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142/197

142 友人




「はい、ノルンのツインヘッドドラゴンに、途中のダンジョンのリヴァイアサン――」

「二匹……」

「どちらもとても美味しかったです」

「食べてる?!」


 顔を真っ青にして、悲鳴じみた声を上げる。


「ドラゴンを食べるだなんて……も、もしかして、レオンハルト様も……?」

「はいもちろん」

「いやあああぁ!! なななななんてもの食べさせてるのよ!」

「最高だって言っていましたよ」

「なんてもの食べさせているのよ!」


 イレーネはリゼットの胸ぐらを掴んで、がくがく揺する。


「せっかくドラゴンを倒したのですから、食べないと」

「この、歩く非常識! ばか!」


 泣きそうな声で叫ぶ。


「でも、食べなければダンジョンの中で生き延びられません」

「……そう、そうよね……わたくしとしたことが、取り乱してしまいましたわ」


 イレーネは落ち着きを取り戻すように、ゆっくりと深呼吸する。

 優雅に、静かに。


「……本当は、わたくしにだってわかっているのよ。わたくしがレオンハルト様にどんなことをしてしまったのか……」


 呟かれた声には、悲しみと後悔が滲んでいた。


「このダンジョンに一人で落とされたとき、怖くてたまらなかったの。所詮、わたくしは後衛の魔術士で、しかも使える攻撃魔法は三回だけだった……守ってもらわなければ何もできない儚い存在よ。このまま死ぬのかもって、とても怖かった……」

「イレーネさん……」

「誰にも見つけてもらえずに、異国のダンジョンの中で朽ち果てるんじゃないかって、すごく怖かったのよ」


 最初にダンジョンの中であった時のイレーネは、ひどく警戒していた。あの気丈さは恐怖の裏返しだったのだろう。


「やっと気づいたの。わたくしは、レオンハルト様にとてもひどいことをしてしまったと……許してもらえるとは思わないけれど……謝りたいと思うの」


 赤い瞳が涙で潤む。


「イレーネさん……」


 イレーネは自分のしたことを反省し、謝ろうとしている。

 レオンハルトは謝罪を受け入れないかもしれないし、受け入れるかもしれない。


 婚約者でパーティメンバーだったのなら、関わりも深いはずだ。現にイレーネはレオンハルトに強い感情を抱いている。いまは酷くこじれてしまっているが。


「だからリゼット、レオンハルト様とふたりきりで話す機会を用意してくれないかしら」


 リゼットは、レオンハルトとイレーネの間にあるものを知らない。

 わだかまりがあるのなら、早いうちに解消した方がいい。


「わかりました。レオンは近くにいるはずですから、一緒に探しに行きましょう」

「待ちなさい。あなたとわたくしが一緒にいると、警戒されてしまうかもしれないじゃない?」

「そんなことはないと思いますが」

「あるのよ、悲しいけれど。それに、他の人には聞かれたくない話なの」


 イレーネは頬を赤く染める。

 どんな話をする気なのだろうか。


「私は隠れておくから、レオンハルト様だけがここに来るようにして」

「お断りします」

「……いまなんと?」

「お断りします。そんな騙し討ちのようなことはできません」


 リゼットはきっぱりと拒否した。

 イレーネの唇がわなわなと震える。


「レオンにはちゃんとすべて話しますし、レオンが嫌がらない限り私も同席します」

「このわたくしが命令しているのよ!」

「イレーネさんに命令をされる筋合いはありません」


 イレーネが黙る。細い肩がわなわなと震えている。

 赤い瞳には怒りの炎が煌々と燃えている。


 ――そのとき。


「まーたお前か。今度は何企んでるんだよ」


 ディーの呆れ声が響く。

 声のした方を見ると、城壁を沿うように歩いてくるディーの姿が見える。


「ディー! よかった、無事だったんですね」


 リゼットは喜びの声を上げた。

 無事合流できたことに安心する。


「あら? レオンは?」


 きょろきょろとあたりを見回すが、レオンハルトの姿はない。


「すぐ来るだろ」

「あぁ、なるほど。二手に分かれて城の周りを回ってきたんですね」


 それならいずれ必ず合流するし、見落としもない。

 おそらくすぐに全員揃うだろう。


「喜ぶのは後」


 ディーの視線はイレーネに向いたままだ。


「よお。よくここまで来れたな、お嬢様。どんなズルい手使ったんだ?」

「…………」


 イレーネは答えず、無言でディーを睨む。

 のどかな景色の中に緊張感が漂う。


「リゼットに手を出すのはやめとけよ。レオンのやつ、自分にされたことはスルーしても、リゼットに何かしたら絶対許さねーぞ?」

「――下民。口の利き方に気をつけなさい」

「ハッ、あんたがどんなに偉い貴族だったとしても、ダンジョンで他人を見下さない方が利口だぜ。モンスターもいるのに、人間まで敵に回すなよ。自覚ねーだろーけどさ」


 ディーは肩を竦める。


「そんなんじゃ、親切な奴らにも見限られるし、悪い奴しか寄ってこねーぞ」

「――わかったようなことを言わないで!」

「わかってないのはそっちだろ」


 その時リゼットが思い出したのは、イレーネが冒険者ギルドの前でパーティから離脱させられていた光景だ。


 イレーネのプライドが高いことは、短い付き合いのリゼットにもわかってきた。

 プライドが高いのは悪いことではない。だが自分を高くしようとするあまり、他者を低く見るのは間違っているし、トラブルを引き起こす。


 リゼットは意を決してイレーネを見た。


「――イレーネさん、彼の名前はディーです」

「それが?」

「ディーはレオンの大切な友人です」


 ディーがいきなり咳き込む。

 イレーネは怪訝な顔をした。


「友人……?」

「はい。イレーネさんがレオンを大切に思っているのなら、ディーのことも大切にしてください」

「馬鹿を言わないで。レオンハルト様に友人なんているはずがないじゃない!」


 断言する声が、高く響く。


「レオンハルト様は貴い血の御方よ? 対等に並び立つ友人なんてもの、有り得ないし必要ないの!」

「ひでえ言い草だな……」

「あなたたちみたいな人がいるから、レオンハルト様が……」


 イレーネはわなわな震えながら、杖を両手で握って突き出した。魔法の気配が漂う。


「――イレーネ!」


 駆けつけたレオンハルトの怒声により、イレーネの魔法の気配が乱れ、霧散する。レオンハルトはそのままリゼットの前まで来て背中に庇い、イレーネと対峙した。


「レオン――」

「レオンハルト様……」

「いま何をしようとした」


 イレーネはびくりと身体を強張らせる。


「あなたに、相応しくないから……あろうことか友人だなんて――レオンハルト様に友人だなんてもの、必要ないのに」

「君に俺の交友関係にまで口を出される筋合いはない」


 きっぱりと言い切る。


「それに、いまだけじゃない。俺たちに向けて魔法を放って、リゼットを引き離したのはどういうつもりだ」

「…………」


 イレーネは口を閉ざし、俯く。苦しげな表情で。


「そうなんですか? せっかく転移魔法が使えるようになったと思ったんですが」

「お前は少し黙っとけ」


 ディーに言われておとなしく黙る。


「ふたりは俺にとってかけがえのない存在だ。傷つけたりしたら、絶対に許さない」

「わたくしは、少し脅そうとしただけで……ただ、レオンハルト様と話をしたかっただけで――」

「なら、いまここでしてくれ」


 イレーネは悲しそうに眉根を寄せた。


「……そんなことを言って、聞いてくださるつもりなんてないのでしょう? ……あなたはいままで、わたくしの話なんて聞いてくださらなかったじゃない」


 か細い声と、弱まる気配と共に、イレーネの姿が薄くなる。


「イレーネさん?」


 そのままイレーネは消えた。影が光に溶けるように、跡形もなく。

 ただ静けさだけが残る。


「転移魔法でしょうか?」

「いや、元から実体じゃなかった。影もなかったし」

「んじゃ幻影か? 何やってんだか」


 風が吹き、丘の緑が揺れる。

 焼けたペリュトンのいい匂いが漂ってくる。


「――とりあえず食べてからです! 食べなければ力が出ません!」






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