124 欲望を叶える魔法
「そ、そう言えばこのダンジョンは、元々ドワーフの坑道だったんですよね? どんな場所だったんですか?」
リゼットが気を取り直すようにドワーフ二人に声をかけると、カナトコが顔を上げた。
「ドワーフに伝わる昔話じゃと、この辺り一帯からはオリハルコンが産出していたらしい……」
「――オリハルコンだって? あの伝説の希少金属が?」
レオンハルトが興奮して身を乗り出す。
リゼットも、オリハルコンと聞いて感動していた。まさか物語の中にしかないような希少金属の鉱床が、いまいる場所にあっただなんて。
「それ見つけりゃ大富豪ってわけか?」
カナトコは首を横に振る。
「いや、オリハルコンだけでも充分に価値があるが、それだけだと片手落ちじゃ。オリハルコンは柔らかい金属じゃから、武器には向かん」
「じゃが、『賢者の石』で精製されることで、オリハルコンはこの世で最も硬い金属となる」
カナトコの言葉に、カナツチが付け加える。
――賢者の石。
名前だけはリゼットも聞いたことがある。錬金術師の作り出す、究極の奇跡。
「賢者の石ぃ? なんだそりゃ」
「錬金術師のつくる物質じゃ。鉄や鉛などの金属を金に変え、人体に対しても病気の治療や不老不死の効果をもたらすと言われておる」
「鉄が金に? マジかよ! すげーな! 錬金術師ってそんなことができるのかよ」
「――いや、そこよりも不老不死の方が重要じゃないか?」
冷静に言うレオンハルトに、ディーはチッチッと人差し指を振る。そしてぐっと拳を握って掲げた。
「不老不死には興味ねえ! 人生は短く図太く、楽しんで生きるべきだね!」
どちらの主張ももっともだ。
だがリゼットも不老不死の方が気になった。
賢者の石を求めるような人間は、ほとんどが権力者で、そして権力者の多くが不老不死を求めるだろう。己が永遠に君臨し続けるために。
そして病魔に侵されている者ならば、病気の治療を願うだろう。
――賢者の石はまるで、あらゆる欲望を叶える魔法だ。
その時、タガネ市長のことを思い出した。自信に溢れた姿で、欲望を何でも叶えると言っていた時のことを。
(市長は、賢者の石でも持っているのかしら……)
突拍子もない思い付きだ。
だが、賢者の石を持っていたとしたら、あの自信も納得できる。際限なく黄金を生み出し、病を治し、不老不死すら与えることが本当にできるなら、なんでも叶えられるだろう。
(どちらかといえば、錬金術師であるラニアルさんの方が持っていそうだけれど……)
考えながら、やはり荒唐無稽な話だと思った。もし存在していたとしても、自分の手には届かないものだろう。
「わしは気に入らん」
カナトコがむすっとしながら言う。
「錬金術師の理屈では、鉄は、金が病気にかかっている状態で、賢者の石でその病気を治すことで金となるということらしい。馬鹿馬鹿しい。錬金術師に鉄の何がわかるというのか!」
カナトコは、怒っていた。
「鉄の素晴らしさをわかっとらんやつに、金属も、物の道理も扱えるわけがない」
鍛冶師としての、鉄に対する誇りと敬愛。それを穢すような錬金術師の理屈に怒っていた。
怒り冷めやらぬまま丸太椅子から下り、ツルハシを担いで奥に行ってしまう。
「兄者は頑固じゃからのう」
食後の茶を淹れながら、ため息混じりでカナツチが呟く。
「――っつっても、あんたらの狙いもオリハルコンなんだろ?」
「うむ。オリハルコンはドワーフの憧れ。兄者も打ちたがっておるのは間違いない。万が一オリハルコンが手に入って、硬度を増すために賢者の石が必要となれば、きっと求めるじゃろう。それがドワーフ鍛冶師のサガだからな」
憧れ。夢。プライド。欲望。ままならぬもの。
「賢者の石は、あらゆる欲望を叶える魔法なんですね」
カップの中で揺れる赤褐色の茶を飲み込む。やや苦かった。
◆ ◆ ◆
その夜は、内装途中の部屋をひとつ借りた。木の床が敷かれているだけの簡素な部屋だ。
ドワーフの家はモンスターが入ってこない安全地帯とは言われたが、念のために結界魔法を広い範囲で張る。
「なんでリゼットまでおんなじ部屋にいるんだよ」
ドアのない出入口に、断熱のために洞窟の方から外してきた布をかけながら、ディーがリゼットに言う。
「仲間外れにしないでください」
「いくら安全そうでもダンジョンの中だ。固まって行動した方がいい」
「お前らがいいならいいんだけどさぁ……」
気を遣わせてしまっているのはリゼットもわかっていたが、ひとりになるのは怖い。寂しい。
出入口の下の方の地面をわずかに穴を開け、弱い灯火魔法を入れて明かりを確保する。間違っても布には燃え移らないように気をつけて。
床の上に三つ寝袋を並べると、すぐに全員横になり、眠りにつく。
洞窟の中は静かだった。静けさの中に、炎が揺れる気配と、水が滴る気配を感じる。
ダンジョンと一体化しているかのような感覚だった。