表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

107/197

107 第一層~リゼットとイレーネ




 リゼットが目を開いたとき、薄い雲がかかった青空が見えた。草の揺れる平原に仰向けで寝ていた身体を起こす。

 落下した感覚はあったが、身体に痛みはない。無事着地できたのだろうか。それとも転移だろうか。


 立ち上がり、辺りを見回す。周囲には誰もいなかった。仲間だけではなく、他の人間も誰もいなかった。途方もなく広い平原で、リゼットはひとりだった。空も、夜だったはずなのにいまは明るい。


「レオーン! ディー!」


 大声で名前を叫ぶが、返事はない。リゼットはダンジョンの草原で一人きりになっていた。

 ダンジョンの基本を思い出す。ダンジョンに入るときは、パーティを組んでいなければ別々の場所に出る――と。


「……パーティを組んでいるのにはぐれてしまうなんて……」


 冒険者登録できなかったから、パーティを組んでいないとダンジョンに判定されてしまったのだろうか。


「……とにかく、なんとか合流しないと……」


 焦りを感じて鼓動が速まる胸を押さえながら、ゆっくりと呼吸をして周囲を見る。

 ダンジョンの中というのを除けば、目に映るのは穏やかな草原の景色だ。


(ここが人工ダンジョン? ……本物のダンジョンにしか見えない……)


 髪を揺らす風も、草花の香りも。よく知っているダンジョンのものだ。

 青い空は広く、白い雲が浮かび、そしてどこにも太陽がない。外とは違う世界。


(ノルンのダンジョンによく似ている……)


 ともかくいますべきことは――

 リゼットは紙と鉛筆を取り出す。


(マッピングです!)


 ダンジョンの新しい層に来たら地図作成。基本中の基本だ。ディーやレオンハルトのマッピングを近くで見てきたので少しはやり方を覚えている。道具も揃っている。


 マッピングの基本は、歩幅を一定にして歩数を数えて、方向はコンパスで確認しながら紙に描いていくことだ。

 リゼットはコンパスを取り出す。ダンジョン専用のコンパスは、ダンジョン内の魔力の流れを感知して一定方向を差すらしい。示される方向を頼りに、目印になりそうなものを記していきながら進む。


 そして、必死で歩数を数えながら痛感する。平原のマッピングは思っていた以上に難しいと。特に、歩数を確認するのが。


(もっとちゃんと練習しておけばよかった)


 果たしてこれで正しいのか。右上の方ばかり充実してきて紙は足りるのか。ぐるぐる回って空白部分を埋めていった方がいいのか。何もわからない。

 不安の溢れる地図を描きながら歩き回る。夢中でマッピングをしているうちに、やわらかく、ぐにゃりとした感触のものを踏む。


 ――青いスライムだった。



【先制行動】【火魔法(神級)】



「フレイムアロー!」


 スライムに足を包まれる前に、咄嗟に火の矢で核を貫く。


「危なかった……」


 マッピングに夢中になれば注意力が散漫になる。ダンジョンは人工なれどモンスターの殺意は本物だ。


「なんてことでしょう……」


 リゼットは空を見上げて呟く。背後からの風がふわりと髪を揺らす。


「歩数を忘れてしまいました……」


 ――マッピング道は一筋縄ではいかない。


 嘆いても始まらないので続きから適当に再開する。ディーに見られたら呆れられそうだと思いながら。

 特徴的な岩を目印にして、再び歩き始める。一定の歩幅で。


「止まりなさい!」


 女性の気を張った声が後ろから響き、リゼットは肩をびくりと震わせ足を止めた。


 背後で人の気配と、草を分けて進む音がする。


「動かないように。動けば消し炭ですわよ」

「…………」


 リゼットは言われたとおり、動かずに待った。


「あなたは冒険者? 他に仲間は?」

「冒険者です。仲間は――」

「帰還ゲートを持っていたり、帰還魔法を使えたりはするの」


 答える前に質問を重ねられる。


「持っていたら、とっくに使っています」

「それもそうね……」


 がっかりしたように言う。


「……あなたはもしかして、イレーネさんですか?」


 声と雰囲気から判断して、問いかける。


「気安く呼ばないで! ……あなたに名乗った覚えはないのですけれど? 名前を言いなさい!」

「も、申し訳ありません。私はリゼットです」

「ああ……思い出したわ。ギルド前にいた失礼な冒険者ね。振り返りなさい」


 くるりと踵を返す。

 そこにいたのは赤髪の、気品のある女性――魔術士のイレーネだった。手には赤い宝玉のはまった黒木の杖が握られている。


「リゼットね。よく覚えたわ。職業は魔術士かしら。わたくしはイレーネ・シエルディード。魔術士よ……ねえ、あなたもひとりなのよね?」

「はい。パーティとはぐれてしまったみたいで」

「そ、そう……あなたにも仲間がいるのね」


 イレーネはどこかがっかりしたように顔を背ける。


「イレーネさんのお仲間は?」

「聞きにくいことをはっきりと聞いてくるわね。あの場面を見ていたくせに。ご心配なく! わたくしはソロで十分やっていけるわ」

「そうかもしれませんが――イレーネさん、ここは協力して一度地上に戻りませんか?」


 リゼットはもう仲間の大切さを知っている。単独行動するよりも、まとまって行動した方がいいと。

 申し出に、イレーネは小さく頷いた。


「仕方ありませんわね。あなたがどうしてもと言うのなら、わたくしが助けて差し上げますわ。魔術士二人パーティなんてバランスが悪すぎますけれど、わたくしがいれば大丈夫よ」

「心強いです」


 イレーネは口元に笑みを浮かべ、杖をしゃらんと振る。


「ええ、安心なさい。だからわたくしの言うことはちゃんと聞くこと。この第一層では死んでも無事地上に戻れるようですけれど、むざむざ死にたくはないでしょう?」

「はい、もちろん」


 そのとき、ざわつくように草むらが揺れた。

 ぞろぞろと現れたのは、木でできた人形の群れだった。道化師の見世物として使われる糸繰の人形のようで、大きさはリゼットと同じくらい。しかしそれらを吊るしている糸はどこにもない。


 そして、両腕には鋭利な刃物が取り付けられている。



【鑑定】マリオネット。錬金術で仮初の命を与えられた人形。創造主の意思に従って動く。



【先制行動】【火魔法(神級)】【魔法座標補正】


「フレイムアロー!」


 リゼットが放った魔法の矢がマリオネットの胴体や頭に刺さる。


【魔力操作】


 そのまま魔力を変化させ――


「フレイムバースト!!」


 マリオネットたちは内側から爆発し、身体をバラバラにして倒れていった。


「な……なかなかやるじゃない……」


 燃えていくマリオネットの群れを見ながら、イレーネが乾いた声で言う。


「道中のモンスターの処理はあなたに任せたわ。わたくしはボスのために魔力を温存しておきますから」

「はい」


 ダンジョン内では適材適所での分業が効率的な探索に繋がる。

 リゼットの【先制行動】での全体魔法は道中のモンスター退治に向いている。

 イレーネの魔法はまだ見ていないが、本人に自信があるのなら相当な威力なのだろう。


「それにしてもこのモンスター、食べられそうにはないですね」

「いまなんと?」

「肉部分がないので、食べられなさそうですね」

「……ふふっ、わたくし疲れているみたいね。幻聴が聞こえたわ」

「まあ、それは大変です。早めに休憩しましょう」


 ダンジョンで疲労は大敵である。


「リヴァイアサンの肉が残っていますから、焼いて食べましょう」

「冗談はやめて。休憩なんていらないから、早くボスを倒して脱出ゲートを出すか、上に戻る階段を探しましょう。地上に戻って冒険者ギルドに行けば、いずれはあなたのお仲間と合流できるでしょうよ」


 イレーネはぴしゃりと言って、凛と背筋を伸ばして颯爽と平原を進んでいく。


「待ってください、イレーネさん!」

「何よ」

「マッピングは不慣れなんです……!」

「マッピングならわたくしが魔法で行なっています。いいから行くわよ」


 ――魔法でマッピング。

 そんな素晴らしい魔法があるなんて。

 リゼットは感動したが、スキルで取得できるか確かめるのはいったん保留にする。新たなスキルを取得するためのスキルポイントには限りがある。


 マッピングが得意なディーがいるいまは、必要ない――と。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ