144 ダンスパーティ
外で待っていたマリオネットに案内されて、大広間へ移動する。
大きな扉が開かれると、重厚な音楽と、光が溢れ出す。
高い天井にはシャンデリアが輝き、マリオネットの音楽隊が寸分乱れぬ音楽を奏でている。
中央では多くの人々が躍っていたが、もちろん本物ではない。
マリオネットたちのダンスパーティだ。正確無比なダンスと音楽が、華やかな光景の中で舞っている。
「なんだこの茶番」
ディーが呆れたように言う。
これではまるで、おもちゃ箱の中の世界だ。
「まあすごい。サラダがありますよ。どこかで野菜を育ててるんですね」
「草じゃん」
「貴重な食料には変わりない。あとで譲ってもらおう」
テーブルの上のサラダもフルーツも、透き通った水も、誰も手を付けていない。誰も食べる必要がないからだ。
何もかもが作り物の箱庭で、王と女帝――エルクドとラニアルが踊っていた。
「ラニアルさん……!」
リゼットはラニアルの元へ行こうとするが、踊っているマリオネットたちに阻まれる。
「と、通してください」
無理やり間を潜り抜けようとするも、弾かれる。痛くはないが勢いが強く、弾き飛ばされる。
「リゼット!」
よろめいたところをレオンハルトに受け止められる。
「踊れなきゃ通してくれねえってか? 踊っているマリオネット同士はぶつかってねーし」
「そうだな。そういうルールみたいだ」
「わかりました……郷に入れば郷に従え。行きましょう!」
「オレはパス。こういうの、絶望的に向いてねえ。荷物取ってくるわ」
ディーがくるりと踵を返す。給仕服を着たマリオネットに捕まりそうになるが、さっと躱して逃げていく。
「ディーならうまくやってくれるはずだ」
「はい。……あら?」
レオンハルトと組もうとして違和感に気づく。最初の姿勢からして違う。
「――レオン、大変です。私たちのダンス文化、違うかもしれません」
「リゼット、俺に任せてほしい。ちゃんとリードするから」
「はい。足を踏まないようにだけ気をつけます」
「それぐらいなんでもないさ」
ダンスが始まる。
音楽に合わせて踊り、マリオネットの間をすり抜けて移動していく。
リゼットは本当に身を任せているだけだ。それでも弾き飛ばされることなく運ばれていく。スピーディで、刺激的で、安定感があって。
この感覚は――流砂だ。
流砂で運ばれているみたいだ。
そしてあっという間に目的地――ダンスの中心のラニアルとエルクドのところに到着した。
「ラニアルさん!」
「やあ、面白いダンスだったよ。いつまでも見ていたくなるくらい。でもちょっと情緒が足りないかな、王子様」
「カカシが近づいてきたかと思ったぞ」
「うるさいな」
ラニアルは笑いながら上機嫌に踊っている。踊りを止めることはない。
「ここまで来てくれたから叶えてあげたいけど、こちらの用事の方が先なんだよね。さっ、どうぞ、イレーネ様」
踊っていたマリオネットたちが道を開ける。
ゆっくりと歩いてきたのは、黒と赤の妖艶なドレスを身に纏ったイレーネだった。
ちゃんと影がある。実体だ。
悠然と微笑む姿からは、確固たる自信が溢れていた。
「レオンハルト様、困りますわ。婚約者のわたくしと踊っていただかないと」
「イレーネ……君はもう婚約者じゃない」
「あら? 婚約の解消はまだされていませんわよ」
「旅に付いてきてくれたことは感謝している。ノルンでドラゴンに会えるところまで行けたのは、君のおかげだ。だが、君と未来は歩めない」
レオンハルトはリゼットを背中に庇いながら、イレーネをきっぱりと突き放す。
「大丈夫です。わたくしすべてわかっておりますから。あなたの野心もすべて」
「……君も、人の話を聞かないな」
イレーネは微笑み、赤い瞳を輝かせる。
「リゼットよりもわたくしの方があなたのお役に立てます。力になれます。わたくしは、聖女となったのですから」
「聖女だって?」
「はい、証はここに」
イレーネはドレスの袖をまくって肩を出す。白い肌に、特徴的な痣が刻み込まれていた。
聖女の証――聖痕が。
リゼットは息を呑んだ。
見覚えのある形と色――聖痕。かつてリゼット自身の身体にも現れ、エルクドの手によって妹メルディアナに移っていったそれと同じ形のものが、いまイレーネの身体に刻まれている。
「イレーネさん……まさか、黒魔術で……?」
エルクドを見るが、エルクドは何も心当たりがないかのように、きょとんとしていた。
ラニアルが笑う。
「黒魔術? そんなもの女神教会が言っているだけだよね。おどろおどろしい名前を付けて、自分たちが管理しやすくしてるだけ」
「まさかラニアルさんが……? どうして――」
「もちろんイレーネ様が望んだからさ」
リゼットはイレーネを見る。
イレーネは袖を直し、優雅に佇んでいた。
「わたくし、魔法の威力も、使える回数も、いままでよりずっとずっと向上しました。聖女の証に、公爵家の血に、北守である父の後ろ盾。レオンハルト様、あなたの隣に相応しいのは、わたくし以外ありえませんわ」
「…………」
レオンハルトは何も言わない。リゼットを背に庇って、イレーネと対峙する。
「……どうしてそんな目でわたくしを見るのですか?」
本当に不思議そうに。そして悲しそうに。
目を固く閉じ、開く。決意のこもった表情で、凛と立つ。
「わかっていますわ、レオンハルト様。その女のせいですわよね。レオンハルト様は騙されているのです。わたくしが目を覚まさせて差し上げます」
「――イレーネ、目を閉じているのは君の方だ。俺は君を斬りたくはない」
緊迫した雰囲気の中、ラニアルの笑い声が響いた。
「あはは。本当、ヴィル国の人間は一途だなぁ。伴侶と決めた相手を生涯をかけて愛して守ろうとするのは、厳しい環境で育ったから? それとも開祖の血ゆえなのかな」
「とんだ茶番だ」
エルクドはつまらなさそうに言う。
レオンハルトはそれ以上は何も言わずに、剣を抜いた。それが答えだと。