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148 ホムンクルスの最期




 ラニアルが消えて静寂が訪れた大広間に、か細い息の音がささやく。

 それは血の海に倒れているエルクドから零れていた。

 銀髪のエルフはいまにも消えそうな息を必死で繋いでいた。


 ――ホムンクルスという仮初めの命が、間もなく終わろうとしている。


「エルルさん……」


 リゼットはエルクドの前に両膝をつく。

 たとえ作り物だったとしても、偽物だったとしても、彼は確かに生きている。そしていま死に瀕している。


 ホムンクルスにも痛みはあるのか。苦しみはあるのか。あったとしても、彼はもうそれを感じていないようだった。

 感情のない表情で、ぼんやりとどこかを見ていた。


「……これが、終わりか……」


 虚ろな目には何が映っているのか。

 自身の過ごした屋敷か、あの夜のユグドラシルか。

 リゼットは荷物の中から最後のバターキャラメルを取り出し、包み紙を外す。


「エルルさん、どうぞ。バターキャラメル――外の味です」


 薄く開いた口の中にバターキャラメルを入れる。

 エルクドはそれを口の中でわずかに転がし。


「……喉が焼けるように甘い……」


 不快そうに眉根を寄せて。


「罪な味だ……お前のようだな……」


 瞼を閉じ、そして二度と開くことはなかった。

 エルクドの身体が砂のようにさらさらと崩れる。砂は瞬く間に霧のように消えて、後には何も残らない。血痕すらも消えていた。


 あまりにも儚い死だった。


 リゼットは静かに、エルクドのいた場所と、倒れているマリオネットたちを見つめる。

 ――まるでマリオネットたちの墓場だ。ぼろぼろになった大広間の隅では帰還ゲートが淡い光を放っていた。


 リゼットは立ち上がる。


「ラニアルさんを追いかけましょう」

「マジかよ……」


 ディーが苦い顔で頭を掻く。


「地上の封鎖が解かれたってんなら、もういいんじゃね? 好きなだけ人形遊びさせときゃいーだろ」


 リゼットは首を横に振る。


「いえ。たとえ地上の封鎖が解除されていたとしても、このダンジョンがある限り、ラニアルさんはエルクドさんを復活させるために、挑戦を続けるでしょう。今度はどんなことをするかわかりません」


 それはあまりにも酷なことだ。エルクドにとっても、ラニアルにとっても。

 そしてラニアルの挑戦が、どんな影響を及ぼすかわからない。今度は街一つだけでは済まないかもしれない。


「ラニアルさんにはエルクドさんの死を受け入れてもらわないといけません」

「どうだろう……彼女がそう簡単に諦めるとは思えない」


 レオンハルトは剣を鞘に納めながら真剣な表情で言う。その目が大広間の中や、外の景色をゆっくりと見回す。


「彼女は理想郷を守るためなら、どんなことでもするだろう。いまはリゼットのことを諦めると言っていても、いつ気が変わるかわかったものじゃない」


 言って、床に落ちている魔石を拾う。

 フェンリルと呼ばれるモンスターが受肉しかけていた琥珀色の魔石を、じっと見つめる。


「彼女のような人間は、それが合理的だと思ったらどんな約束も覆す。今日はよくても、ずっと先の未来まで心変わりをしない保証はない」

「では、あの魔石を破壊してしまいましょう」


 ラニアルが大切にしていたのは、あくまでエルクドの魔石だ。愛しげに触れていたことといい、あれがいまのエルクドの本体だろう。魔石がある限り何度でも彼を蘇らせられるとしたら、それを破壊するしかない。


「それこそ世界滅ぼしかねない勢いでブチ切れそうだぜ」

「魔王誕生か……」


 大げさな物言いだとリゼットは思った。

 だがそれを否定することもできない。


「それでも放ってはおけません」


 ここでラニアルから逃げれば、きっと二度と彼女と向き合えない。言葉を交わすこともできないかもしれない。


「甘いやつ」


 ディーの呆れ声にリゼットは苦笑し、大広間の中央でずっとか細く燃えている髪の毛の方に向かう。


(ラニアルさんはいつから考えていたのでしょう)


 ――この計画を。

 どうしてあのとき、ノルンのダンジョンの前で、リゼットに声をかけたのだろう。

 どうしてこのダンジョンにリゼットを招いたのだろう。女神化させて世界に献上すると言っていたのも、本気とも思えない。


 ラニアルの行動には一貫性がない。すべて気ままで、その時々で行動を変えているように見える。だが嘘は言っていないだろうし、目的も動機も、きっと、ずっと変わっていない。


 ラニアルはきっと、エルクドの進む道を邪魔しないと決めて、その終わりまで見届けた。

 そしてエルクドと共に永遠を生きたいという気持ちで、魔石から復活させた。作り物でも構わない。魂が本物だから。


 根底にあるのは一つの感情だ。


(――恋情……)


 その先に何もなくても。破滅しかなくても。ラニアルはきっと進み続ける。


 リゼットは一本だけで燃えている火女神の髪に指を触れる。


【聖遺物の使い手】


 スキルが発動し、炎はリゼットの身体の中に溶ける。心地よい熱が胸をあたためた。身体の中のルルドゥの力が強まる感覚があった。


「向こうにとっちゃ余計なお世話だろ」

「それでもです。私は強欲ですから」


 リゼットは微笑む。

 だが、危険なことは充分わかっているので強制するつもりはない。ひとりでも行くつもりだ。

 そのことを口にしようとして、言い淀む。それではまるでふたりを信用していないかのようだ。

 だが、こういうことはやはり言葉で言うべきだと。一度深呼吸し、口を開く。


「ついてきてくださいますか?」

「リゼット、俺の望みは君の願いを叶えることだ」

「レオン……ありがとうございます」

「いまさらあーだこーだ言わねーけど、オレに戦いは期待すんなよ」

「ディー、ありがとうございます。とても心強いです」


 リゼットは自分は幸せ者だと思った。


「……はあ、なんだってバカンスがこんなことになっちまってんだか」

「すべてが終わったら、思いっきり楽しみましょう」

「そんな余裕が街に残っているかどうか……」


 遊びは衣食住が満ち足りてこそ。外の様子はわからないが、封鎖が解かれているのなら悪い方向には向かわないだろう。


「そうだ。実はゲーム用のカードを買っているんです。ぜひ、ディーにイカサマ? の方法を教えてもらいたいです」

「そう簡単に手の内教えるわけねーだろ。ひとつだけな、ひとつだけ。あとは見て盗め」

「イカサマは見破られるとペナルティ付きの負けだが、いいのか?」

「お前には絶対教えねえ。ほら、早く戻って着替えようぜ」

「そうですね。着替えて食事にしましょう」


 大広間を出て、着替えをした応接間に向かう。


「また食うのかよ。オレまだ腹にペリュトンがいるぞ」

「魔法を使うとお腹が空いて……」

「燃費がいいんだか悪ぃんだか……」






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