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121 ランドールの市長





 地面が割れるような、あるいは天が裂けるような、雷鳴に似た轟音がダンジョンを、岩陰を、揺らす。

 音のした方角を見ると、乾いた砂が舞う中、天に向かって白い柱がうねうねと伸びていた。


「サンドワームだ」


 レオンハルトが険しい表情で言う。


「あれだけ暴れているということは、近くに獲物か、戦っている冒険者がいるんだろう」

「行ってみましょう」


 リゼットは手早く片付けて立ち上がった。


「サンドワームは割と固まって行動する。近くに仲間がいるかもしれないから、周囲への警戒は忘れないようにしてくれ」

「りょーかい」


 マントを羽織り、戦闘の準備を整えて、サンドワームのいる方角に向かい、荒野を駆ける。

 近づくまでの間、何度も轟音が響く。サンドワームが身体を地面に叩きつけている音だ。


「派手にやってんなオイ」


 近くで見えた光景は、想像よりも凄惨だった。

 乾燥した地面には、激しい戦闘を思わせる痕跡が刻まれている。ひび割れ、隆起し、陥没し、上書きされ続けている。


 そして中央には大きな穴が開いていて、そこから巨大な白ミミズのようなモンスターが、天に向かって伸びている。その先端では大きな口が丸く開いていた。



【鑑定】サンドワーム。砂地に棲む竜種。視力は衰えているが嗅覚や聴覚が鋭く、外殻は強固。



 サンドワームと戦っているのはドワーフの騎士、一人だけだった。

 単身で戦う騎士の周囲には、負傷して倒れているドワーフが三人いた。装備から見るに戦士二人と回復術士だ。


「フリーズランス!」


 リゼットの氷の槍がサンドワームに命中する。だが、厚い皮によって弾かれる。魔法耐性もあるようだ。


 サンドワームの関心がこちらに向く。

 丸々と太った身体を鞭のようにしならせて、歯がびっしりと生えた大きな口で、リゼットを丸呑みにしようとしてくる。


【聖盾】


 レオンハルトの魔力防壁の盾に弾かれて、サンドワームが体勢を崩す。


「口の中が弱点だ!」

「はい!」


 集中し、狙いを一点に澄ませる。息を吸い、止める。


【火魔法(神級)】【魔法座標補正】


「ブレイズランス!」


 神炎の槍がサンドワームの口の中に突き刺さり、貫通する。

 頭が吹き飛び、そのまま後ろに倒れる。サンドワームを受け止めた地面はその重さに耐えきれず、崩れ、巨体は土の中に埋もれていった。


 地響きが消え、静寂が訪れる。


「……どうやら、この一匹で終わりのようだ。リゼット、フードを被っておいた方がいい」

「あ、はい」


 レオンハルトに言われ、リゼットは一房燃えている髪をマントのフードの中に押し込む。内から溢れる神の炎は、服を燃やすことはない。


 そして、ドワーフのパーティの方へ向かう。


「すまない……救援、感謝する」


 唯一軽傷のドワーフの女性騎士は、胸の前で拳と手のひらを合わせて深い礼をする。


「――あなたはもしかして、ランドール市長か」


 レオンハルトの言葉に、ドワーフの女性は頷く。


「ああ、そのとおり。ランドールの市長、タガネだ」


 サーコートと騎士の鎧をまとい、負傷していても、その毅然とした風格は間違いなく、絵画の中で演説していた女性と同じものだった。


「なんでお偉いさんがこんなところに」


 ディーが信じられなさそうに呻く。


「調査だ。私の街が窮地に陥っているというのに、ただ座して待つわけにはいかん」

「だからって自分がダンジョンに潜るのかよ」

「確かに、見通しが甘かった。引き際を見誤って、部下を危険な目に遭わせてしまった」


 タガネ市長は沈痛な面持ちで、俯く。


「最初は六人いたが、二人は既に死んで、地上に転送された。我々も引き返そうかとしたところに、サンドワームに遭遇してしまった。諸君がいなければ全滅だっただろう」

「治療は?」


 レオンハルトに問われ、タガネ市長は首を横に振る。


「もうアイテムがない。ここに来るまでにすべて使ってしまった」

「わかった」


 レオンハルトは静かに言うと、瀕死の三人の内、ドワーフの回復術士に近づき、回復魔法をかける。


「なんと。回復魔法まで使えるのか」


 瀕死の状態から回復し、回復術士が目を覚ます。起き上がった彼はレオンハルトに深く感謝し、他の二人の仲間の治療に当たった。


「本当に助かった。ぜひ礼をさせてもらいたい」


 レオンハルトの視線がリゼットに向く。リゼットはほんの少しだけ首を横に振った。


「ダンジョンの中ではお互い様だ」


 瀕死の二人の治療を終えた回復術士が、タガネ市長を治療する。

 リゼットはその治療が終わるのを待ってから、市長に話しかけた。


「教えてください。地上はいまどのような状況なのですか?」

「地上はいまのところ大きな問題はない。特に治安の維持には尽力している。諸君も安心してダンジョンの探索に挑んでほしい」


 それを聞いて少し安心する。


「ところでその大量のモンスター素材は何なんだ」


 ディーが怪訝な顔でドワーフパーティの荷物を見る。

 鞄から溢れ出しているのは、モンスター素材だ。しかも角や爪などではなく、肉だ。


「無論、食すためのものだ」


 ディーが激しく咳き込む。


「……は? マジで?」

「我々だけが食べるのではない。残念ながら、地上の食料はしばらくは備蓄があるが危機的状況だ。こうしてダンジョンのモンスターを食べることで何とか崩壊を食い止めることができている」


 タガネ市長は胸を張って堂々と語る。


「調査とは、このダンジョンの調査だけではなく、食べることのできるモンスターの調査なのだ」

「まあ……」


 リゼットは感動に震えた。

 モンスター料理は間違いなく世界に浸透している。

 やはりモンスター料理。モンスター料理が世界を救う。


「モンスターを食すというアイデアは、とある冒険者の若者が教えてくれたものだ。まったく、冒険者というものは、時にとんでもない起死回生の策を考えてくれるものだ」


 タガネ市長は感心したように小さく笑い、荷物のモンスター肉を見る。


「いまはわずかな食料も貴重。誰ひとりとして死なせるわけにはいかん。それが私の責任だ」


 決意のこもった声と表情からは、責任感の強さが滲み出ていた。


「かっこいいです……」


 リゼットは感銘のあまり、声が漏れる。

 全身全霊をかけ、あらゆる手段を使って市民を守ろうとする姿は、理想の領主の姿に見えた。

 クラウディス侯爵家に生まれた娘として、善き領主になろうと努力していた幼い日々を思い出してしまうほどに。


 その時、足元――その遥か底から震動が伝わってくる。


 倒れたサンドワームが生えている穴から、それを押し出すようにして二匹目のサンドワームが現れる。

 歓喜するように、天に大きな口を向けて。


【水魔法(神級)】【敵味方識別】


「リヴァイアサン!」


 リゼットの魔法によって、竜のような大津波が生み出される。

 サンドワームは二匹とも、波に押し流され、渦に飲み込まれ、穴の中へと消えていく。

 生み出された水も、瞬く間に大地に浸透して消えた。


 リゼットは、水女神の涙が溢れる左目を押さえ、フードを深く被りなおした。





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― 新着の感想 ―
[一言] ∑( ̄□ ̄;)魔法名がモンスターの固有名詞(笑)
[一言] 市長さんに「その冒険者にモンスター料理を振る舞ったのは私です」とリゼットさんは告白するのかな。
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