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120 第三層は灼熱の荒野




 大地の底にまで続いているのではないか。そう思えるほど長い階段を下りていく。ようやく辿り着いた先に広がっていたのは、赤い荒野だった。


 雲一つない空からは強い日差しが降り注ぎ、じりじりと肌を、髪を、服を身体を焼く。


 ――暑い。そして熱い。


 空には太陽がないのに、どうしてこんなに暑いのか。どうしてこんなに光が強いのか。


 地面はカラカラで、植物もほとんど生えていない。ぽつぽつと存在するのは見たこともないような奇妙な植物ばかりだ。葉や茎が異常に膨らんでいたり、鋭いトゲがびっしりと生えていたり。


「レオンの鎧が眩しすぎる。なんとかしろ」

「マントを着るよ……二人も着ておいた方がいい。金具が異様に熱くなる」


 防寒のために備えておいたマントを、日よけのために着る。突き刺さるような日差しが緩和された。


「マントがまさかこんな風に役に立つなんて。それにしても、こうも暑いとソルベが食べたくなりますね……」

「なんか贅沢なこと言ってるやつがいるぞ」

「いやむしろ暑いときこそ熱いものを食べた方がいいんじゃないか」

「こっちも限界っぽいぞ……」


 気温にやられかけているのか、レオンハルトの顔が赤い。


「レオン、大丈夫ですか?」

「寒さはともかく、暑さは、きつい……」

「少し休憩しましょうか」


 岩陰に向かおうとすると、青いスライムが行く手を阻むように飛び出してくる。


「お、あのブルースライムなんか冷たそうでうまいんじゃね?」

「スライムは粘菌の塊なので食べられたものではありませんよ」


 スライムをフリーズアローで倒し、リゼットははっと息を飲んだ。


「――私が愚かでした。試す前から無理だと決めつけるなんて。スライムだって、食べられる可能性はゼロじゃない!」

「オレが悪かったからやめろ!!」

「リゼット……さすがにそれはやめておいた方がいい」


 二人から止められ、おとなしく岩陰に向かう。

 日陰は、かなり涼しかった。魔法で出した水を飲んで身体の熱を冷ましながら、休憩する。


「でも、スライムってどうしていろんな色があるのでしょうね。グリーンに、レッドに、ブルー……」

「スライムの色の違いは土壌の成分の違いだ」


 冷えた水を飲みながらレオンハルトが言う。


「土壌の成分ですか?」


 まさかの情報に目を見張る。


「確か、アルカリ性と酸性と中性で変化したはずだ。アルカリ性がレッド、酸性がブルー、中性がグリーンだったかな」


 思っていたよりも繊細な話だった。まさかスライムの色にそんな秘密があっただなんて。


「心底どーでもいい情報あんがとよ」

「いやこれはかなり大きい発見なんだ! スライムで土壌成分がわかることで、作物の栽培効率が飛躍的に向上した例がある!」

「なるほど……ギルドの依頼に出ているスライム玉は、土を調べるために使われているんですね」


 採取依頼にはよくわからないものがたくさん出ているが、やはりどんなものでも需要があるらしい。


「そう! そのとおりなんだ!」

「へいへい。畑やるようになったら聞いてやるよ」

「する気ないだろ、都会育ち。ディーの好きなエールの麦だって、アルカリ性土壌で育つんだ。土壌改良のためには石灰を――」


 レオンハルトとディーが話す後ろで、リゼットは瓶に残っていたリンゴ風ジャムとハチミツとハーブと水を加えて、水魔法で軽く凍らせる。


 冷たくなったら瓶を振って、また軽く凍らせる。

 それを数度繰り返し、振っても動かなくなったら蓋を開ける。


 ――ソルベの完成だ。


 スプーンを差し込む。


 シャクシャクとした感触と、手から伝わってくる冷気。スプーンで一口分すくい、そっとついばむ。冷たい氷が唇に触れる。

 舌に乗せると甘い氷が溶けて、ハーブの爽やかさが鼻から抜けて、身体の熱がすーっと引いていく。


(おいしい)


 ほろりと涙が零れた。

 食べる手が止まらない。


「農業の話はもういい! ――って、一人でいいもん食ってるやつがいるぞ!」

「おふたりもどうぞ」


 三分の一ほど食べたソルベをスプーンと一緒にディーに渡す。


「ほら、先食え。少しは頭を冷やせ」


 ディーはそのままレオンハルトに渡す。レオンハルトはそれを受け取ると、赤い顔でじっと見つめて固まってしまう。何か気になることがあるのか――溶けてしまいそうで、リゼットは気が気でない。


「早く食え」


 促されて、意を決したように食べる。


「うまい……」

「よかった」


 レオンハルトはそのまま半分程食べて、ディーに渡した。ディーはそれを水を飲むように、一気に口の中に流し込む。


「あー、こりゃいいな。もっとねーのか?」

「氷は作れますが、もう材料がないので同じものは無理ですね」


 言っていて悲しくなる。モンスター料理はほとんど一期一会。同じものは作れない。だが泣いても始まらない。別れは新しい出会いの始まりだ。


 その時、岩の亀裂の奥からガサゴソという何かが蠢く音が聞こえてくる。

 現れたのは、平べったく、黒く大きなサソリだった。人間の子どもぐらいのサイズがある。



【鑑定】キラースコーピオン。両手の鋏で獲物を捕らえ、尾の毒を刺して仕留める。



 ――新しい出会いに乾杯。


「フリーズランス!」





 倒したキラースコーピオンは、まず浄化魔法をかけてきれいにしてから、毒のある尻尾を落とした。鋭い鋏は切り落としたのち、半分に割る。


 身体は足を取って、胴体部分は食べやすい大きさにブツ切りにしていく。経験上、このタイプのモンスターは火を通すと身が縮こまって殻から取れやすくなるので、殻は取らなくていい。


 切り分けたキラースコーピオンを、上の階層で摘んできたベアネギと一緒に煮込んで鍋にしていく。


「なんでこのクソ暑いのに鍋なんだ?」

「暑いときにこそ熱いもの。レオンの言ったことはもっともだなと思いまして。熱さで暑さを倒しましょう!」

「この禍々しいほどの赤さはなんだよ」

「カナツチさんからいただいたレッドペッパーです。いい匂いですよね」


 鮮やかに赤い鍋の中で、キラースコーピオンがぐつぐつと煮えて、赤く色づいている。


「そろそろ良さそうですね。食べましょう」


 スープ用の皿に取り分けて食べる。

 よく煮立っているので息を吹いて冷ましながら。


 口の中に入れるとじわりと熱い。そしてピリッとする。


「辛いっ……でも、おいしい」

「うん。香辛料の旨味が濃くて、うまい」

「うめえなこれ。これで冷えたエールがありゃなあ」


 熱くてピリピリと辛いのに、食べる手が止まらない。汗が噴き出し、全身が熱くなっていく。


「サソリって意外と味がしないんだな。もう少しエビっぽさがあると思ってた」


 レオンハルトがキラースコーピオンの肉を見つめながら言う。


「淡白な分、レッドペッパーとベアネギの味が良く染み込んでいますね」


 ダンジョンの恵みに感謝しながら完食する。


「はーっ、食った食った」

「汗をかいたからか、なんだかすっきりしてきました」

「うん。心なしか、暑さもマシになってきた気がする」


 元気も回復した上に、暑さへの耐性もできたようだ。浄化魔法で身体をきれいにして、再び出発した。





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