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【2/16コミック②発売】捨てられた聖女はダンジョンで覚醒しました〜真の聖女?いいえモンスター料理愛好家です!【書籍化】  作者: 朝月アサ
第三章 アルケミスト・ラビリンス

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111 異常事態




「まーとりあえず、そっちのお貴族様はレオンの婚約者で、レオンを殺すつもりも見捨てたつもりもないと」


 ディーがイレーネを指差し、確認するように言い。


「んでレオンはとっくに絶縁したつもりで、ヨリを戻す気もないと」


 レオンハルトを指差し、また確認するように言う。レオンハルトは無言で頷く。


「わかったようなことを言わないでちょうだい!」


 イレーネは激昂していた。

 その姿を見るレオンハルトの目は冷静そのものだ。


「イレーネ、君と俺には決定的な認識の違いがある。――クラウスは、命じられていたんだろう。ドラゴン討伐を成功させそうなら、その前に俺を排除するように」


 話を聞きながら、リゼットはだんだん不安になってきた。他国の事情をこんな風に聞いていていいのだろうかと。ディーも耳をふさぎたそうにしている。


「ギュンターとヒルデは脅迫されて、君は君の理屈でクラウスに従った」

「……それは……」

「責めるつもりはない。俺も至らないところばかりだった。君にそんな決断をさせた俺にも責任はある」


 イレーネは何かを言おうとして押し黙り、顔を伏せた。


「イレーネ。俺たちの関係は、あのダンジョンで終わったんだ」

「……そんな……わたくしは……」

「君が望んでいるのは、王に従順な王弟か? それとも俺自身が王位を狙うことか? 俺は、君の望みには何一つ応えられないし、応えるつもりもない」

「――レオンハルト様……わたくしの話を聞いてください」


 レオンハルトは静かに首を横に振る。


「俺たちはもう生きている場所も、見ている未来も違うんだ」

「…………ッ」


 パンッと乾いた音が響き。イレーネの手がレオンハルトの頬を叩いていた。

 イレーネは荒くなる息を抑えながら、無言で去ろうとする。


「イレーネさん、忘れ物です」


 杖を持って追いかけると、イレーネは引っ手繰るようにしてリゼットから杖を取った。

 リゼットを見る赤い瞳は、憎しみと悲しみに歪んでいた。


 レオンハルトがリゼットとイレーネの間に、庇うように入る。

 イレーネは顔を上げ。


「わたくしが、あなたの目を覚まして差し上げますから」


 言って、くるりと踵を返し、広場の方へ颯爽と歩いていく。一度も振り返ることなく。





「おー。男前になったな」


 平手打ちの痕が残る頬を見て、ディーがからかうように笑う。


「どうしてこんなことに……」


 レオンハルトの呻きは困惑しきっていた。イレーネとの再会も、イレーネの態度も、完全に予想外のものだったようだ。


「婚約話が消えたと思ってたのはお前だけってわけだな」

「……本人にまだそのつもりがあったなんて思わないだろう……政略的な価値のなくなった政略結婚なんて――……」

「鈍いなお前。あの女は賭けてたんだ。自分のためにレオンが無謀な夢とやらを捨ててくれるか、もしくは全部捨ててついてこいって自分に言ってくれるか。んで賭けに負けてスッカラカン。自業自得」


 肩を竦めて首を振る。

 ディーの推理は的を射ているように、リゼットにも思えた。どうしてそこまでわかるのかと不思議になるほどに。

 レオンハルトはますます困惑顔になる。


「なんだってそんなことを……」

「本気で鈍いな、お前。ま、その気がないんだから終わりだ終わり」


 ――これは、リゼットにもわかった。好きだからだ。特別な感情があったから、特別な期待を寄せた。問題なのは、やり方だ。

 そしてイレーネは失敗した。


「……イレーネさん、大丈夫でしょうか」


 短い間だが冒険を共にし、共に戦い、同じモンスターを食べた。

 モンスター料理を食べる人に悪い人はいない――というのがリゼットの持論である。既に仲間意識も目覚めている。


「いままでやってこれてるんだから平気だろ。頼まれてもないのに気を回す必要はねーよ」

「彼女も魔術士としては優秀だ。それよりもいまは、俺たちがこの状況を切り抜けることを考えよう」

「そうですね……とりあえずお茶にしましょうか」


 リゼットは火魔法と水魔法の混合魔法で湯を沸かし、お茶を淹れる。


「ジャムを入れていいですか?」

「ああ、頼む」

「いーけど、なんのジャムだよ」

「リンゴ風ジャムです」

「風のつく場所がおかしい。どーせまたモンスターなんだろ……」


 リゼットはファニーアップルのジャムをお茶に溶かす。

 飲むと、ハチミツとリンゴの甘みが爽やかで、身体に染みわたる。


「甘いものは落ち着くな……」

「はい、とても」

「――で。なんのモンスターなんだよ」

「ファニーアップルロフィウスというモンスターの頭部分です。頭に生やしたリンゴのコンポートも美味でしたが、陸魚部分も大変美味しそうでした。食べられなかったのが残念です……」


 あの大きさなら可食部分も多かったはず。何人分の食料になっただろうか。


「……クソ。普通にうまい。お前って本当にどこでも生きていけそうだよな」

「頼もしいじゃないか」

「そこに異論はねーけどよぉ。で、これからどうするよ」

「……このまま外に出ることはできないんだろうか」


 レオンハルトが街の外側の空に目をやる。


「ちょこちょこ話が聞こえてきたけど、外に出る道は全部閉ざされているみてーだぜ」


 ――つまり、脱出は不可能ということになる。見つかっていないルートがあるかもしれないが。もし見つかったらその噂は一瞬で広がり、人々は我先にと外へ逃げ出すだろう。いまのところその気配はない。


「――もし、本当にすべての脱出手段が閉ざれているとしたら。きっとこれから、恐ろしいことになる」


 レオンハルトは真剣な顔で言う。


「お、おい……あんまり脅すなよな」

「脅しじゃなくて事実だ」


 享楽都市という人々の欲望が渦巻く街が封鎖され、大量の人々が閉じ込められて。

 ダンジョン領域という特殊な環境下で、ストレスに晒され続ければ、遠からず暴徒が現れるだろう。

 この現状を打破するには、ラニアルに解除してもらうか、ダンジョンをクリアするしかない。


「ラニアルさんは、深層に来るように言っていましたね……」

「どのみちクリアしねーとダメってことか。クソッ、バカンスが台無しだ」


 お茶を飲み終わり、片付けをしていると、街中にある動く絵画が突然ひとりの女性を描き出した。

 浅黒い肌に、濃い灰色の髪。やや丸い鼻に、ヒューマンよりも少しだけ大きな耳。

 ドワーフの女性の、堂々とした姿を。


『――我が愛するランドールの諸君。私は市長のタガネだ』


 凛々しい声が、街に、地面に、空に響く。

 街の人々が一斉に顔を上げ、市長の姿を見上げる。


『皆も知っての通り、いまのランドールは未曽有の危機に晒されている。錬金術師ラニアル・マドールの卑劣な裏切りにより、この街すべてがダンジョンと化してしまった』


 正義感に溢れた顔に、抑えきれない怒りが滲む。


『この街には戦えない一般市民もたくさんいる。そして外部へ通じる道の封鎖により物流も滞り、食料の確保すら見込めない。このままでは、長くは持たない』


 危機的状況を正しく伝えるためか、市長は厳しい状況も開示する。

 人々の間にさらなる動揺が広まる。

 リゼットはこっそりとレオンハルトとディーに言う。


「食べ物がないのなら、モンスターを食べればいいのでは?」

「リゼット。それは最終手段だ」

「お前が処刑されかねなくて怖えーよオレは……」


 ふたりに反対されておとなしく黙る。

 その間にも市長の演説は続く。


『だが我々には知恵がある。勇気がある。そして、欲望がある!』


 ――欲望。

 黄金都市――あるいは享楽都市にふさわしい言葉が、動く絵画から街に響き渡る。


『この事態の解決に貢献したものには、相応の報酬を用意しよう。私が保有するすべての黄金を! 諸君らが望む、この世のすべての快楽を約束しよう! 欲望を叶えよう!』


 熱の入った言葉に、冒険者たちがざわめき出す。

 この街に集まったのは何らかの欲望を持った者たちだ。市長はそれを叶えると、皆の前で約束した。火のついた欲望は、胸の中で、腹の底で、熱を高めていく。燃え上がっていく。


『さあ旅立て、冒険者たちよ――我らの怒りを、魂を、欲望を、裏切り者の錬金術師に思い知らせてやるのだ!』


 熱狂的な歓声が割れんばかりに響き、冒険者たちはダンジョンを攻略すべく行動を開始した。欲望のままに。


「……オレらも行くのか?」

「……正直なことを言うと、ものすごく眠いです」

「そうだな……夜も遅いし、せっかく宿も取っているんだ。休もう」





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