126 キラーサボテンジュース
「いつまで寝てんだ、お前ら。メシできてんぞ」
ディーの呆れ声が石の部屋に響く。
リゼットはその声でようやく目を覚ました。穴の中は朝でも暗く、夜と景色が変わらない。
「おはようございます……」
起き上がると、同時に目を覚ましたレオンハルトと顔を見合わせる。
いつも寝起きのいい彼には珍しく寝ぼけ顔だった。よく眠れなかったのだろうか。
「おはよう……」
「早く支度して来いよな」
すぐに身支度を整えて、窯のある部屋に向かう。
テーブルの上にはふかふかのパンと、バターとジャム。大きな卵焼き、黒キャベツのザワークラウトとベーコンのスープが並んでいた。
完璧な朝食に感激しながら椅子に座る。
「いただきます……!」
食事をすると元気が出る。
熱が、活力が、指の先まで巡る。
そして大人数で食べるほど、食事は美味しい。
「ごちそうさまでした。とっても美味しかったです」
朝食を終え、部屋の片づけをし、そろそろ出発という段階になる。リゼットが宿代を払おうとすると。
「ここはまだ宿ではない。おぬしらはわしらの個人的な客人じゃ」
「まあ……ありがとうございます。この御礼はいつか必ずお返ししますね」
リゼットは深々と頭を下げた。親切は素直に受け取る。そして返せる機会に最大限にして返す。
「ここでも宿をするのか?」
レオンハルトが問うと、カナトコが頷く。
「冒険者の訪れるところなら、どこでも需要はあるからのう」
「さすがだな……」
リゼットも開業が楽しみになった。きっと多くの冒険者を救うはずだ。
「オリハルコンを見つけたら、必ずお渡ししますね」
「おお、それは楽しみじゃ。そうだ、これを持っていきなさい」
「パン種じゃ。どこかで小麦粉を入手したら使ってみると良い」
リゼットは感動で震えた。
パン種があれば、小麦粉と塩があればパンが焼ける。あのふわふわのパンが。
「カナトコさん……本当にありがとうございます。それでは出発です!」
◆ ◆ ◆
既に熱くなり始めた荒野を、日除けと砂除けにマントを被って探索する。
「正直、暑さが一番の敵だよな……」
元気のない様子でディーが呟く。
水魔法で水が作れるため、水分補給は細かにできているが、探索で失われるのは水分だけではない。塩分に糖分。活力。それらを補うのは食事だ。
とはいえ、食事の時間にはまだ早い。
乾燥して地割れのある地面を歩いていると、周囲に砂がこんもりと積もった不思議な穴が見えてくる。
するとその穴から、わさわさと巨大な蟻が集団で這い出てきた。
なんでも噛み砕きそうな立派な顎。黒曜石のような身体。どこにでも登れそうな六本足。
【鑑定】フレイムアント。炎を吐く大型の蟻。非常に強固な外骨格を持つ。
リゼットが魔法を使う前に、フレイムアントは統率された動きで炎を吐く。
【聖盾】
レオンハルトの魔力防壁が火弾を防ぎ、無力化する。
【水魔法(神級)】【敵味方識別】【魔力操作】
「フリーズストーム!」
氷雪の嵐がフレイムアントたちを凍てつかせる。
急激な温度変化はフレイムアントの動きを止めるが、体内の発火物質のおかげかしばらく耐えていた。
リゼットは【魔力操作】で更に温度を下げる。発火物質は凍らなくても、周囲の組織を凍らせ、砕くことでフレイムアントを倒す。
「寒っ」
ディーが身体を押さえながらがくがくと震える。味方は巻き込まないようにしても、冷気の名残りが身体を冷やす。しかし強烈な熱波はすぐさまそれを消してしまった。
「……涼しいのは一瞬か……」
「むしろなんか温度差で余計身体に来る」
「そろそろ休憩して、教わったサボテンジュースを作ってみませんか?」
リゼットは乾いた荒野に点在する、棘のある植物に近づいた。
【鑑定】キラーサボテン。表面を棘で覆った乾燥地帯の植物。体内に豊富な水分を蓄える。
「レオン、根元に傷をつけてもらえますか?」
「ああ……この棘、かなり鋭いな。服だけじゃなく革も貫通しそうだ」
棘に気をつけながら、レオンハルトがサボテンの根元を剣で傷つける。すぐにじわりと水分が滲み出る。
サボテン水を鍋に集めて、火魔法の上に置いて熱を通す。生で飲むと死ぬらしい。念のため、ユニコーンの角杖で解毒もする。
沸騰したら水魔法の水で薄め、氷で冷やす。ドワーフ直伝のサボテンジュースの完成だ。
「うめー……」
「うん。さっぱりしていて、身体に染みわたる。溜まっていた熱が冷まされていくようだ」
「ええ、すごくすっきりして、元気になれます」
サボテンジュースを味わっているリゼットたちの上を、ふっと大きな影が通過していく。
影は風を起こしながら、少し遠くの切り立った崖の上にふわりと止まる。
「鷲と獅子……グリフォンだな。階層ボスかもしれない」
【鑑定】グリフォン。鷲の上半身と獅子の下半身を持つ鷲獅子。非常に獰猛。
「獅子ってあんまりうまくねーんだよなぁ」
ディーがぼやく。
鷲の部分は金色で、獅子の部分は白いグリフォンは、崖の上に佇んだまま降りてこない。
「襲ってこないですね。警戒されているんでしょうか?」
「うーん……グリフォンはかなり好戦的な性格のはずなんだけど……」
こちらの存在に気づいているものの、飛び出してこようとはしない。
「なんか誘き寄せる方法ねーのか?」
「グリフォンの好物は人肉と馬だ。特にオスのグリフォンは、オスの馬は食べて、メスの馬には求愛行動をするらしい」
「クレイジーだな……」
「とっても馬が好きなんですね」
リゼットはアイテム鞄の中を確認する。
「ペガサス肉ならまだありますから、使ってみます?」
「うえっ。エサにそんなイイやつ使うなよ」
ディーが不満げに言う。ペガサス肉をかなり気に入っているようだ。
「襲ってこないなら、無理に戦う必要もなくね? 労力の無駄だろ」
「でもグリフォンが階層ボスの可能性もありますし」
もしそうならば、このエリアの探索後にまた戻ってくる必要がある。それに、落ち着いているときに上空から不意打ちをされる可能性もある。明確な危機には早めに対処しておきたい。
「……なあ、あの場所、なんかキラキラしてね?」
グリフォンを観察していたディーが、不思議そうに呟く。グリフォンの身体に隠れるように、崖の部分に木の枝でできた鳥の巣のようなものがあった。
そして、キラキラも輝きを放っている。
「そういえば、グリフォンは巣に黄金や財宝を溜め込む性質があるらしい」
「宝の山じゃねーか! 無視する選択肢はねーぞ!」
「どうやって近づく? 先にグリフォンを始末しておかないと、崖を登っている内に襲われるだろうし――」
「わざわざ登らなくても、向こうから来させりゃいいだろ」
ディーはレオンハルトの顔を指差す。
「キラキラしたもがあるだろ、ここに」
「――確かに、すごく輝いています」
「まさか……」
レオンハルトのマントの下にはとても眩しい金色の髪と鎧がある。
「レオンが囮になってさらわれて、巣でグリフォン倒して財宝を持ち帰る。完璧なプランだな」
いいアイデアだとばかりにうんうん頷く。
「どこが完璧だ。穴だらけじゃないか。人にやらせず、自分が行ったらどうなんだ?」
「オレ、お前らより地味なんだよなー」
「では私が行ってみます。レオンほどキラキラしていませんが、もしかしたら引っかかってくれるかもしれません」
リゼットの白銀の髪は、光に当たるとキラキラ輝く。レオンハルトの金髪よりは地味だが、グリフォンの興味を引けるかもしれない。
「絶対に駄目だ! 危険すぎる!!」
レオンハルトが先程よりも強固に反対する。
「でも……どちらにしろ誘き寄せないと倒せませんし」
ある程度は【魔法座標補正】で命中率が高められるが、グリフォンは的として小さい。動きも速く、これだけ距離があれば魔法も当たりそうにない。
もっと強力で、広範囲に無差別で攻撃できるアルティメットな魔法もあるが、あれはきっと空の下――女神の視線の下でしか使えない。
だからもう少し近づきたい。
「……俺が試してみる」
「おっ。男前」
レオンハルトが渋々とフードを外し、マントを脱ぐ。
金色の髪と鎧が、光を浴びた、その瞬間――
疾風の如く滑空してきたグリフォンが、前足の鉤爪でレオンハルトの鎧をガッシリとつかんで飛んでいく。
「本当にさらわれました!」
「マジかよ」