135 蛇の王バジリスク
ハンバーガーを完食し、完全回復して出発する。
地図の埋められていないところを埋めるようにして、探索をさくさく進めていく。アンデッドを浄化し、フレイムアントを掃討しながら。
先頭を歩くレオンハルトの足が止まる。
壁の陰に身を隠し、警戒しつつ様子を見る。
「リザードマンだ」
【鑑定】リザードマン。二足歩行に進化した爬虫類。武装し、集団で行動する。
その姿はまさに二足歩行する大きな蜥蜴だ。簡易な鎧を身に着け、手には槍を持っている。
「亜人系は嫌だぞ」
「はい、わかっています。フリーズアロー!」
物陰に隠れたまま、氷の矢の雨を降らせて倒す。相変わらず氷系の魔法がよく効いた。
その後も進んでいくと、ディーが途中でやれやれと呟いた。
「また流砂トラップか」
雰囲気と砂の様子で、動いていなくてもわかるらしい。
流砂トラップの前に立ち、リゼットは口を開く。
「私、ずっと考えていたんですが、つまり地面が動かなければいいんですよね?」
「まーそうだな」
【水魔法(神級)】【魔力操作】
「――凍れ!」
砂にかぶせるようにして、通路の上を氷で覆う。
「うおお……流砂トラップを根本から否定しやがった……」
ディーが早速上に乗るが、地面は動かない。氷ごと流されることもない。
「これなら探索もはかどるな」
レオンハルトが氷の上に乗る。
「ぎゃっ!?」
歩き出そうとしたディーが、滑って転んで尻を打った。
「ディー、大丈夫ですか」
「痛ってえ……なんだこれ、めちゃくちゃ滑るぞ」
「氷の上を歩くにはコツがある。特にここの気温で溶けかけているから、小さな歩幅で滑らせるように歩かないと」
レオンハルトがディーに手を貸し、助け起こす。
ディーは言われた通りにすり足で歩こうとしたが、また転ぶ。
「流された方がマシ!」
「そうですね……私も転びそうです」
リゼットも氷の上に立つが、足元がおぼつかない。以前は普通に歩けたが、やはり温度の差があるのだろう。
氷を解除すると、砂が力強く流れ出す。
流されて到着した部屋は、奇妙な場所だった。部屋の中にあったのは、リザードマンの石像だった。しかも六体も。
「すごいですね。生き生きとしていまにも動き出しそうです」
「石像の出来より、どうしてこんなところにあるかが謎だろ。罠か?」
装飾目的ならもっと相応しい置き方があるはず。出入口の両側に置くなど。しかしこの石像たちは無造作に放置されている。これはこれで前衛的な飾り方かもしれないが。
「嫌な予感がするな……慎重に進もう」
部屋の出口は二つ。奥には部屋、反対側には通路。
奥の部屋の方にモンスターの気配がしたが、静かだ。
「オレが見てこよーか?」
「そうですね……お願いします」
斥候は危険な役割だが、パーティ内ではディーが一番向いている。
ディーが気配を消してこっそりと奥を覗きに行く。
すぐ戻ってくる
「蛇が寝てたぜ。大きくはねーけど、頭に王冠のような模様がある」
「王冠のある蛇……もしかして、バジリスクか?」
レオンハルトが動揺していた。普通のモンスター相手では見ない反応だった。
「バジリスクなら視線を受けると石化してしまう。匂いも吐息も猛毒だ」
「マジかよ」
ディーの顔がぞっと青ざめる。
「でもバジリスクって、コカトリスと似たようなモンスターですよね? 雄鶏部分はどこに行ったのでしょう」
コカトリスは雄鶏の尻尾の部分に蛇がついているモンスターだ。
だがこのバジリスクには雄鶏部分がない。蛇は蛇で美味しいが。
「ローストバジリスク……食べてみたかったのに……」
「お前の頭には食べることしかねえのか?」
レオンハルトは少し考え込み。
「……バジリスクは雄鶏の鳴き声が弱点という説もある。俺の知っていたバジリスクは、きっと弱点を克服するために雄鶏と一体化したものなんだ。――つまり、コカトリスもバジリスクも、本体は雄鶏部分じゃなくて蛇の方なんだ!」
レオンハルトが頬を紅潮させて話す。
「まあ……あえて天敵を取り込むなんて、なんて勇者なのでしょう」
「心底どーでもいい。んなことよりどうやったら勝てるんだよ」
「対処法はある。毒消し草と石化防止草を食べてから戦うか、鏡を用意するか」
「――鏡ですか?」
「視線を受けたら石化するのはバジリスク自身もだ。石化の視線を反射させる」
リゼットは身だしなみを整えるための小さな鏡を取り出した。
「小さいですね」
「これ持って挑む気にはなれねーぞ。もっとでかい盾みたいなのねーのか?」
「姿見は持ち歩くものじゃないです……でも、そうですね。試してみましょう」
リゼットは奥の部屋を見て、ユニコーンの角杖を握る。
バジリスクがいそうな場所に見当をつけて――
【魔法座標補正】【水魔法(神級)】【土魔法(中級)】
「アイス・オン・ストーンウォール!」
目隠し兼、鏡となる壁をつくる。
石の壁の表面に滑らかな氷をコーティングしたものを。
――後は目を覚まさせて注意を引く。
(成り切るのよ、リゼット――こっ……こっ……)
すぅ、と息を飲み。
「コケコッコー!」
叫ぶ。
身も心もバジリスクの天敵である雄鶏になりきって。
雄鶏が天敵なら――そうでなくてもいきなり変な声がしたら、絶対に一度はこちらを見るはずだ。
ぞわりと、壁の向こうで大きなものが動いた気配がする。
だがそれだけだ。以降は何もない。
「倒せたでしょうか?」
「気配は完全に消えているが……慎重にならざるをえないな」
「オレが見てくる。石化防止草はあったよな?」
「少しだけなら」
石化防止草を取り出す。
「なんでこんなに減ってんだよ」
「料理に入れたりしているので。石化防止草は、特にお肉と合うんです。隠し味にちょうどよくて」
「お前の頭には食べることしかねーのか?」
ディーが石化防止草に手を伸ばそうとしたとき、レオンハルトが口を開いた。
「待ってくれ。危険な手を使わなくても、方法はある」
灯火をふよふよと動かして、通路の方から二匹のリザードマンを誘き寄せることに成功する。
そのまま光をバジリスクの部屋にまで動かし、中にリザードマンを誘導し、出入口部分に魔法で壁をつくる。
「バジリスクがまだ生きているなら、視線か吐息か匂いで死ぬはずだ」
砂の陰で身を隠しながらしばらく待つ。
「そろそろいいかな……リゼット、壁を壊してくれ」
「はい」
土魔法でつくった壁を崩すと、二匹のリザードマンがまた釣られたように出てくる。
「どうやら大丈夫みたいだな。他のモンスターを利用して室内が安全か確かめる方法は成功だ」
「オレは時々お前が怖い」
リザードマンをフリーズアローで倒し、バジリスクの部屋に入る。出ていったときとほとんど様子は変わらない。
「すげーな。マジで鏡みてーじゃねえか」
リゼットのつくった石と氷の鏡を見ながら、ディーが感心していた。
「冒険中に大きな姿見が欲しいと思うことがあって、結構研究していて……この方法が一番きれいに映せたんです。ほら、ちゃんと表面をきれいにして、映りやすいようにしてるんですよ」
「さすがだ」
バジリスクの前にあった壁の反対側に回ると、自らの視線で石化していたバジリスクがいた。
【鑑定】バジリスク。蛇の王。匂いは猛毒。吐息も猛毒。毒を受けると即死する。視線を受けると石化する。
レオンハルトが足で蹴ると、あっけなく崩れる。身体の奥まで完全に石となっていたようだ。不思議な現象だった。
「私たちが石化してしまったらどうなるんでしょう」
「回復術士の状態回復魔法なら効くし、砕けてしまった後なら蘇生魔法が効く」
――つまり、砕けたら死ぬということだ。
やはりダンジョンは、モンスターは、一筋縄ではいかない。
改めて胸に刻み、奥の部屋へ進んだ。