122 欲しいもの
「なんと素晴らしい力だ……」
タガネ市長は感動に声を震わせ、リゼットを見ていた。
「こんな地の奥でも、女神を感じられるとは……君の名は?」
「リゼットです」
タガネ市長の顔に驚きと喜びが広がる。
「ああ、そうか。君が各地を救っているという真の聖女か」
「人違いではないでしょうか?」
リゼットは首を傾げた。
まるで心当たりがない。リゼットは自由に生き、思うままに冒険しているだけだ。大地の結界を修復することはあるが、聖女と呼ばれるような救済活動を行なったことはない。
「――モンスターを食す提案をしてくれた若者たちは、モンスターが食べられるということを別の冒険者たちに教えられたと言っていた。その冒険者たちの特徴に、諸君はよく似ている。もしそうなら、相応の礼をさせてもらいたいのだが」
「人違いだろ」
素知らぬ顔でディーが言う。
「ははっ、欲のない者たちだ」
豪快に笑い飛ばす。
「だがそう言うのなら、そうなのだろう。さて、私たちはそろそろ地上に戻るが、諸君はどうする」
「私たちは行けるところまで行ってみます」
「……こんな何もわからぬダンジョンの中だというのに、諸君には気負いというものがまったくない。存分に冒険を楽しんでいるようだ」
どこか羨ましそうに笑い、帰還ゲートを開く。地上へと繋がる転送アイテムを。
「ダンジョンをクリアするのは、きっと、君たちのような冒険者なのだろう。私は地上で良い報告を待つとしよう。――叶えるべき欲望を考えておきたまえ」
「それってどのあたりまで叶えてもらえるんだ? 言った後でそれはちょっと無理とか言われても困るぜ」
ディーの問いに、タガネ市長は不敵に笑った。
「なんでも、だ」
自信たっぷりに言い切って、帰還ゲートを使って帰っていく。仲間と共に。
「うさんくせえ」
帰還ゲートの青い光の余韻が消えてから、ディーがバッサリと言い切る。
「辛辣だな」
「理念や行動はご立派だが、あんな街を作ったやつだぞ。絶対なんか企んでるだろ」
黄金都市、あるいは享楽都市。
人々の欲望とゴールドを集めて輝く都市。
そんな街をつくり、統率しているのだ。一筋縄ではいかない人物には間違いない。
「気をつけろよリゼット。心酔してたら頭からガブリって食われるぞ」
「食べられるのは困りますね」
物理的に食べられるのも、利用されるのも。
ディーは続ける。
「モンスターを食うってアイデアも、オレらのものってされたら何かあったときに責任取らされるに決まってるんだ」
「それは充分あり得る」
レオンハルトも賛同する。
「だろ? 食い物にされるのはゴメンだぜ」
大きく肩を竦める。
「それはそれとして、何でも欲望を叶えてくれるって本当でしょうか?」
リゼットが言うと、二人は意外そうな顔をする。
「世界が欲しいとか言ったらどうなるのでしょう」
「おい……こんなところに魔王がいるぞ」
「物の喩えです」
「発想が普通じゃねえーよ」
「でも、ディーも気にしていたとおり、それなりの自信があるんでしょうし」
レオンハルトが考え込む。
「確かに、あそこまで自信たっぷりに言うからには、叶える算段があるんだろうが……」
「ディーは何を願います?」
「ゴールド」
単純明快だった。
レオンハルトが呆れ顔になる。
「まだ必要なのか……手持ちのゴールド、かなりの金額になっているんじゃないか?」
「知らねーのか? ゴールドってのはいくらあっても困らねーんだぜ?」
「レオンはどうですか?」
リゼットが軽い気持ちで問いかけると、レオンハルトは虚を突かれたように息を詰まらせた。
エメラルドグリーンの瞳がリゼットの顔を見る。だがすぐに逸らされる。
「どうしました?」
「……願いを叶えるというのは、きっと、その道中の方が大事なんだ」
静かに紡がれた声に、リゼットは耳を澄ませて聞き入った。
吹き始めた風が、レオンハルトの金髪を揺らす。
「叶えるための努力をしたり、挫折をしたり、そういう経験で鍛えられていくんだと思う」
そう語る表情は真剣そのもので。本心からの言葉だと伝わってくる。
「だから、叶えてもらいたいようなことはない」
「真面目なやつだな。適当に貰えるもん貰っときゃいーんだよ」
「割り切ってるな……」
「レオンの考え方、素敵だと思いますよ。ディーの考え方ももっともです」
欲しいものも考え方も違う自分たちが、一緒に冒険をしていることが嬉しくなってくる。
「そういうお前は何が欲しいんだ?」
「私は、ドワーフ謹製の包丁が欲しいです!」
ドワーフの鍛冶仕事は王侯貴族も求めるほどに素晴らしいものだ。ドワーフの包丁があれば、どんな素材もきっと一刀両断だ。タガネ市長はドワーフだから、鍛冶師との伝手もあるだろう。もちろんレオンハルトの剣でも世話になった鍛冶師カナトコに依頼出来たら一番だが。
そして贅沢を言うのなら、どんな頑強な骨もやすやすと断ち、繊細な薄造りもできるような、夢のような、魔法のような包丁が欲しい。
「ドワーフの包丁か。リゼットらしいな……」
「ま、その辺りが無難かもな」
話しているうちに、風が強まってくる。
空を見上げると、端の方の色が変わり始めていた。日差しもわずかに弱まっているように感じる。
「もしかして、この階層は夜が来るのでしょうか」
レオンハルトも真剣な顔で空を見ていた。
「まずいな。夜が過ごせる場所を探そう」
「先ほどの場所に戻ります?」
「そうだな。闇雲に進むよりは――」
「決まったなら早く行こーぜ」
日差しが弱まってくると、急激に温度が下がってくる。灼熱の大地は一気に冷えた。
「寒い……」
リゼットはマントの首元をぎゅっと絞った。
風はますます強くなって、それが寒さに拍車をかけてくる。
そうしてなんとか岩壁に戻った。
「もっと風除けできる場所で過ごそうぜ。洞窟とか」
「そんな都合よくあるかどうか……穴を掘るか、ここでやり過ごす方がいい」
「洞窟がなければ作ればいいんです!」
リゼットは元気よく手を挙げ、岩壁に土魔法で穴を開けた。ちょうどいい洞窟ができた。入口はやや狭く、中の穴は広く取る。
出来たばかりの洞窟の中に入り、中心に魔法の火をつけて、熱と明かりを確保する。
出入口部分の穴には布をかけて、熱が逃げないように、光が外に漏れないようにする。
「魔法ってホント便利だな」
ディーが布を固定しながら呟く。
レオンハルトは料理の準備をしながら。
「魔法は使う人間によって、威力も姿も大きく変わる。俺たちは、リゼットの気遣いと優しさに助けられているんだ」
「わ、私は便利さを追求しているだけですので。でも、お役に立てているのならよかったです」
寒いときにも温かいもの。ミルクの実も手に入ったので、ペガサス肉のミルクシチューをつくることにする。
玉ネギがないのでベアネギを細く切って、ペガサスの脂でよく炒める。残っていた野菜もいろいろ入れて、ペガサス肉も一口大に切って下味をつけてからよく炒める。
表面に火が通ったら、小麦粉を振りかけて、ミルクを入れる。あとは灰汁を取り、煮込んでいく。
ふたりからもっと肉が食べたいとの意見があったので、ペガサス肉の串焼きを追加でつくる。食欲があるのはいいことだ。
肉とベアネギの根元部分を交互に串に刺して、火の周囲でじっくりと焼いていく。
「あのサンドワーム、水に流してしまったのは残念でしたね」
「絶対食いたくねーぞ。あんなクソでかいミミズみたいなもん」
「俺も、あれは遠慮したい……」
突然洞窟がズシン、と揺れる。
奥の壁にヒビが入り、しかも何度も何度も向こう側から突き崩される。あっという間に壁が崩れ、黒い牙が穴の向こうから現れる。
いつでも外に飛び出せるように警戒しながら、レオンハルトの盾の後ろに隠れる。
壁がガラガラと崩れ、穴が大きく広がる。
その奥には、ツルハシを担いだドワーフがいた。
「カナトコさん……?」
直感に賭けて名前を呼んでみる。
「ううむ。意外と早い再会じゃったのう」