王族なんだな」

「なんだと思ってたんだ」


 レオンハルトはやや呆れつつ、階段を上っていく。リゼットとディーもその後ろをついていく。

 上の階で待っていたのは、ひたすら続く通路だった。ドアや部屋のようなものは見えない。


「迷路でしょうか。とってもダンジョンぽいですね」


 言った瞬間、壁から仕込み槍が飛び出してくる。恐るべき速度で飛び出した槍は、伸び切った後に壁の中に戻っていく。歯車が回る音がキリキリと響いた。


「何度も使えるようにしているのでしょうか。経済的ですね」

「長さ的に、真ん中歩いときゃ大丈夫そうだけど、壁に近づくなよ。あと、オレの歩いた後を歩いてこい」

「はい」


 迫力のある声で厳命され、リゼットは大きく頷いた。


 ディーを先頭にして罠を警戒しつつ、マッピングもしつつ、迷路を進んでいく。


「……最初に戻ってきてしまいましたね」


 ひとしきり歩き回ると最初の階段の前まで戻ってくる。把握できる分岐はすべて埋めてあるので、地図は一見完結している。


「どこかに隠し通路があるはずだ」

「チッ、壁を調べてく必要があるか……」

「槍のトラップを警戒しつつとなると、大変ですよね……なんとかならないでしょうか」


 ディーが地図から顔を上げる。


「オレが調べてくから、お前らはおとなしくして――」

「――リゼット、後ろに下がれ!」


 レオンハルトの声でリゼットは後ろに飛びのく。つい先ほどまでリゼットのいた場所に、赤いスライムが降ってくる。

 動かなければ頭から被っていた。


 リゼットの身体はそのまま後ろの壁にぶつかる――はずだった。

 背中に当たるものがなく、そのまま壁をすり抜け、倒れる。


「きゃあ!」


 床に倒れ、起き上がったリゼットは、目を疑った。


 自分の腰から下部分が壁に埋まっている。

 反射的に壁から身体を引き抜こうとするが、一切の抵抗なくするりと抜けて困惑する。まるで壁など存在しないかのような感触だった。


 起き上がり、おそるおそる壁に手を伸ばす。

 指先は壁に触れた感触が一切ないまま、ずぶずぶと壁に埋まっていく。


 勇気を出して前に踏み出し、顔を出す。

 真っ青な顔で困惑しているレオンハルトとディーの姿が見えた。


「どうやら、ここの壁は幻みたいですね……」


 言いつつ、壁から出る。


「心臓が止まるかと思った……」

「嫌な光景見ちまった……」


 視覚的なインパクトがよほど強かったらしい。


 改めて手を伸ばすと、水の中に入るように――それ以上になんの抵抗もなく手が壁の中に消える。


「ふふっ、石の中にいるみたいですね」


 不思議な光景だ。


「リゼット、向こう側には何があったんだ?」

「ここと変わらない通路です」


 レオンハルトは苦々しい表情になる。


「意地の悪い仕掛けだな。本物か幻か確認するためには近づく必要があるが、本物の壁には槍のトラップか……」

「これ設計したやつ相当性格悪ぃぞ。知ってたけどよ」

「ふふっ、ふふふ……」

「リゼット……?」

「頭打ったか? 悪いもん食ったか?」


 リゼットは顔を上げた。


「こんなときこそ私に任せてください。――フリーズストーム!」


 フリーズストームで辺り一帯を凍らせる。氷雪の嵐が壁に吹き付け、壁が凍り、雪が降り積もる。

 だが、リゼットが先ほど倒れた場所だけは、四角く切り取られたように凍っていない。


「なるほど。凍っていない部分が幻影の壁か。これなら危険を冒さなくても判別できるし、スライムもついでに倒せる」

「珍しく冴えてるじゃねーか」


 リゼットは自信満々に胸を張った。


「さあ、この調子で進みましょう!」


 氷雪のおかげで冬のように寒い空気の中をマッピングしつつ進み、上への階段を見つけた。

 次は何が待っているのか――リゼットは胸を躍らせ階段を上った。






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