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130 エスカモーレ





 探索中に吹き抜けの空間に出る。

 上の様子は天井のない暗闇に覆われてよく見えないが、下は光る砂でよく見えた。


 砂で満たされた部屋の中央に、すり鉢状の穴が開いている。


 穴の一番深いところでは、砂色の昆虫のような大型モンスターが待ち構えるように潜んでいた。しかし、その関心は上から見ているリゼットたちではなく、部屋の中をうろつくフレイムアントたちに向けられている。



【鑑定】アントリオン。すり鉢状の穴を形成し、穴に落ちてくる獲物を捕食する。



 穴の淵を通りかかったフレイムアントが、急傾斜と砂にバランスを崩して砂穴に呑み込まれていくのが、上からよく見えた。


 這い上がろうとしても砂のせいで踏ん張りがきかず、ずるずると落ちていく。それでも何とか抗おうとしても、穴の中心にいるアントリオンが砂つぶてをぶつけて弱らせてくる。


 アントリオンのところまで落ちてきたフレイムアントは大きな両腕で捕らえられ、体液を吸い出される。最後の抵抗で炎を吐き出しても、アントリオンには通じない。


「どうしましょう。倒しておきます?」


 聞くと、レオンハルトは難しい顔で考え込む。


「フレイムアントを減らしてくれているし、様子見でもいいかもしれない。下手に倒すとエリアにフレイムアントが溢れるかもしれないし」

「この階層、流砂はやべーけど構造自体は単純だし、いつでも戻ってこれそうだしな」


 探索を続けたことで地図も充実してきている。流砂が起こっている場所も、回避ルートも、かなり繋がってきていた。


「そうですね。ではそのように。それでは、未探索の場所へ向けて出発です」


 地図を埋めるように通路を歩いて、部屋を調べて、流砂に流され、落ちて、梯子を昇って。

 そうしているうちに、不思議な部屋に入る。壁際の砂の上に、豆のさやのような筒がたくさん落ちている。

 一つの大きさは手の平くらい。よく見ると、薄い膜の下に粒々したものがびっしりと詰まっていた。


「なんだこれ」

「これは……フレイムアントの卵です!」


 リゼットは鑑定結果に興奮する。


「プチプチして美味しそうですよ。どう料理しましょうか」


 興奮して振り返ると、二人の顔が青ざめていた。


「……お前、常識とか情緒とかどこに置いてきたんだ?」

「虫は一般的な食材ですよ。とりあえず炒めましょう。モンスターですから、火を通さないと危険ですものね」


 部屋に結界を張り、さやのような皮を割って、中の卵を取り出す。

 ベアネギのみじん切りと塩と香辛料で炒める。

 さっそく味見する。


「まあ。ナッツのように香ばしくて、バターのような濃厚さがあって。プチプチとした皮の中身はとろりとまろやかで……」


 レオンハルトも一口食べる。


「うん……噛むとブチッとした食感があって、甘い液体が出てくる……それがベアネギと香辛料と合っていて、うまいと思う」

「マジかよ」


 ディーはまだ引いているようで、味見しようとしない。


「そうだ。これをクレープ生地に包んで食べましょう」


 小麦粉と砂糖を水で溶かしてつくった生地を、フライパンに薄く伸ばす。

 片面が焼き上がると反対側も軽く熱を通し、フレイムアントの卵を炒めたものをたっぷりと入れて、生地を折りたたんで包む。


「完成です! フレイムアントの卵のクレープです!」


 全員分作って、リゼットは最初に食べる。もっちりした生地に、プチプチとろとろした卵が包まれて、食感が楽しい。

 レオンハルトは興味深そうに、断面を見つめながら食べていた。


「ゾンビよりマシ、ゾンビよりマシ、ゾンビよりマシ……」


 ディーは不思議な呪文を唱えながらクレープを睨んでいる。

 そして、意を決したように食べた。


 緊張で強張っていた全身が、噛むたびにわずかに緩んでいく。


「まあ、食えるな……ブチってするのも慣れりゃまあ……」


 腑に落ちなさそうな表情をしながらも食べる。


「食べ終わったら今日はもう休もう」

「そうですね」


 片づけをして寝る準備をしていると、ふと視線を感じて顔を上げる。

 部屋の入口の所に猫がいた。

 こちらを窺うようにわずかに顔を出していたが、リゼットと目が合うとすっと陰に隠れて見えなくなった。


「リゼット?」


 レオンハルトに名前を呼ばれて、はっと息を吞む。


「あっ、いえ……見間違いでしょうか? 猫がいたような」

「猫だって?」

「はい。とってもかわいい猫でした」


 ぼんやりとしか見えなかったが、そんな雰囲気があった。思い出すと幸せな気持ちになる。


「こんなところにいる猫なんて500%モンスターだぜ」


 突きつけられるシビアな現実。


「いえ、赤い帽子を被っていましたから、誰かの飼い猫かもしれません」

「冷静に考えろ。ダンジョンの中で? しかもこんな階層で? 1000%モンスターだろ」

「ほら、ビーストテイマーの方の使い魔とかいう可能性もあるのでは?」

「帽子を被った猫か……そんなモンスターがいたような……いやあれは長靴を履いている猫だったか……?」


 レオンハルトは腕組みをして考え込んでいる。


「どっちにしろ倒しといた方がよくね? テイマーから離れた使い魔は狂暴だぜ」

「狂暴ではないです。すぐに逃げていってしまいましたし。きっとモンスターでもないです」

「もう魅了されてんじゃねーか」


 ディーの指摘は鋭い。


「……だって、好きなんですもの、猫……」

「はあっ? お前、いままで散々アレやコレや食っておいて、いまさら何言ってんだ?」

「うっ……」


 それを言われると苦しい。


 あらゆるものを食べてきた。だが食べたくないものも、当然ある。

 リゼットが食べられるもので他の人が食べられないものも、その逆も、当然ある。


「わかりました。おふたりがどうしてもと言うのなら……私は止めません……」

「いやオレだって食いたくねーけど」

「俺も食べたくはないな……」

「よかったぁ。脅かさないでください」


 リゼットは安心して寝袋に入った。






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