123 ドワーフの家にようこそ!
洞窟の壁を壊して現れたドワーフのカナトコは、穴の向こう側から興味深そうに洞窟の中を見回す。
「なるほど。洞窟をつくったのか」
天然物ではなく人工物だとすぐに看破する。
「そっちこそ、穴掘って道つくってるのかよ」
「うむ」
カナトコは握っていたツルハシを肩に担ぐ。腰には光を放つランタンをつけていた。
レオンハルトが穴に近づき、興味深そうに奥を覗く。
「確かにこれだと俺たちは通りにくいな」
「だから言ったじゃろう。ドワーフの拓く道はドワーフしか通れんと。まあこれは道ではないが」
「まあ、では何をされていたのですか?」
「家をつくっていた」
「家を? このダンジョンでですか? ――さすがです!」
リゼットは感動し、興奮して穴に近づく。
――ダンジョンに居住空間をつくるなんて。さすがドワーフだ。
「ちょうどいい。お主らもこっちに来なさい。食べるものと休む場所くらいならある」
「いえ、ちょうどいまペガサスの串焼きが食べごろなので。カナトコさんもどうですか?」
「ほうほう。やけに良い匂いがすると思ったら、ペガサスの肉か」
ひょいっと穴を飛び越えて火に近づき、いい具合に焼き上がった串焼きを手に取り、そのままかぶりつく。肉汁の滴る肉と、ベアネギと一緒に。
「うむ、うまい」
「そう言っていただけると嬉しいです」
二本目、三本目。その勢いは止まらない。
「おい、オレたちの分まで食い尽くすなよな」
「私たちも食べましょう」
全員で火を囲んで、串焼きを食べる。
ペガサス肉とベアネギの旨味が絡み合い、深い味わいを生み出していた。
「俺は……国にいるときは、馬の肉は食べなかったんだけど――」
レオンハルトが半分食べた串焼きを眺めながら、真剣な表情で言う。
「このペガサスも、昔食べさせてもらったユニコーンも、本当にうまい」
噛み締めるように言う。
「馬系のモンスターに対する見方が変わりそうだ……」
本当に気に入ったらしい。
リゼットはすごく嬉しくなった。モンスター料理の良さをそこまでわかってもらえるなんて。
「他にはどんなモンスターがいるんですか?」
「そうだな……ユニコーンに似たバイコーンや、ヒポグリフ……」
まだ見ぬモンスターたちにリゼットの胸もときめく。
「会えるのが楽しみですね」
「向こうは災難だろーがな……」
ディーが乾いた声で呻く。
「ヒポグリフならこの階層におったぞ」
「本当ですか?」
「いやあれはグリフォンじゃったか?」
カナトコは首を傾げる。どうやらよく似たモンスターのようだ。
「それってどんなモンスターなんだ?」
「グリフォンは上半身が鷲で、下半身がライオン。ヒポグリフは上半身が鷲で、下半身が馬だ。ヒポグリフはグリフォンと雌馬の子どもだと言われている」
会話が盛り上がっているうちに、串焼きがなくなったので、カナトコの言う家にシチューごと移動する。
リゼットがシチューを運ぼうとすると、レオンハルトが代わりに持ってくれた。
カナトコの案内に従って、穴を超えて、奥へ。
そこには通路と、いくつもの穴――部屋となる部分らしい――があった。穴を掘っただけではなく、木の床が敷かれている場所もある。
更に奥に進んでいくと、広い部屋に出た。火の気配がして暖かい。
「どうした兄者。――おおこれは、旦那たち」
「こんばんは。お邪魔しています」
部屋にいたカナツチにそれぞれ挨拶する。
何度も顔を合わせるうちに、何となく二人の区別がつくようになって、リゼットは嬉しくなった。
「それはなんじゃ?」
「ペガサス肉のシチューだ」
レオンハルトが鍋を、大きなテーブルの上に置く。
「ほー! それはいい」
カナトコが部屋にある窯の中から焼きたてのパンを出してくる。
他にも、飴色にローストされた何かの鳥肉に、黒キャベツのザワークラウト。
食事が一気に豪華になる。
テーブルの上にそれらが並び、丸太で即席の椅子を用意して、全員でテーブルを囲んで食事に興じる。とても賑やかな時間になった。
「ほお、このシチューうまいのう。ヒューマンもなかなかやりおる」
「気に入っていただけてよかったです」
すべて食べ終わったところで、透明なグラスに入ったジュースがそれぞれの前に置かれる。
「ここらに生えているサボテンから採ったジュースじゃ」
キラキラと光を反射するグラスに入ったそれは、透き通っていて、わずかなとろみがあり、飲むとほのかに甘い。爽やかな後味に、リゼットはすっかり夢中になった。
「とっても美味しいです」
口の中がすっきりし、元気も出てくる。今度自分でも採ってみようと心に誓う。
「そうそう。気になっていたんですが、床の木材はどこから運んできたんですか?」
この階層では木材となるような成長した木は見かけない。
「もちろん、上の階層からじゃ」
「どういうルート持ってるんだよ……わざわざ運んでこなくても、上に作ったほうが楽じゃね?」
「あそこはエルフのにおいが強すぎる。下は家を建てるのには不向きじゃしのう」
「もう下まで行って戻ってきてんのかよ。どんな動きしてんだよ」
ドワーフ兄弟はツルハシを振る真似をする。
「もしかして、階層を掘って移動しているのか?」
レオンハルトが驚きの声を上げ、ドワーフ兄弟が悠々と頷く。
「なるほど……それなら階層ボスと戦わなくてもいい……だがダンジョンでそんな移動方法が有効だなんて……」
「素晴らしいです。でも、私たちには無理なんでしょうね」
階層を掘り進め続けていく体力と方向感覚。道具。何もかも足りない。
「でもその方法、空がある階層に当たれば、空から落ちてしまうのではないですか?」
このダンジョンは、いまのところ空のある階層ばかりだ。階層の重なり方は単なる積み重ねではなく、別々の世界を階段で繋いでいるのだろうが、その理屈はまったくわからない。
「そこはそれ。掘り方次第じゃ」
そのコツはリゼットには一生わからないのだろう。
「私たちは階段を下りていきましょう」
「そうだな。それが一番確実だ」
「さんせー」
危険は冒さない。いままでどおり、着実に。
「そう言えば、その剣でドラゴンは倒せたのか?」
カナトコの指がレオンハルトの剣を差す。レオンハルトは表情を輝かせて剣の柄に手を当てる。
「ああ。この剣は本当にすごい。ドラゴンも、ミスリルゴーレムも斬れた」
「なんじゃそれ。怖」
「レオンハルトの旦那もたいがい超人じゃのう。ドラゴンはともかく、ミスリルを斬るとは……」
ドワーフたちが引いている。
「剣は技と心ありき。それらがあれば斬れぬものはないとはいえ……しかし、わしの打った剣がドラゴンスレイヤーとなったのは感慨深い。ちょっと見せてみなさい」
「あ、ああ……」
やや戸惑いながらも腰の剣を外し、カナトコに渡す。カナトコは丁寧に剣を鞘から抜いた。黒い刀身がランタンの灯の下で静かに輝く。
「うむ。刃こぼれもない。手入れも行き届いておる。よい使い手じゃ。鍛冶師冥利に尽きるのう……」
剣を見ながら嬉しそうに顔を緩める。
隣のカナツチは目を輝かせてレオンハルトを見上げた。
「それでレオンハルトの旦那、そのミスリルは?」
「ミスリルは……」
レオンハルトの視線がディーに向けられる。
「とっくに売っちまったよ。ミスリルゴーレムっても中は鉄で、ミスリルはあんまりなかったし、荷物になるだけだしな」
「なんと……!」
ドワーフたちは雷で撃たれたかのようにショックを受ける。
「なんともったいない……わしらなら更なる付加価値を付けて高く売ったというのに」
「わしに任せてくれたなら、最高の防具を作ったというのに……」
行商人として、鍛冶師として、かなり悲しかったらしい。悲嘆に暮れる二人の身体が縮こまって小さく見えた。
「え。これってオレらが悪いの?」