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109 魔術師の眼






 平原の探索を再開し、イレーネの魔法オートマッピングで地図を埋めながら進んでいく。


「この辺りは大体終わったわね。次は右手方向に行ってみましょう」

「はい」


 後ろを歩くイレーネの指示に従い、リゼットはダンジョン用コンパスの右側に進行方向を変える。

 ダンジョン内には東西南北がないため、コンパスが差す方を上にして、上下右左で暫定の方角を固定する。


【先制行動】【火魔法(神級)】


「フレイムアロー!」


 草の陰から現れたグリーンスライムの群れを一掃する。

 スライムは粘菌の塊のため食べることはできない。

 探索が進むにつれ寄ってくるモンスターは増えてきているが、スライムやマリオネットばかりだ。だんだん空腹感が増していく。


「ちょっと、リゼット」

「はい?」


 振り返ると、イレーネは風格がある佇まいでリゼットを見ていた。


「あなたの魔法、無駄が多すぎるわよ」

「無駄、ですか?」

「スライム相手にその威力なんて、明らかに火力過多ですわよ。それではあっという間に魔力切れよ。魔術士なら【魔力操作】スキルがあるでしょう? 魔法を使うときの基礎の基礎よ。怠らずにちゃんと使いこなしなさい」


 イレーネの指摘はもっともだった。


「確かに最近はあまり使っていませんね……」

「そうでしょうとも」


 スキルはリゼットの意思に応えるように自動的に発動するが、思い返してみれば、無意識のうちに使おうと思っているものが発動する。

 魔法を変化させるときか、威力を大幅に弱めるときに。


「ありがとうございます、イレーネさん。気をつけます」

「そうしなさい。もしものときのために魔力を保つのも、魔術士の大切な仕事のうちよ。あなたのパーティのリーダーは、何も言わなかったの?」

「リーダーは私です……」

「は? あなたがリーダー? マッピングもできない、魔力の調整もできないあなたがリーダー?」

「いつの間にかそうなっていて……」


 そしていつの間にか固定されている。リーダーだからといって何か権限があるわけではないのでそのままにしているが。


「いままでの探索で、魔力不足で困ったことはないの?」

「はい。少し休んだり、モンスター料理を食べれば回復しますから」

「どういう探索をしているのよ……」


 信じられない、とばかりにがっくりと肩を落とす。


「……でも、少し羨ましいわ」

「はい、モンスター料理はいいですよ! イレーネさんも取り入れていきませんか?」

「羨ましいって言ったのは、魔力の回復が早いところだけよ!」


 イレーネはコホンと咳払いをすると、すっと佇まいを整え、ふぁさっと髪を広げる。


「わたくしはほら、魔法の威力がとても強いでしょう?」

「は、はい。インフェルノの魔法、すごい威力でした」

「でしょう? 魔力消費も多いから大変なのよ。まあ魔力の量も大きいから、エーテルポーションなしでも三回も使えるのですけれどね」


 イレーネは自信たっぷりに胸を張る。


「すごいです。使用回数がそれだけで、どうやってソロで冒険してきたんですか?」


 素朴な疑問を口にする。

 イレーネは仲間がいないと言っていた。ソロで十分だとも。

 だが三回しか魔法が使えなければ、探索途中であっという間に魔力が枯渇してどうしようもなくなりそうだ。もしかすると杖を使った武術の心得があるのだろうか。


「…………」

「イレーネさん?」

「あなたに話すことじゃないわよ!」


 顔を赤くして叫ぶ。


(なるほど。実力はあえて隠す――切り札は簡単に見せるものじゃない。おばあ様もそう言っていたわ)


 イレーネも歴戦の冒険者。手の内は明かさないということだろう。そのプロ意識、見習いたい。

 感心し、尊敬してイレーネを見つめていると、その向こう側に黒い球体がふよふよと浮かんでいることに気づいた。イレーネもリゼットの視線に気づいたのか、振り返る。


 滑らかな表面には細く鋭いトゲがびっしりと生えている。その姿は――


「――空飛ぶ巨大ウニ!」

「ウニじゃない! あれは魔術師の眼ですわよ」


 イレーネはリゼットの後ろに回りながら緊迫した声を上げる。


「魔術師の眼?」



【鑑定】ウィザードアイ。どこにでもいて、どこにもいない。



「わたくしたちのような戦う魔術士ではなく、魔術の研究をしている高位魔術師の外部感覚器官よ。第三の目とも言うわ。食べられませんからね」


 上下に浮かぶその様子は、こちらを探るようで不気味ではあるが、攻撃してきそうな雰囲気はない。


「……ノルンのダンジョンでも、同じものを見たことがあります」

「あら、あなたもノルンにいたの?」

「イレーネさんも? すごい偶然ですね」

「そこででも同じものを見たなんて、あなた随分、魔術師に気に入られているようね――ほら、来るわよ」


 ――ウィザードアイはリゼットたちを敵と認識したらしい。身体中のトゲを更に尖らせて、こちらへ突進してくる。


「爆炎よ、すべてを消し飛ばせ! ――エクスプロージョン!」


 魔力が集中し、凝縮され、破裂。

 閃光と高温と、爆音。風が吹き荒ぶ。凄まじい威力で。


 リゼットたちも巻き込まれそうな勢いだったが、イレーネの【敵味方識別】が発動しているのか風は受けるが熱波は受けない。

 リゼットは手で顔を守りながら爆風が収まるのを待つ。


「効いて……いない?」


 イレーネが愕然と呟いた。

 爆発の余韻がまだ残る中で、ウィザードアイは何事もなかったかのように、上下にふよふよと風になびくように揺れていた。


 リゼットは握っていたユニコーンの杖をまっすぐに突きつけた。


【先制行動】【火魔法(神級)】【魔法座標補正】


「ブレイズランス!」


 リゼットの中にある火女神ルルドゥの魔力が炸裂する。

 それは神炎の槍となり、ウィザードアイを下から正確に貫き、両断した。

 表面の黒いトゲがポキポキと折れ、煙を上げながら本体ごと地面に落ちる。殻が開いたかのように身体は二つに割れる。

 中から現れたのは、琥珀色の魔石だった。


(勝った?)


 リゼットの問いに答えるかのように、ウィザードアイが落ちたその上に、青い光球が浮かび上がる。その奥には、いままで何もなかったはずの場所に下へ続く階段が現れていた。

 地上へ戻るための帰還ゲートと、下の階層へ向かう階段だ。


「よかった。勝ったみたいですね」


 琥珀色の魔石を回収する。


「なんて、威力……」


 イレーネは掠れた声で、どこか虚ろな表情で呟く。


「……信じられない……公爵家のわたくしよりも――誰よりも優秀な魔術士であるわたくしよりも強い魔法だなんて……ありえない……」


 己を守るように自分の身体を抱きしめる。その肩は震えていた。


「イレーネさん?」


 声をかけると、がばっと顔を上げる。赤い髪が大きく揺れ、その顔は、追い詰められかけているような必死さが滲み出ていた。


「――あなたは何者なのよ?」

「モンスター料理愛好家です」

「違あああう! そうじゃない!! ――まず、その髪はなんなのよ!?」


 イレーネが指差したのは、リゼットの髪だった。白銀の髪が、一房だけ赤く燃えている。


「これですか? 少し本気になったらここだけ赤くなるんです」


 苦笑しながら言う。

 聖遺物を取り込んだ影響でか、威力の高い魔法を使うとこの部分だけが炎のように赤く燃える。ただ熱くはないし、他の部分に火が燃え移ることもない。


「何よそれ……あの方みたいじゃないの……」

「あの方?」

「あなたには関係ないわよ。ふんっ、どうせ変なものでも食べたのでしょう?」

「すごいっ。よくわかりますね」

「わからないわけないでしょう!?」


 リゼットが取り込んだのは『火女神ルルドゥの毛髪』だ。左眼には水の女神の聖遺物――『水女神フレーノの眼球』が入っている。

 どちらも口から食べたわけではないが、触れたら体内に取り込まれた。スキル【聖遺物の使い手】の影響で。これもある意味「食べた」と言えるかもしれない。


「それよりも、イレーネさんどうします?」

「どうって?」

「地上に帰るのか、このまま進むのか。私としては下の階層を少し見てから帰るのもいいと思うんですが――」

「早く出るわよ! あなたとこんなところにいたら、本当にどうにかなりそうだわ!」


 階段を見つめてうずうずしているリゼットを引っ張って、イレーネはまっすぐに帰還ゲートに向かう。


 青い光がリゼットたちを包み込み、視界が白く染まった。




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