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143 石焼きペリュトン




 ストーンピラーで立てた柱を倒して割り、かまどを作って平たい石を天板にして置く。

 かまどで火魔法を燃やし、石をじっくりと温めて、解体したペリュトンの肉を焼く。味付けは塩と香辛料。


「出来ました! ペリュトンの石焼きステーキです!」


 石の上でナイフで切ると、鮮やかな赤い断面が現れる。

 リゼットはフォークを肉に刺す。


「いただきます」


 一切れを口に入れ、噛み締める。もちっとした感触。脂は少なく、赤身肉の旨味が強い。

 石焼効果か、外はパリパリで中はふんわり焼けている。


「うっめえ……やっぱ肉だな!」

「はい、とってもおいしいです……!」

「ほらレオン。お前の好きな肉だぞ。どんどん食えよ」

「あ、ああ……」


 焼きたてのステーキ肉を前にしているのに、心ここにあらずだ。


「いつまで暗い顔してんだよ。友達いないって言われたの気にしてんのか?」

「いや、そうじゃなくて……それに、いなかった、わけじゃ……」


 声が段々と弱々しくなる。


「何気にクリティカルダメージ受けてるじゃねーか……ま、お前がどう思ってるかは知らねーけど、オレはダチのつもりだけどな」


 ディーはやや早口で言いながら、大きめに切った肉を食べる。耳が赤く染まっていた。


「私もです」


 レオンハルトは驚いたようにわずかに目を見開き、嬉しそうに笑った。


「ふたりとも、ありがとう」

「あんま恥ずかしいこと言わせんなよな。ほら、肉食え肉」

「ふふっ。本当においしいですから、レオンも火が通りすぎないうちにどうぞ。きっとレオンの好きな味です」


 レオンハルトが石の上の肉をナイフで切って、フォークで差す。

 大きく口を開けて食べて、しっかりと噛みしめていく。


 強張っていた顔がほころび、肩の力が抜けて、表情が穏やかになる。


「……うまいな」


 やっぱり、モンスター料理には力がある。

 心も身体も元気にする力が。


「実際、あのお嬢様とどういう付き合いだったんだよ」

「イレーネとは生まれたときからの付き合いだ。生まれる前から婚約していたが、交流はほとんどなかった」


 落ち着いたエメラルドグリーンの瞳は、石の上で焼ける肉を見つめながらも、その奥では遠い日々を見ている。

 肉から浮き出した水分が焼けた石に当たり、白い湯気が立って淡く消える。


「それでも彼女は俺の旅に魔術士としてついてきてくれた。いつも気丈で、強力な魔法でパーティを支えてくれていた」


「信頼していたんですね」

「…………」


 レオンハルトは答えないが、伝わってくる。信頼していたことも、裏切られた痛みも。


 それでも長く過ごした年月はレオンハルトの中に刻まれているはずで、だからこそ彼は苦しんでいる。


「……そーいうのじゃなくて……恋人らしいことはしてたのかって」

「婚約者と恋人は違うだろう?」

「違いますね」


 リゼットも昔は婚約者がいたが、あくまで契約結婚の相手だ。恋人とは違う。

 もちろん仲がいい夫婦もいるし、そうでない夫婦もいる。


「……クソ、貴族のそういう感覚マジわかんねぇ。んじゃ何も手出してねーの?」

「当たり前だ」

「……こじれた原因これじゃね……?」


 ディーがぼそっと呟く。


「婚約中に手を出す方が大問題です」

「大変だな貴族」


 リゼットは考える。レオンハルトのために、自分が何ができるのか。


「それでもやっぱり、もっとちゃんと話をしてくればよかった」

「では話をしましょう」

「えっ?」

「もやもやを抱えたままだと、いつまでもすっきりしません」


 決着をつけないと、しこりが残り続ける。

 引きずって欲しくない。


「言いたいこと全部言ってしまえばいいんです。お互いに。遠慮する仲じゃないんでしょう?」

 

 リゼットには、イレーネも本当の言葉を隠しているように見える。お互い立場に縛られて、本当の気持ちが言えていない。


 レオンハルトの口元に笑みが淡く浮かぶ。


「そうだな。その通りだ」

「どんな結果になっても、オレたちは味方だから安心しとけ」


 顔を見合わせて、笑い合う。

 新しい肉に塩と香辛料を振って、どんどん肉を焼いていく。

 リゼットがいままで食べてきた中で、一番おいしい肉だったかもしれない。



◆ ◆ ◆



「どこまで行っていた」


 帰り道で見つけたドラゴンリーフを両手いっぱいに抱えてエルクドの屋敷に戻る。

 ドラゴンリーフはドラゴンの翼を思わせる形状の葉で、辛味がある香草だ。

 エルクドは玄関先で憮然とした表情でリゼットたちを迎えた。

 朝と服装が変わっていて、黒く厚い布地に金刺繍が施された服に、白く長いマントを身に着けていた。


「ちょっとペリュトン狩りに。こちらは途中で見つけたドラゴンリーフです。香りが強くてとってもおいしいんですよ。特にお肉によく合って。ここは本当に実り豊かな土地ですね」

「……詳しく聞きたくない。それは屋敷に持ち込むな」


 言って庭の隅を指差す。そこに置けという意味だろう。


「それでは外に置かせておいてもらいますね」


 指し示された日陰に抱えていたドラゴンリーフを置く。


「エルルさん、ドラゴンリーフが苦手なのでしょうか。香りが強いですしね……」

「オレも生は苦手。ニオイがやだ。火を通したらまだなんとか食えるけどな」

「生の辛さも嫌いじゃないが、苦手な人は多そうだな。ペリュトンと一緒に焼けばうまいと思う」

「ふふっ、楽しみです」


 ドラゴンリーフの山を置いて戻ると、エルクドはついてこいと言わんばかりにマントを翻して歩いていく。

 素直に後ろをついていくと、応接間と思しき場所に着く。そこにあったのは豪奢な衣装箱が三つ。


「大魔術師殿からの贈り物だ」

「ラニアルさんの?」

「間もなく宴が開かれる。これを着て参加するように」

「わかりました……」


 部屋にはメイド服を着たマリオネットたちが控えている。着替えを手伝うのがマリオネットたちの使命なのだろう。


 ふと、視線に気づいて顔を上げるとエルクドの銀の瞳と目が合う。


「宴が終わったら――いや、なんでもない」


 エルクドは言葉を途中で切って、部屋から出ていく。

 応接間にはリゼットたちと、圧が強いマリオネットが閉じ込められる。


「着替えましょうか」

「マジかよ……またアレかよ……」

「逆らわなければ痛い目は見ないはずだ……」


 マリオネットたちに手伝ってもらって服を着替える。リゼットは深い青の、肩の出た夜会用のドレスだった。着替え終わるとマリオネットたちは部屋の外に出ていく。


(どうしてサイズがぴったりなんでしょう)


 最上級の素材がふんだんに使われたドレスを見ながら思う。


 レオンハルトはネイビーブルーのコートと、それに伴う服一式。

 生地が厚く、装飾も細かい。

 レオンハルトは複雑そうな表情で、身に着けた服を見つめている。


「……俺の国の服だ。どこから用意したんだ……」

「さすが長生きエルフ。ところでオレのこれは?」


 ディーは黒いベストに白いシャツ、蝶ネクタイに腰に短いエプロン。


「おそらく給仕係の服ですね」

「ブドウでも運べってか。ま、貴族の服着せられるよりマシだな」


 レオンハルトは剣を装備している。


「ふたりも、戦いの準備はしておいた方がいい」

「剣はまだ良くても、さすがに盾はダメだろ。シュールすぎるぞ」

「……心もとないな」

「オレに戦いは期待するなよ。リゼット、お前は?」

「大丈夫です。杖をドレスの下に仕込んでいます。でも無理はせず、いざとなったら逃げましょう」






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