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140 影を食べるペリュトン




 ――朝。

 寝間着からいつもの服に着替え、準備万端となってから、屋敷の主に挨拶をしにいく。


「なんだ。もう出ていくのか?」

「はい、お世話になりました」

「朝食はいらないのか?」

「おなかがいっぱいで」


 またブドウが出てきたらと思うと、厚意を受け止められない。


「少食だな。だが、今日は宴を催す。せめて顔を出していけ」

「またブドウパーティかぁ……?」

「ブドウの何が不満だ。僕が育てた最上級のブドウだぞ?」

「はい、とてもおいしいブドウでした。ですが私たちは色々なものを食べないと身体が持ちませんので」

「ヒューマンとは難儀なものだな」


 憐みの視線を向けられる。


「宴には大魔術師殿も来る。会って話したいことがあるのではないのか?」

「ラニアルさんが?」

「随分気安い呼び方をする。あいつなら許すかもしれないがな」


 リゼットはレオンハルトの顔を見る。複雑そうな表情をしていた。

 ディーはあからさまに嫌がっている。


「――では、この辺りの散策をしてから戻ってきます。この付近にウサギや鹿はいますか?」

「何をするかは聞かんが、ペリュトンならいるな。影を奪われないように気をつけろ」

「ありがとうございます」


 ――ペリュトン。どんなモンスターだろう。


「あの、エルルさんにとって、ラニアル・マドールさんはどんな方ですか?」

「一言で言えば変なやつだ。最古参のひとりでありながら、変化を好む」

「そうですか。大切な御友人なんですね」


 ラニアルのことを語るとき、エルクドは柔らかい雰囲気を帯びる。親しい友人を思うときの表情だった。

 エルクドは驚いたようにわずかに目を見開き。


「――友人、か。愉快な発想だ」


 満更でもなさそうに笑った。





 エルクドの屋敷を離れ、第五層の無人の街を歩く。遠くに見える城に向かって。

 エルクド曰く、城の手前の丘にペリュトンが出るらしい。


「なあ、本当に宴とやらに出る気か?」


 歩きながらディーがリゼットに聞いてくる。


「はい、もちろん。ラニアルさんと話ができるかもしれないですし」

「本当に本物かあ? ニセモノだらけのダンジョンで、本物がノコノコ顔出すとも思えねーけどな」

「だがもう第五層だ。そろそろ最深部だと思っていい。ラニアル・マドールが近くにいるのは間違いない」


 レオンハルトは城を眺めたまま言う。


「彼が来るというなら、来るんだろう。本体じゃないかもしれないが」

「そうですね。万全の状態で会うためにも、行きましょう。お肉――いえ、ペリュトン狩りへ!」


 リゼットのテンションが上がる。


「本当に食えんのかよ。ペリュトンってどんなんだよ」

「ペリュトンは、鳥と牡鹿が混ざったようなモンスターだ。本当にペリュトンなら食べやすい方だと思う」

「まあ。とっても楽しみです」


 しばらく進むと街並みが途切れ、石畳の道だけが城に向かって伸びている。城を取り囲む城壁の門は固く閉ざされている。周囲には何もなく、丘が広がるだけだ。

 牧歌的な風景の中に、翼の生えた雄鹿の群れがいた。



【鑑定】ペリュトン。鳥の胴体と翼、牡鹿の頭と脚を持つ。影を持たず、自身の影を取り戻すために人間を襲う。通常の武器による攻撃は効かない。



 ペリュトンたちは静かに草を食んでいる。


(なんて平和で、おいしそうな光景)


 だが奇妙な光景でもあった。ペリュトンたちはみんな、光り輝いているかのように眩しい。

 ――影がないからだ。

 地面に落ちる影も、身体に落ちる影も。いったいどんな原理なのだろう。


「すげー大群だな。しばらく肉には困らなさそうだ」

「ペリュトンは物理攻撃が効かない。リゼット、頼む」

「はい。一気に凍らせます」


 ユニコーンの杖を握り、魔法の準備をしながらリゼットは思う。

 ――影がなくて、物理攻撃が効かないペリュトンは、もしかしたら幻影なのかもしれない。幻影なら食べられない。


(いえ、すべては、やってみなければわからない!)


【聖盾】


 レオンハルトの魔力防壁がいきなり展開する。

 その直後、【聖盾】に何か大きなものが激しい勢いで衝突した。


「上にもいる!」


 声に弾かれて上を見る。

 青い空に、まるで雲のようにペリュトンが浮かんでいた。しかも何体も。

 敵意をあらわにして、こちらを狙っている。


【水魔法(神級)】【敵味方識別】


「フリーズトルネード!」


 リゼットは氷雪の竜巻を起こす。天高く、広大な範囲を。

 地表も空もペリュトンも巻き込んで、巻き上げて、氷の嵐は竜のごとく暴れる。


 丘にいたペリュトンたちも、空にいたペリュトンたちも、等しく空へ浮き上がり。

 凍って落ちてくる。


 氷塊となったそれは、凄まじい勢いで一斉に地面を叩き、めり込む。


「危ねっ!」


 リゼットたちの上に落ちてくるものは、レオンハルトの【聖盾】が弾いた。

 ペリュトンたちの墜落が止むと、丘は大きな穴だらけの惨状になっていた。


「ヤバすぎだろ……」

「ふたりとも、怪我はないか?」

「はい、私は大丈夫です」

「オレも」


 リゼットは一番近くにいたペリュトンを見る。

 地面にめり込んでいるが、凍っているため損傷はほとんどない。


「さあ、解凍して解体しないと。鳥の味でしょうか。鹿の味でしょうか。楽しみです」


 胸が躍る。


「――リゼット!」


 レオンハルトの緊迫した声が響いた刹那――


「エクスプロージョン!」


 誰かが魔法を唱える声が聞こえ。


【聖盾】


 爆音とともに、爆風が駆け抜ける。それをレオンハルトの魔力防壁が防ぐ。


(まさか、爆発性のモンスターだった?)


 立ってはいられたが、煙と塵で何も見えない。目が染みて、ぎゅっと瞼を閉じる。そのとき、ぐっと誰かに手を引かれる感覚があった。





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