127 グリフォンカレー
レオンハルトをさらったグリフォンはそのまま巣にまで飛んでいき、巣の中にレオンハルトを落とす。
「どどどどうしましょう、ディー」
「オレたちにはどうしようもねぇだろ。レオンに任せろ」
ディーは言いながら弓の弦を張り直している。
「あいつ丈夫だし、回復魔法使えるし、蘇生アイテムもあるし。お前の見てる前じゃ、そう簡単に死なねーよ」
弓の準備を終えて矢を用意する。
「とりあえず近くに行くか。下手に刺激しないようにしとけよ」
とりあえずグリフォンの巣がある切り立った崖の近くへ移動する。グリフォンに襲われるかと思ったが、マントを被ったままのリゼットたちには見向きもしない。
「動きがあるまで静かにしとけよ」
岩陰に隠れてこっそりと様子を窺う。
巣の中は静かだ。グリフォンも悠然としていて争っている気配はない。
グリフォンが飛び立つ。白い翼を大きく広げて。
その直後、巣の一部が壊れた。
崖の壁に当たりながら、巣材がパラパラと落ちてくる。その中には金銀財宝や、人か獣かの骨も混ざっていた。
巣が壊されていることに気づいたグリフォンが、怒りの声を上げて巣に戻っていく。
レオンハルトはグリフォンに、手にしていたロープを投げる。
先端に何かを――おそらく巣にあった財宝をくくりつけたロープは、グリフォンの身体に当たると、勢いのままぐるぐると絡まっていく、
飛んでいるところにロープを巻き付けられ、グリフォンは空中でバランスを崩す。
大きくふらつくが墜落はしない。だが、徐々に高度を落とす。
その瞬間にレオンハルトは巣から飛び出すと、グリフォンの背中に飛び乗った。
「――飛んだ! 飛びました! 私はいま、モンスターと人類の新たな歴史の瞬間に立ち会っているのかもしれません!」
「うるせえ」
ロープで動きを制限され、背中に人に乗られれば、グリフォンでも重みに耐えきれない。
振り落とそうとしても、身体に絡みついたロープを絞められて動けない。
高度がどんどん下がる。
このまま墜落するのか――リゼットが思った瞬間、最後の力を振り絞るようにグリフォンは崖に激突した。
「ストーンピラー!」
リゼットの魔法でレオンハルトのすぐ下に足場ができる。
レオンハルトがグリフォンから手を離し、足場に降り立つ。
「フリーズアロー!」
ディーの弓矢とリゼットの氷の矢が下からグリフォンの翼を貫く。
グリフォンは空中で静止し、一度だけ鳴き、力を失って墜落した。
地面に落ちた衝撃で琥珀色の魔石を吐き出して、そのまま動かなくなった。
リゼットが崖にいくつか新たに足場をつくり、レオンハルトがそれを使って下りてくる。
「レオン、大丈夫ですか!?」
「ああ、これくらいなんともない」
どこか晴れ晴れとした笑顔で言いながら、地面に下りる。怪我をしている様子はない――自分で治したのかもしれないが。
「夢が叶ったじゃねーか。空飛ぶモンスターに乗るって夢が」
「他人事だと思って……ああ、そうだ。グリフォンの巣で珍しいものを見つけたんだ」
レオンハルトが取り出したのは不思議な石だった。赤みがかった白い石のようで、透き通っているようにも濁っているようにも見える。角度によっては七色に光り輝いていた。
【鑑定】オリハルコン鉱石。柔らかく、劣化しない。
「オリハルコン鉱石ですよ! すごい! どうしましょう?」
「これが……オリハルコン?」
「マジかよ、すっげえ! もちろんドワーフに売るんだろ?」
ディーは即答しないリゼットを見て首を捻る。
「もっと高く買ってくれそうなところ探すか?」
「いえ、そうではなく……カナツチさんとカナトコさんにはお世話になっていますし、ぜひオリハルコンの研究を進めていただきたいです」
「タダでやりたいってか?」
「投資というものです」
日頃の恩を返せる上に、オリハルコンの研究も進む。良い事づくめだ。
「ま、世話になってるのは間違いねーけどよ」
「あっ、でもレオンが危険を冒して手に入れたものですし、レオンのお好きにどうぞ」
グリフォンの巣に行き、持ち帰ったのはレオンハルトだ。
「俺たちは二人に随分世話になっているし、このオリハルコンも有効に使ってくれるはずだ。いままでの礼として渡そう」
オリハルコン鉱石を見つめながら言う。
「んじゃどうする? いまからあそこまで戻るのか?」
「ディーの地図があるんですから、そう時間はかからないでしょう。最短で行って戻ってこれます」
「信用しすぎだろ」
ディーは呆れながらもどこか嬉しそうだった。
その時、地面にヒビが入り、穴が開く。またフレイムアントが出てきたかと警戒したが、見えたのはツルハシの先端だった。
ぽこっと穴が開き、中からドワーフの行商人カナツチが顔を出す。
「おお、奇遇じゃのう」
「タイミングがドンピシャすぎるだろ!」
「グリフォンの卵を採りに来たのじゃが……なんともう倒してしまっていたか。さすがじゃ……む? レオンハルトの旦那の持っているそれは、もしや――」
カナツチの目が興奮して輝き、穴から這い上がってくる。
「ああ、オリハルコン鉱石だ。日頃の礼に受け取ってほしい」
レオンハルトがオリハルコン鉱石を差し出すと、カナツチはわなわなと震える手でそれを受け取った。
丸い目から、はらはらと涙が零れ落ちる。
「なんという……これは、これは……手持ちではとても足りん!」
「だーかーら、タダでやるって言ってんだよ」
「いや、こんな素晴らしいものをタダで受け取るわけにはいかん!」
商売人としての矜持や理念があるらしい。
レオンハルトは少し困ったように笑って。
「じゃあもし機会があったら、包丁を打ってくれないか」
「包丁、じゃと? ……うむ、わかった。わしと兄者で、最高の包丁を届けよう。一生」
「いや、一丁でいい……」
レオンハルトは困惑しつつ、カナツチにオリハルコン鉱石を渡す。
カナツチは目をキラキラさせながら、手の中のそれをじっと見た。長年憧れていた存在を――宝物を見るような瞳で。
「しかと受け取った。この恩は一生忘れんぞい」
大事に大事に背負った荷物の中に入れて、穴の中に戻ろうとする。その背中にリゼットは声をかけた。
「あ、カナツチさん。よかったらグリフォンの美味しい食べ方を教えていただけますか?」
「ん? グリフォンはマズイからしっかり臭みとアク取りを行なって、素材の味を殺してしまえばよいぞ。あとこの香辛料で煮込んでみるといい。ではな」
ぽいっと投げられた袋を空中で両手で受け取る。
これが何なのかを聞く前に、カナツチは穴の奥に姿を消していた。動きが早い。
リゼットは受け取った袋の紐をほどき、中を見る。そこには様々な種類の香辛料が混ざったものが入っていた。
香りが記憶を呼び起こす。
「この匂い……もしかしたら、カレーができるかもしれません!」
貴族時代でもほとんど食べたことのない料理。だが、印象は深い。確かにこんな香りだった。具は肉と野菜をみじん切りにしたものだった気がする。
「カレー? なんだそりゃ」
「知らない料理だな……」
「うまくいくかはわかりませんが、作ってみます。グリフォンから食べられそうな肉を取ってきていただけますか?」
出来上がるまでに時間がかかりそうなので、岸壁に洞窟を魔法でつくってその中で調理を始める。
まずは残っていたベアネギを小さく切って炒め、その間にグリフォン肉を洗って血や汚れを落とし、少し酒を入れてぐつぐつと茹でる。茹で上がったら小さく切って、ベアネギと合わせてさっと炒める。
グリフォン肉に焼き色がついたら水を入れ、ひたすら煮込んでアクを取る。アクを取る。アクを取る。
料理のコツは丁寧にすることだ。アクは料理の味を落とすため、しっかりと取る。
スープが透き通ってきたら、カナツチからもらった香辛料を投入して煮込む。ややとろみが出てくる。
「すっげーいい匂いがするな……」
グリフォンの財宝を回収し終わって、ディーとレオンハルトが洞窟に戻ってくる。
「はい、そろそろ出来そうですよ」
「下への階段も見つかった。食べ終わったら次へ行こう」
「次はどんな階層なんでしょうね。楽しみです」
味見をして出来上がりを確認してから、付け合わせに大きな卵で目玉焼きを作り、三等分にする。
ドワーフの家で譲ってもらった、ふかふかのパンも出す。
「出来ました! グリフォンカレーです!」
洞窟の中で鍋を囲んで座って、パンにとろとろのカレーをつけて食べる。
肉と野菜と香辛料の深い香りが突き抜けていき、後から辛みがヒリヒリとくる。
「……うまい。肉の臭みも感じないし、この目玉焼きも合う。何の卵だろう」
「グリフォンの卵です」
「……そ、そうなんだ。合うわけだ……」
「すんげー辛いな。口がヒリヒリする……けど、うめえ。こんな料理初めて食った」
「とっても、おいしい。やっぱり暑いときには熱辛いものですね」
カレーで身も心も満たされて、リゼットたちは次の層へ向かった。