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138 エルフ貴族の屋敷





 屋敷の中は静かだった。

 耳が痛くなるほどの静謐に、四人分の足音が響く。

 床は灰色と白の大理石パネルが交互に貼られ、美しい模様を作り出している。砂粒ひとつ落ちておらず、輝いている。窓にも壁にも汚れひとつない。


 貴族の邸宅だ。だが使用人一人いない。


「ここを使え」


 通されたのは四人用の客室だった。そこに三人まとめて入れられる。そしてエルクド自身は早々に部屋から出ていく。

 念のため部屋に罠や仕掛けがないかを確認してから、それぞれベッドに座った。


「……妙なことになったもんだぜ……あれって、ノルンにいたダークエルフだよな?」

「はい。ですが……別人に見えます。いえ、別人というより、きっと昔はああいう姿だったんだろうなという姿に見えます」


 ――ダークエルフになる前は。女神の炎に身を焼かれる前は。


「ラニアル・マドールが彼を再現したのかもしれない。錬金術師はホムンクルスという生命体をつくれるそうだ」

「わざわざ作るってことは、特別な関係だったのかもな」

「……ラニアルさんは、彼の魔石を欲しがっていましたしね」


 黒竜になったエルクドを倒したときに現れた、琥珀色の魔石を。

 そしてリゼットはラニアルにそれを売った。多額のゴールドと引き換えに。


 魔石を何に使うのか――リゼットは知らない。錬金術師のすることだから、きっと素晴らしいものを作るのだろうと思っていた。だが。


「ラニアルさんは、集めていた魔石でこのダンジョンを作ったのでしょうか」


 ――ノルンダンジョン領域と類似点が多い、このダンジョンを。


「何考えてんだかは、ちょっとはわからなくもねーよ」


 ディーがぽつりと呟き、窓から外を見ながら続ける。


「ダンジョンは、ダンジョンマスターの理想の世界なんだろ? あのエルフは自分の理想郷をつくってんだろ? 自分の生きてきた世界の中で、気に入ってた部分をここに詰め込んでんだろ」


 言って、ベッドの上に倒れる。

 ベッドは清潔そのもので、シーツにも汚れひとつない。おそらく新品だ。ベッドそのものも、部屋の中の装飾も、華美ではないが落ち着いた美しさがある。独特の美意識で統一されている。


「エルフって長生きらしーしな。人生に疲れて、自分の理想郷つくって引きこもりたいんじゃね?」

「――どうしてそこまでわかるんですか? 説得力しかありません」


 リゼットは感動した。

 まるでラニアルの心を読んだかのようだ。


「でも、だとしても、ランドールの街全体を巻き込むのは間違っています」


 どんな事情があったとしても、ダンジョンマスターが自分の理想のダンジョンを作り出せるとしても、無関係の人々を巻き込むのは、リゼットには許せない。冒険者でも何でもない人々をダンジョンに落としたことも――いくら死なないとはいえ。


(やっぱりラニアルさんに会いに行かないと)


 リゼットは決意を新たにする。


「――これ以上の探索はやめないか?」

「レオン? どうしたんですか」


 まさかレオンハルトがそんなことを言うなんて。

 リゼットは驚いたが、レオンハルトの表情は真剣だった。


「ラニアル・マドールが彼に固執しているのなら、彼を倒した俺たち――特にリゼットを恨んでいるのは間違いない」

「……それは……」

「そう思い知らせるために、彼を用意したんじゃないのか? 真意がどうであれ、彼女はとっくに正気じゃない。何をするかわからない」


 レオンハルトの心配もわかる。

 リゼットにはラニアルの意図はわからない。

 何を考えているのかも、何を望んでいるのかも。それでも。


「……ラニアルさんはきっと、私を待っています」


 怖くないわけではない。いまでも手が震えそうになる。

 それでも、リゼットは立ち止まれない。震えそうな手を強く握りしめる。


「――ですが、このダンジョンもこのままにはしておけません。せめて外と行き来できるようにしないと。ダンジョンに潜るのは冒険者の自由で自己責任ですが、街ごと閉じ込めるのは違います」


 そうする理由も必要性もわからない。

 街を封鎖して、いったいラニアルになんの利点があるのか。


「……リゼットがそう思うことを見越して、街全体を巻き込んだのかもしれない」

「それなら尚更引けません」


 レオンハルトが困ったような顔をする。

 わがままを言っているのはリゼットもわかっている。

 だが自分のせいなら、足を止めるわけにはいかない。


「わかった……だが、二人に危険が及ぶなら、俺はどんなことをしても二人を助ける」

「仲間なんだからお互い様だろ。なあ?」

「はい、もちろんです」


 寝ころんでいたディーが起き上がる。


「ま、あんまり難しく考えんなよ。いままでだって何とかなってきたんだ。きっと何とかなるって」


 そのとき、部屋のドアが開き、女性使用人のようなお仕着せを着たマリオネットが入ってくる。その数、六体。全員、黒いワンピースに白いエプロンドレス姿だ。


「なんだこいつら」

「マリオネット。主の命令を忠実に実行しようとするモンスターだ。攻撃の意思はなさそうだが……」


 マリオネットたちは全員無表情だが、こちらを襲って来ようとする様子は見えない。手に持っているのは綺麗な厚布や衣装箱だ。


『着替エテ下サイ』


 滑らかな動作とは反して、ややぎこちない声だった。


「まあ、話せるのですね。ご心配なく。浄化魔法を使っているので綺麗ですから」


『着替エテ下サイ』『着替エテ下サイ』『着替エテ下サイ』

『着替エテ下サイ』『着替エテ下サイ』『着替エテ下サイ』


「圧が強え……っ!」

「なんて力だ……!」


 これは会話ではない。お願いでもない。強制だ。

 ひとりずつ目隠しの布に三方を囲まれて、あっという間に着替えさせられる。


 リゼットは光沢のある淡い水色の、身体に沿うようなドレスに。ドレスだけでは終わらず、アクセサリーや靴も揃えられていて、どれもサイズがぴったりだった。髪も結い上げられる。


 レオンハルトとディーは光沢を抑えた黒のジャケットとベストにブルーシャツに着替えさせられている。黒の蝶ネクタイ、カフリンクスや靴も揃っていた。


「なんだよこの服、拷問か?」


 ディーが首元のタイを緩めようとしながら、辟易した顔で呟いた。

 レオンハルトは諦めたような表情で腰に剣帯を巻き、剣を吊り下げている。


「……まったく逆らえなかった……ここでは彼の定めたルールに抗えないのかもしれない」

「圧に押されただけじゃね?」

「絶対に違う」





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