表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

112/197

112 第一層の冒険者たち







 ランドールに入った際、リゼットたちはまず長期間滞在するための宿を取っていた。幸い、まだ普通に営業していたので、部屋に入って休む。

 それぞれ一人部屋を取っていたが、この混乱状態では何が起こるのかわからないので、真ん中の部屋に集まって三人で寝た。


「おふたりは寝袋なのに、私がベッドを使ってもいいのでしょうか」

「お前が一番体力ねーんだから一番しっかり休んどけ」


 返す言葉もない。

 探索中に迷惑をかけないためにも、しっかりとベッドで休んだ。

 朝は部屋の中で、買い込んでいた食料で朝食を取る。パンに、切っただけのハムとチーズを乗せて食べる。


「どうして街中で保存食を食わなきゃいけねーんだ……」

「街の食料を少しでも温存させるためだから仕方ない」


 市長の対応は早かった。既に食料は街全体での管理となっており、自由に購入することすらできない。


「うう、料理がしたい……」


 リゼットは涙を呑んだ。

 ハムもチーズも冷たいままだ。せめて火で炙ることができればどれだけ美味に、どれだけ食べやすくなるだろう。


「リゼット……さすがに部屋の中で火を起こすわけには……」

「ええ、わかっています。早くダンジョンへ行きましょう!」

「……ある意味こいつほど強欲なやつもいねーよなぁ……」


 外に出ると、よく晴れているのに、どんよりとした空気が街を覆っていた。

 広場へ移動すると、ダンジョン突入ラッシュが一段落したのか、広場からは人が減っている。

 昨日の混沌も熱狂も形を潜め、静寂がダンジョンの周囲に漂っていた。近くにある冒険者ギルドはいまだ混雑していたが。


「では、行きましょう」


 装備の手入れも、道具の準備も万端だ。

 これまでダンジョンを二つ攻略してきたことで、資金は潤沢。ランドールの街に入ったばかりのときに、装備もアイテムも整えている。


 死亡したときにその場で復活できるアイテム『命の種火』、死亡時にダンジョンから脱出できる『身代わりの心臓』を一つずつ。そしていつでもパーティでダンジョンから脱出できる『帰還ゲート』を用意してある。充分すぎるほどの備えだ。


 銅像の台座に開いた穴に入っていく。そこには地下への階段がある。

 ダンジョンの階段を降りるとき、リゼットはいつも胸が高鳴る。冒険への期待、未知に対峙する緊張。不安。そして自由の喜びに。





 階段を下り、辿り着いた先は草原だった。青い風がどこまでも吹き抜けていく。以前来た時よりわずかに風が強い気がした。風に揺られて草が音を奏で、重なり、流れていく。


 空にはやはり太陽がない。太陽は母神の眼と言われている。ここは母神の来る前の世界の再現なのだろう。


(ここが、ラニアルさんの見てきた――ラニアルさんが作り上げた世界……)


 一度目に来たときは感慨に浸る余裕もなかったが、二度目、そして仲間と一緒ならじっくりと見る余裕があった。


 レオンハルトが先頭を歩いて、リゼットが魔法でモンスターを掃討し、ディーがマッピングしていく。

 現れるモンスターも以前と同じ顔ぶれだった。

 風景にそぐわない、人工的なマリオネット。石でできたストーンゴーレムに、食べられないスライム。そういうものを【先制行動】の全体攻撃魔法で倒していく。


 進んでいくうちに、こんもりと地面が盛り上がった場所にあるリンゴの木を見える。

 その瞬間、リゼットの身体が震えた。


「なんだ? あの、いかにも罠って感じのやつは」


 レオンハルトが剣を抜く。


「たぶん、ファニーアップルロフィウスだ。あの下には陸魚が待ち構えているはず」

「どっかで聞いたな、その名前……」


【土魔法(初級)】【魔力操作】


「ストーンピラー!」


 考えるよりも先に魔法を発動させていた。

 リンゴの木のそばに白い石の柱が生える。次の瞬間、地面が爆発したかのように土が弾けて、大型の陸魚が勢いよく飛び出してくる。


【水魔法(神級)】【魔力操作】


「フリーズランス!」


 陸魚の腹部を巨大な氷の槍が貫く。

 そしてファニーアップルロフィウスの大量のリンゴと、大型の陸魚が丘に横たわった。


「さあ、料理しましょう」


 陸魚の身を骨から削ぎ落して切り身にする。透明感のある新鮮な魚肉だ。皮をつけたまま串を通し、塩を振って、起こした火で遠火で焼く。


 焼けるのを待つ間に、果実を四つ切りにして芯と種を取り、皮をつけたまま深めのフライパンに並べていく。ハチミツとバターを入れて蓋をして、蒸し焼きに。


「リゼット、そろそろ良さそうだ」


 串が焼ける。切り身に火が通り、皮が香ばしく焼けていた。


「それではファニーアップルロフィウスの串焼き。いただきます」


 まず一口。熱い。だが、旨い。

 透明だった身は乳白色に変化していて、脂と旨味が染み出している。筋肉質でありながら身のほぐれが良い。

 少しだけ塩気が強いが。


「やっぱりおいしい……」


 おいしそう、という直感は間違っていなかった。

 どこか爽やかな風味がするのはリンゴ似の樹の影響だろうか。


「見た目も味も、とっても親しみやすいです。これを地上に運んで料理して、希望者に振る舞えば、モンスター料理の良さがわかってもらえるかもしれません」


 リゼットは自信たっぷりに言う。自分でもいいアイデアだと思っていたが、レオンハルトは難しい顔をする。


「……それは、最後の最後の手段にしておいた方がいい。生きるために手段を選んではいられないとなれば、あるいは受け入れてもらえるかもしれないけど……まだその段階じゃない」

「魚ですし、そこまでハードルが高いとも思えませんが」


 何よりおいしい。おいしさは正義だ。


「お前の価値観を押しつけんなよ。オレも随分慣れちまったけど、コイツらヤベェーってずっと思ってたぜ」

「まあ、そうだったんですね。確かに、押しつけはいけませんね……」


 できるなら楽しくおいしく食べてもらいたい。食事はそうであるべきだ。

 どうすれば最初の一歩を――一番高いハードルを越えてもらえるか。陸魚の身を食べながら考える。


「でもまあ、こんなの食ってていいのかってのは思うな」

「確かに、今日は塩分を取りすぎているかもしれません。次の食事は少し控えましょう」

「そこじゃねーよ! 上があんななのに、オレたちだけ好き放題食ってるのってのも、なんとなく落ち着かねぇなって話だ――っと、なんだ?」


 ディーとレオンハルトがほぼ同時に一方向を見る。リゼットもそちらに視線を向けると、こちらに近づいてくる冒険者パーティの姿が見えた。


「冒険者か。まだまだヒヨッコみてーだな」

「敵意は感じないな」


 若い冒険者パーティだった。男性が一人に、女性二人。


「――な、なあ……」


 近づいてきた男性が、おずおずと声をかけてくる。恐れと期待と食欲が滲んだ表情で、陸魚の串を見ていた。


「それ、余っているなら、僕たちにも分けてもらえないか?」

「はい、もちろんです!」


 前のめりに快諾するリゼットの横からディーが割り込んでくる。


「おいお前ら、これモンスターだぞ? いいのか?」

「せ、背に腹は、変えられないし……君たちは平気なんだろう……? 頼む。僕たち、ほとんど何も食べてないんだ」


 三人の視線はよく焼けた串に釘付けだ。

 ごくりと唾を飲み込む。


「回復術士はいるな? 毒消し草や麻痺消し草はあるか? 食べるなら自己責任だからな。何かあってもオレらを恨むなよ」

「はい、どうぞ。たくさんありますから、遠慮なく召し上がってください」


 勧めると、かぶりつくように食べ始める。いい食べっぷりだった。


「焼きリンゴもありますから、デザートにどうぞ」


 リンゴに似た実を、ハチミツとバターと共にフライパンで蒸し焼きにしていたものを出す。これは女性陣にとても喜ばれた。


「こんなおいしいもの、初めて食べました!」


 輝かんばかりの笑顔にリゼットも嬉しくなる。


「こうしてモンスター料理は広まっていくのですね……」


 リゼットは感動に震える。


「やっぱりモンスター料理。モンスター料理が世界を救うんです」

「……こいつこそ野放しにしてていいのか?」

「……俺たちが見ていれば大丈夫だ……たぶん」


 後ろでディーとレオンハルトが何やらこそこそ話しているが、リゼットは気にせず自分も焼きリンゴに似たものを食べる。じゅわっと染み出す果汁とバターとハチミツの風味が絶品だった。


 ――本当においしい。


「これも何かのご縁です。一緒に探索を進めませんか」

「いや、僕たちは奥に行く気はないんだ。このダンジョン、よくわからなくて怖いし」

「まあ……」


 そこが楽しいのではないのだろうかとリゼットは思ったが、ダンジョンに潜る目的も、ペースも、人それぞれだ。


「俺たちはそろそろ行こう」

「はい。それでは皆さん、お気をつけて」


 レオンハルトに促され、リゼットは手早く片づけをして出発する。

 下への階段は、岩陰に隠れるように存在した。ひっそりと口を開けている闇の奥へ足を踏み入れ、第二層へ向かった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 昼時間に見ないと危ない飯テロ描写。 焼きリンゴ食べたいです。 [気になる点] 見張っていればってレオンハルトさん、貴方既に慣れっこじゃないですか。ディーだって常識ツッコミしてるけど。 同じ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ