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128 地上のドワーフ【side タガネ】





 ダンジョンから地上に戻ったタガネは、ランドール市庁舎の三階――市長室から、崩壊していく地上の秩序を眺めていた。

 無気力なアンデッドのようになった者、チームを組んで行動している者たち、怯えて建物の中から出てこない者、破壊や略奪行為をする者、それを咎める者。


 ――混沌。


 地上の姿はまさに混沌だ。

 その原初的な姿に、タガネはいっそ好意を覚えた。


 元々、歪な街だった。それがさらに加速している。治安維持部隊による抑制は一時しのぎにしかならない。無理やり抑え込まれた怒りや恐怖は、いつか必ず爆発する。ほんの少しの種火で。


「――市長。もう食料がありません。ダンジョンで捕獲できるモンスターの量もどんどん減ってきています。このままでは暴動が起きます」


 秘書であるドワーフ女性の報告を、タガネは背中で聞いていた。

 地上の人間たちが食べるスピードに、ダンジョンの再生スピードが追い付いていないのだ。

 あらゆるものを喰い尽くしていく、生物の食欲の凄まじさよ。


「所詮ランドールは砂上の楼閣。崩れるときは呆気ないものだ」


 ランドールは元々、ドワーフの鉱山だった。廃坑となった場所に、タガネが街を作り上げた。エルフの錬金術師と共に。黄金都市、あるいは享楽都市と呼ばれる娯楽の都を。

 欲望を叶える場所として作られ、あらゆる人種を、ありとあらゆるものを受け入れてきた。


 ――たった一つの目的のために。


 街を育て、人を集めて続けてきた。錬金術師の希望で人工ダンジョンも作った。

 そうして作り上げた宝石が、もうすぐ壊れる。

 もはや一刻の猶予もない。


「食料の備蓄をすべて解放しろ」

「――しかし、いくら制限して分配しても、五日も持ちません」

「充分だ」


 タガネは再び鎧を身に着ける。


「私がダンジョンに潜り、五日の内に決着をつける。後のことは任せたぞ」

「そんな。お戻りになられたばかりなのに……今度はわたくしもお連れください!」

「すまんな。後を任せられるのはお前だけだ。わかってくれ」


 愛用の斧を手に取る。先祖代々伝わってきた斧を。


「タガネ様……まさかお一人で向かわれるつもりですか?」

「私を誰だと思っている」

「……誇り高きドワーフの姫でございます」


 長年タガネに仕え続けてきたドワーフの女性は恭しく頭を下げる。ドワーフ式の敬礼で。


「そう心配するな。ダンジョンでは単騎の方が生き延びやすいくらいだ。モンスター共は、人数の多い方へ行くからな」

「ご武運を……」


 市庁舎から出たタガネは一人で冒険者ギルドに向かう。広場のダンジョン入口ではなく。


 鎧を身に着け、厚手の古びたサーコートを頭から被れば、誰も市長がこんな姿でこんな場所にいることには気づかない。

 単独行動している一介の冒険者にしか見えない。

 そう思って近寄って来る者たちもいる。


 建物に挟まれた通りで、白昼堂々自分を取り囲む冒険者たちを、タガネは冷めた目で見つめた。


「食い物を寄こせ」


 シンプルな要求だ。

 ストレスと疲労と生存本能で、もう格の違いも見抜けないのだろう。それとも自身の戦闘能力やスキルによほどの自信があるのか。


 若干の興味を抱きながら、タガネは目の前の冒険者に肉薄した。腹を殴る。倒れる。脆い。

 別の冒険者が抜き身の剣を振りかぶってくる。籠手で弾く。脛を蹴る。砕ける。脆い。

 仲間を置いて逃げようとする冒険者に、拾った剣を投げる。剣の腹が頭に当たり、倒れる。脆い。


「相変わらず脆いな。ヒューマンは」


 敵をすべて無力化して、タガネはため息混じりに呟く。

 どうしてこれが地上の覇権を取れるのか。女神の寵愛以外に理由が見つからない。

 ドワーフの方がよほど頑強で、ノームの方が利口だ。


「そういえば、あの者たちもヒューマンだったか。さて、どこまで行けるものやら……」


 タガネ自身も一度潜ったが、あのダンジョンはシンプルだ。

 いやらしい罠もない。絶望するようなギミックもない。知恵と勇気と能力さえあれば、クリアは可能だ。

 問題があるとすれば食料か。だがあの者たちはモンスターを食すという、ヒューマンならば本能的に忌避する行為をしているようだ。


 ――実に興味深い。


 メンバーが何か特別なスキルを持っているのか。そもそも三人だけのパーティで第三層まで無傷で来ているところからいって、普通ではない。

 機会があったら勧誘してみるかと思ったその時、タガネは深く咳き込んだ。


 手を口に当て、ゴホゴホと咳き込む。手のひらにべったりと赤黒い血が着いた。


「ふん、ガラクタめ……だが、もう少しだ……」


 口元を拭い、内臓に回復魔法を施す。

 血の痕跡は浄化魔法で清め、タガネは冒険者ギルドの裏口へ向かう。

 鍵は開いている。


 扉を開けたすぐの場所には、『アルケミスト・ラビリンス』と陽気に書かれたプレートが掲げられている。タガネは誰に見られることもなくその奥に入り、入ってすぐの隠し扉を開く。扉には特殊な魔法が施されていて、登録されたものしか中には入れない。


 ――錬金術師の人工ダンジョン。

 その秘密の部屋は狭く、中には何もなく、床に転移魔法陣だけが描かれている。

 魔法陣は仄青く輝いて、その機能を維持している。


「――さて、準備はどこまで進んでいる? 錬金術師」




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