112 第一層の冒険者たち
ランドールに入った際、リゼットたちはまず長期間滞在するための宿を取っていた。幸い、まだ普通に営業していたので、部屋に入って休む。
それぞれ一人部屋を取っていたが、この混乱状態では何が起こるのかわからないので、真ん中の部屋に集まって三人で寝た。
「おふたりは寝袋なのに、私がベッドを使ってもいいのでしょうか」
「お前が一番体力ねーんだから一番しっかり休んどけ」
返す言葉もない。
探索中に迷惑をかけないためにも、しっかりとベッドで休んだ。
朝は部屋の中で、買い込んでいた食料で朝食を取る。パンに、切っただけのハムとチーズを乗せて食べる。
「どうして街中で保存食を食わなきゃいけねーんだ……」
「街の食料を少しでも温存させるためだから仕方ない」
市長の対応は早かった。既に食料は街全体での管理となっており、自由に購入することすらできない。
「うう、料理がしたい……」
リゼットは涙を呑んだ。
ハムもチーズも冷たいままだ。せめて火で炙ることができればどれだけ美味に、どれだけ食べやすくなるだろう。
「リゼット……さすがに部屋の中で火を起こすわけには……」
「ええ、わかっています。早くダンジョンへ行きましょう!」
「……ある意味こいつほど強欲なやつもいねーよなぁ……」
外に出ると、よく晴れているのに、どんよりとした空気が街を覆っていた。
広場へ移動すると、ダンジョン突入ラッシュが一段落したのか、広場からは人が減っている。
昨日の混沌も熱狂も形を潜め、静寂がダンジョンの周囲に漂っていた。近くにある冒険者ギルドはいまだ混雑していたが。
「では、行きましょう」
装備の手入れも、道具の準備も万端だ。
これまでダンジョンを二つ攻略してきたことで、資金は潤沢。ランドールの街に入ったばかりのときに、装備もアイテムも整えている。
死亡したときにその場で復活できるアイテム『命の種火』、死亡時にダンジョンから脱出できる『身代わりの心臓』を一つずつ。そしていつでもパーティでダンジョンから脱出できる『帰還ゲート』を用意してある。充分すぎるほどの備えだ。
銅像の台座に開いた穴に入っていく。そこには地下への階段がある。
ダンジョンの階段を降りるとき、リゼットはいつも胸が高鳴る。冒険への期待、未知に対峙する緊張。不安。そして自由の喜びに。
階段を下り、辿り着いた先は草原だった。青い風がどこまでも吹き抜けていく。以前来た時よりわずかに風が強い気がした。風に揺られて草が音を奏で、重なり、流れていく。
空にはやはり太陽がない。太陽は母神の眼と言われている。ここは母神の来る前の世界の再現なのだろう。
(ここが、ラニアルさんの見てきた――ラニアルさんが作り上げた世界……)
一度目に来たときは感慨に浸る余裕もなかったが、二度目、そして仲間と一緒ならじっくりと見る余裕があった。
レオンハルトが先頭を歩いて、リゼットが魔法でモンスターを掃討し、ディーがマッピングしていく。
現れるモンスターも以前と同じ顔ぶれだった。
風景にそぐわない、人工的なマリオネット。石でできたストーンゴーレムに、食べられないスライム。そういうものを【先制行動】の全体攻撃魔法で倒していく。
進んでいくうちに、こんもりと地面が盛り上がった場所にあるリンゴの木を見える。
その瞬間、リゼットの身体が震えた。
「なんだ? あの、いかにも罠って感じのやつは」
レオンハルトが剣を抜く。
「たぶん、ファニーアップルロフィウスだ。あの下には陸魚が待ち構えているはず」
「どっかで聞いたな、その名前……」
【土魔法(初級)】【魔力操作】
「ストーンピラー!」
考えるよりも先に魔法を発動させていた。
リンゴの木のそばに白い石の柱が生える。次の瞬間、地面が爆発したかのように土が弾けて、大型の陸魚が勢いよく飛び出してくる。
【水魔法(神級)】【魔力操作】
「フリーズランス!」
陸魚の腹部を巨大な氷の槍が貫く。
そしてファニーアップルロフィウスの大量のリンゴと、大型の陸魚が丘に横たわった。
「さあ、料理しましょう」
陸魚の身を骨から削ぎ落して切り身にする。透明感のある新鮮な魚肉だ。皮をつけたまま串を通し、塩を振って、起こした火で遠火で焼く。
焼けるのを待つ間に、果実を四つ切りにして芯と種を取り、皮をつけたまま深めのフライパンに並べていく。ハチミツとバターを入れて蓋をして、蒸し焼きに。
「リゼット、そろそろ良さそうだ」
串が焼ける。切り身に火が通り、皮が香ばしく焼けていた。
「それではファニーアップルロフィウスの串焼き。いただきます」
まず一口。熱い。だが、旨い。
透明だった身は乳白色に変化していて、脂と旨味が染み出している。筋肉質でありながら身のほぐれが良い。
少しだけ塩気が強いが。
「やっぱりおいしい……」
おいしそう、という直感は間違っていなかった。
どこか爽やかな風味がするのはリンゴ似の樹の影響だろうか。
「見た目も味も、とっても親しみやすいです。これを地上に運んで料理して、希望者に振る舞えば、モンスター料理の良さがわかってもらえるかもしれません」
リゼットは自信たっぷりに言う。自分でもいいアイデアだと思っていたが、レオンハルトは難しい顔をする。
「……それは、最後の最後の手段にしておいた方がいい。生きるために手段を選んではいられないとなれば、あるいは受け入れてもらえるかもしれないけど……まだその段階じゃない」
「魚ですし、そこまでハードルが高いとも思えませんが」
何よりおいしい。おいしさは正義だ。
「お前の価値観を押しつけんなよ。オレも随分慣れちまったけど、コイツらヤベェーってずっと思ってたぜ」
「まあ、そうだったんですね。確かに、押しつけはいけませんね……」
できるなら楽しくおいしく食べてもらいたい。食事はそうであるべきだ。
どうすれば最初の一歩を――一番高いハードルを越えてもらえるか。陸魚の身を食べながら考える。
「でもまあ、こんなの食ってていいのかってのは思うな」
「確かに、今日は塩分を取りすぎているかもしれません。次の食事は少し控えましょう」
「そこじゃねーよ! 上があんななのに、オレたちだけ好き放題食ってるのってのも、なんとなく落ち着かねぇなって話だ――っと、なんだ?」
ディーとレオンハルトがほぼ同時に一方向を見る。リゼットもそちらに視線を向けると、こちらに近づいてくる冒険者パーティの姿が見えた。
「冒険者か。まだまだヒヨッコみてーだな」
「敵意は感じないな」
若い冒険者パーティだった。男性が一人に、女性二人。
「――な、なあ……」
近づいてきた男性が、おずおずと声をかけてくる。恐れと期待と食欲が滲んだ表情で、陸魚の串を見ていた。
「それ、余っているなら、僕たちにも分けてもらえないか?」
「はい、もちろんです!」
前のめりに快諾するリゼットの横からディーが割り込んでくる。
「おいお前ら、これモンスターだぞ? いいのか?」
「せ、背に腹は、変えられないし……君たちは平気なんだろう……? 頼む。僕たち、ほとんど何も食べてないんだ」
三人の視線はよく焼けた串に釘付けだ。
ごくりと唾を飲み込む。
「回復術士はいるな? 毒消し草や麻痺消し草はあるか? 食べるなら自己責任だからな。何かあってもオレらを恨むなよ」
「はい、どうぞ。たくさんありますから、遠慮なく召し上がってください」
勧めると、かぶりつくように食べ始める。いい食べっぷりだった。
「焼きリンゴもありますから、デザートにどうぞ」
リンゴに似た実を、ハチミツとバターと共にフライパンで蒸し焼きにしていたものを出す。これは女性陣にとても喜ばれた。
「こんなおいしいもの、初めて食べました!」
輝かんばかりの笑顔にリゼットも嬉しくなる。
「こうしてモンスター料理は広まっていくのですね……」
リゼットは感動に震える。
「やっぱりモンスター料理。モンスター料理が世界を救うんです」
「……こいつこそ野放しにしてていいのか?」
「……俺たちが見ていれば大丈夫だ……たぶん」
後ろでディーとレオンハルトが何やらこそこそ話しているが、リゼットは気にせず自分も焼きリンゴに似たものを食べる。じゅわっと染み出す果汁とバターとハチミツの風味が絶品だった。
――本当においしい。
「これも何かのご縁です。一緒に探索を進めませんか」
「いや、僕たちは奥に行く気はないんだ。このダンジョン、よくわからなくて怖いし」
「まあ……」
そこが楽しいのではないのだろうかとリゼットは思ったが、ダンジョンに潜る目的も、ペースも、人それぞれだ。
「俺たちはそろそろ行こう」
「はい。それでは皆さん、お気をつけて」
レオンハルトに促され、リゼットは手早く片づけをして出発する。
下への階段は、岩陰に隠れるように存在した。ひっそりと口を開けている闇の奥へ足を踏み入れ、第二層へ向かった。