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149 決意





 応接間に戻り、頑丈な衣装箱から普段の装備を取り出して着替える。脱いだドレスは衣装箱の中に戻しておいた。


「お待たせしました」


 着替え中、外で待ってくれていたレオンハルトとディーと合流し、屋敷の外に出てドラゴンリーフを回収する。日陰に置いていたドラゴンリーフはまだまだ瑞々しかった。


「ペリュトンとドラゴンリーフで串焼きにしましょう」

「それもいーけど他になんかねーの?」

「フレイムアントの卵なら」

「ペリュトンうめえよな。超好き」


 串にペリュトン肉とドラゴンリーフを交互に刺していって串焼きの準備をする。

 デザート用の白ブドウも収穫してくる。


「ペリュトンって不思議ですよね。通常の武器は効かないですが、倒したら解体できますし、こうしておいしく食べられるのですから」


 魔法の火を燃やし、準備が終わった肉串から、火の周りに刺していく。


「ルルドゥとフレーノも食べますか?」


 声をかけた瞬間、二体の女神がリゼットの身体から煙のように出てくる。

 ――呼べば出てきてくれるらしい。


『我らは食を必要としない。お主の魔力が我らの糧だ』


 炎を纏うルルドゥはやや不機嫌そうだった。身体は半透明だが存在感はあった。


「なるほど。では私の食べたものがおふたりの力になっていると」

『……考えたくない事実であるがな……』

『です……』


 流水を纏うフレーノも、どこか暗い表情だった。


「では、好きなものはありますか?」

『辛いものが好きだ。肉にはもっと香辛料をかけるがよい』

『わたしは甘いものが好きですの。もっとブドウを食べてくださいませ』

「ええ、わかりました」


 食の好みは人それぞれ。リゼットは魚介類と甘いものが好きだが、嫌いなものは特にない。自分が食べれば女神たちも喜ぶとなればますます食に力が入る。


「ところで、おふたりも元々は人間なのですか?」

「ズバリ聞くな」


 ディーが呻く。


『我らは生まれたときより神』


 力を誇示するように、ルルドゥの炎が一瞬強くなる。


「私が女神化するなんて、そんなことありえるのでしょうか」


 フレーノの周囲の水が跳ねる。


『はい。わたしたちと一体化していくうちに。でも普通はひとつ取り込めばすぐに女神化するものなのですが……あなたの意志が強いのでしょうね』

「……そうやって女神となって、大地に溶けていった聖女たちがいたんですね」


 なんて覚悟と信仰、そして献身だろう。


(私にはとても真似できません)


 火で炙られる串を裏返しながら思う。

 生きているうちに身体を捧げる決断はできない。


 ルルドゥがふわりと赤い髪を翻し、空を見上げる。ダンジョンの空――その遥か先、地上の空を想う瞳だった。


『結界は少しずつ、だが着実に弱まっている。放置していれば、いずれ結界は失われる……さすれば巨人が再び起き上がる。あらゆる天変地異により、世界は崩壊するであろう』

「ルルドゥの懸念も理解できますが、それでも私は生きている間は自由にしたいです。まだまだ行きたい場所も、食べてみたいものもありますし」


 フレーノが微笑む。


『わたしはあなたの意志を尊重します。無理やり事を進めて、世界を呪ってしまわれては大変ですもの』

『お主を説得できるとは思えぬしな』


 つまり当分は安泰ということだ。

 リゼットは心の底からほっとする。死んだ後にどうなるかは少し不安だが、そこはいま考えても仕方ない。


(ちゃんと死ねればいいのですが、こればかりは死んでみるまでわかりませんね)


 自由の代償だと思って諦め、己の運命を受け入れる。


 そのとき、いままで黙って聞いていたレオンハルトが立ち上がり、女神たちを見上げた。


「――つまり、大地の巨人が完全に死ねばリゼットが女神化する必要はないということだな?」

『……不可能なことを口にするでない。巨人を完全に殺すなど……』


 母神は巨人を倒し、死の海に沈めた。

 巨人は死した後も呪いを常に噴き出していて、それを女神の結界で抑え込んでいる。

 女神の欠片である聖遺物は、巨人に死の封印を施すための杭であり、それが巨人の身体に取り込まれていき、それがダンジョンを生み出している。


 巨人は完全には死んでいない。

 女神でさえ完全に殺すことは不可能だった。


「不可能かどうかはやってみなければわからない」


 まっすぐな目で言い切る。


「……なんか、お前ならやりそーだよな」


 リゼットもそう思った。思ってしまった。もしかしたら、と。

 だがこれはあくまでリゼットの事情だ。


 ダンジョンに潜るのとは違う。

 世界の深淵の更に奥へ挑むなど、無謀でしかない。


「……レオン、あの、私なら大丈夫ですから――」


 振り返ったレオンハルトの金色の髪が、エメラルドグリーンの瞳が、眩く輝く。


「リゼット。これは俺の『やりたいこと』だ」


 穏やかだが強い意志を感じさせる声だった。

 どんな不安も吹き飛ばし、安心感をもたらす、太陽のような笑顔だった。


「俺は君に笑って生きてほしい。好きなことをして、何の不安もなく。そのためにならどんなことも苦じゃない」


 ――言葉が出てこない。

 胸に熱い痛みが込み上げ、息が詰まる苦しみと、嬉しさに身体が痺れて動けない。

 目許から零れ落ちた涙で、リゼットはようやく気づいた。

 言葉に出せない恐怖と不安に怯えていたことに。――運命に寄り添おうとしてくれることが、嬉しかったことに。


 涙にレオンハルトが戸惑っている。


「リ、リゼット、泣かないでくれ……あ、ほら、肉が焼けたみたいだ」

「……鈍いやつ……」


 先に串焼きを食べているディーが呆れ声で言う。


『まったく……無謀なことに挑もうとする』

『この愛の強さがヒューマンなのですね。とっても好ましいですの』


 上の女神たちが小鳥のようにさえずっている。


 優しいぬくもりに触れながら、リゼットは静かに決意した。

 何もかも、最後まで絶対に諦めないと。






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