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113 第二層~大森林のドライアド





 暗闇の中を灯火で照らして、長い長い階段を下りる。


 第二層は深い森だった。


「ここからが、本当のダンジョン……」


 空を覆いつくさんばかりに巨木が立ち並び、樹に遮られて光はほとんど地面にまでは届いていない。そのため地表にはほとんど草が生えておらず、歩きやすい。


 時折樹が倒れて光が差している場所には新しい樹や花が育っている。そして、ひっそりと存在する石の柱には、風と雨に長い時間をかけて削られたような痕跡があった。


「何かの遺跡のようですね」

「ああ……」


 人工的に石の組まれた建物のようなものも、大木に飲み込まれている。その雰囲気はどこか物悲しい。

 そして点在する石の柱には文字が刻まれていた。風化してほとんど消えていたが。それらを見ながら、レオンハルトが言う。


「文字の雰囲気を見るに、エルフの遺跡みたいだな。ラニアルはエルフだから当然と言えば当然か……」

「――あそこ、見てください!」


 リゼットは声を張って木の根に巻き込まれつつある石室の奥を指差す。


「宝箱です!!」

「お、おお~……マジか」


 それは紛れもなく宝箱だった。慎重に近づいていく。


「……ミミックの雰囲気はねーな」

「ミミックだとしても大変なお宝です。ミミックを食べるのも久しぶりですね。楽しみです」

「ミミックを期待している……」


 レオンハルトが乾いた声で呟く。

 ディーは慎重に宝箱に近づき、周囲や外観を調査する。そして、にやりと笑う。


「残念。ミミックじゃねーよこれ」

「本物の宝箱か!」

「まあ! 何が入っているんでしょう」

「まーまー、落ち着け落ち着け」


 ディーはほんのわずかにだけ蓋を開けて、どんな仕掛けが待っているかを確認する。


「おいおい……罠もかかってないなんて、どんな接待だ」


 口元を引きつらせ、最大限に警戒しながら、鍵にピッキングツールを差し込んで、開ける。


 期待で胸が高鳴り、警戒心で息が潜まる。

 宝箱の中には――何もなかった。

 まさかの空っぽ。


「ん? 二重底か? 無駄に凝ってるな」


 ディーが宝箱の底板を上げる。

 その下にあったのは、防水紙に包まれた一冊の本だった。かなりの年代物で、少し乱暴に扱えば、すぐに頑丈な表紙が取れてページがバラバラになってしまいそうだった。


 ディーからそれを受け取ったレオンハルトが慎重に表紙を開き、ページをめくる。


「古エルフ語だな」

「読めるのか?」

「いや……さすがに古エルフ語は読めない」


 リゼットに本が渡される。歴史が刻まれたずっしりと重い本が。


「ま、マニアにそれなりにいい値段で売れるだろ」

「本一冊なら荷物にもなりませんし、私が持っておきます」


 リゼットは本を抱きしめる。エルフの遺跡の宝箱に入っていた、古エルフ語の本。


「ロマンの香りがします……」

「どんな匂いだ。……にしてもマジモンの宝箱が存在するとはなぁ。誰がどんなつもりで置いていったかを考えると、ロマンもわからんでもない」

「ですよね」


 ディーの賛同を嬉しく思いながら、リゼットはアイテム鞄に本を入れる。

 その時、頭上から風の音のような――あるいは鳥の歌のような笑い声が聞こえてきた。


「ねえねえ、そこの冒険者さんたち」


 声に導かれて顔を上げると、太い枝に座る緑髪の美女の姿が見えた。すらりとした白い身体が、森の中によく映えていた。

 普通の人間ではないのはすぐにわかった。彼女は身を隠すものをほとんど纏っていなかった。わずかなツタを絡ませているだけだ。それでいて恥ずかしがる様子もない。森の風を、光を、心地よさそうに浴びている。


「ねえ、あなたたちにお願いがあるの。聞いてくれる?」


 裸足の足を緩やかに振りながら、美女は微笑む。



【鑑定】ドライアド。樹の精霊。大変美しく、歳を取らない。ミツバチを使役する。



「あ、あまり見てはダメです」

「は? モンスターだろ? 見なきゃ警戒できねーだろ」

「モンスターですが、モンスターとはいえ……」


 あまりに扇情的な姿にリゼットの方が恥ずかしくなる。どうして二人は平気なのだろう。モンスターだからか。これくらいで恥ずかしがっていては戦えないのかもしれない。


「いまのところ敵意はなさそうだ」


 レオンハルトが冷静に、声を潜めて言う。


「ドライアドの願いに応じると相応の謝礼をくれるらしいが……」

「……聞くだけ聞いてみましょうか?」

「そうだな。あまり無碍にしても怒らせてしまいそうだ」


 ドライアドはそこまで強そうなモンスターには見えないが、レオンハルトは強く警戒している。


「いや、倒せばよくね?」

「ドライアドは怒ると、配下のミツバチに攻撃させてくる。下手をすれば目を刺されて失明する」

「げっ」


 痛い目に遭うのは避けたい。リゼットはやや視線を逸らしつつ、ドライアドを見つめた。


「お願いとはなんでしょうか?」

「あのね。わたし、寂しいの。わたしの恋人になって」

「恋人……ですか?」


 意外な頼みに理解が追いつかない。人間好きな、友好的なモンスターなのだろうか。

 ドライアドは微笑みながらこちらの顔を順番に見ていく。


「そう。あなたでも、あなたでも、あなたでもいいわ」

「誰でもいいのかよ!?」

「うん。もちろん全員でもいいわ。多い方が楽しいもの」

「器がでけえ……」


 無邪気で明るい笑顔は少女のようで、その姿は美しい女性のものだ。願いに応じてしまう人間もいるかもしれないと思えるくらい魅力的だった。


「恋人って何をするんですか?」


 リゼットが聞くと、ドライアドは無邪気な笑顔のまま言う。


「何もしなくていいわ。そばにいてくれるだけでいいの。何ひとつ不自由はさせないわ。ねぇ、いいでしょう? ここでずっと楽しく暮らしましょう」

「理想のヒモ生活じゃねーか……」

「――ディー、まさかその気があるのか?」

「んなわきゃねぇだろ!」

「え? どうして?」


 ドライアドは驚きで目を丸くした。断られるなど露ほどにも思ってもいなかったように。


「どうしてって……オレは都会が好きなんだよ。ダンジョンの森の中でスローライフとか冗談じゃねーよ」

「そうなの……? じゃあ、あなたは? あなたは?」

「お断りします。私たちはダンジョンをクリアしないといけないので、ここにはいられません」


 森の中でスローライフというのも悪くはない。だがいまはラニアルに呼ばれている。いまのリゼットの意識はダンジョンの攻略に向けられていた。

 ドライアドは悲しそうな顔で、縋るようにレオンハルトを見た。


「――俺には、心に決めた人がいる。すまないが、君の恋人にはなれない」


 その答えに、リゼットの方が衝撃を受けた。

 まさかそんな相手がいただなんて。まったく気がつかなかった。


「そんな……とても悲しい……さみしい……でも、いいわ」


 吹っ切れたように、満面の笑みを浮かべる。夏の花のように華やかな。


「生きていても、死んでいても。どちらでも構わないもの」


 ぶぅん、と低い羽音が響く。いつの間にかリゼットたちは大量のミツバチに取り囲まれていた。


【水魔法(神級)】【敵味方識別】【魔力操作】


「フリーズストーム!」


 氷雪の嵐がミツバチたちを凍りつかせ、吹き飛ばす。

 しかし次の瞬間、四方八方から棘まみれのツタが伸びてくる。刺し殺さんばかりの鋭さで。


【聖盾】


 レオンハルトの魔力防壁がツタを弾く。

 リゼットはユニコーンの角杖を手に取り、ドライアドを見据えた。まっすぐに。


【火魔法(神級)】【魔力操作】


「フレイムランス!」


 ――ドライアド本人ではなく、彼女が座る大木を炎の槍で貫く。

 槍は根元から樹を貫き、樹冠までを一気に炎で染める。樹は内側から燃え出して黒く染まっていき、ドライアドの身体からも炎が上がる。


 ふらりと揺れた身体が枝から滑り落ちる。地面に当たるまでの間に燃え尽きる。


 樹は真っ二つに割れて、燃えながら倒れていく。倒れた拍子に、根元から大量の白骨が飛び出した。人骨らしきものが。


「げっ! なんだよこれ!!」

「ドライアドの恋人たちだろう。養分にされたんだな」

「えげつねえ……」

「お互い様だ」


 ――ダンジョンの中は弱肉強食。食うか食われるか。

 よほど乾燥していたのか、一度燃え始めた炎は異様なほどの速さで激しさを増し、周囲に燃え移っていく。


「お、おいおい……このままじゃオレたちまで丸焼きだぞ」

「すぐ消火します」


 リゼットは天に向けて杖を伸ばす。


【水魔法(神級)】


「ヘビーレイン」


 左目が熱くなる。

 リゼットに宿る、水の女神フレーノの眼球がぽろぽろと涙を流す。


 すぐさま雨が降り出し、火を鎮めていく。森を焼く火はすぐに弱まったが、雨は弱まるどころか勢いを増し、豪雨となる。

 大きな雨粒が身体を冷たく叩く。痛いほどに強く。


 リゼットたちは急いで遺跡の陰に入って、雨宿りをすることとなった。





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