105 酒場での再会
「どうでした? アルケミスト・ラビリンスは」
ランドールの名物は鳥の手羽ともも肉を揚げて薄味のソースをかけ、みじん切りにした香草をふりかけたものだった。
にぎやかな酒場の中、三人で囲んでいるテーブルにメインの料理が運ばれてくる。油の香ばしい匂いに食欲をそそられながら、リゼットは冒険者ギルドでの話を聞く。
「入ってねーぞ。説明聞いただけだ。まあ、冒険者の駆け出しとか、冒険者に憧れているやつとかにはいいんじゃね?」
「下の階層はわからないが、聞いた範囲だとそうだな。安全第一の人工ダンジョンだ」
ディーとレオンハルトが冷えたエールを飲みながら答える。この酒場には水魔法の使い手がいるらしく、冷えたエールやワインも自慢らしい。
安全ならそれに越したことはないとリゼットは思うのだが、冒険者歴の長いレオンハルトとディーには物足りないらしい。
「食べられそうなモンスターはいそうでしたか?」
「いるわけねぇだろ。いてたまるか。これ食ってろ」
ディーに口に肉を突っ込まれる。鶏の手羽肉はさすが名物だけあって、香ばしく、脂がじゅわりと滲んでおいしかった。
ダンジョンで最初に食べた大ガエルの肉によく似ている。あのときは魔法で焼いただけだったけれども。
――そう。ダンジョン内に食べられるモンスターがいれば、地上と同じ満足度の食事が得られる。逆に言えば、食べられるモンスターがいなければ探索は困難を極めていく。
つまり食べられそうなモンスターがいるかどうかは最重要事項だ。
ディーの言うとおり「いるわけがない」のなら、人工ダンジョンへの興味は薄れていく。
「ゴーレム系やスライム系、マリオネット系が多そうだったな。食べられそうにはない。ああ、これはうまいな」
レオンハルトが顔をほころばせながら言う。
その言葉の通りなら、新しい食材には出会えそうにない。新しいモンスター料理との出会い。人工ダンジョンではそれは望めそうにない。
「それにしてもなんでリゼットがハネられたんだか。オレ、お前より強い魔法使い知らねーぞ」
「俺も知らない。鑑定眼と鑑定機器の不具合じゃないか」
「強すぎて計測不能起こしてんじゃね?」
食べながら楽しそうに言い合っている。
リゼットは口の中のものを飲み込んで、水を一口飲んでから、口元のソースを拭って口を開いた。
「これ、とってもおいしいですね。それにしてもおふたりとも、私のことを買いかぶりすぎでは?」
ふたりは同時にリゼットを見て、お互い顔を見合わせ、同時にため息をつく。
「お前本当に自覚ねーの? お前ほど強い魔法使い、オレは噂でも知らねーよ」
「そうおっしゃられても……他の魔術士の方とか、よく知りませんし」
もう一本、次は鳥足を食べ始める。
リゼットがいままで仮にでもパーティを組んできた相手に、純粋な魔術士はいなかった。戦ったことはあるが、一瞬戦っただけでは冒険者としての強さはわからない。
「なんにせよ、リゼットが気にすることじゃない。人工ダンジョンだなんてどうせ底が知れている。潜っても成果が得られるとは思えない」
「そーそー。それよりパーッと遊ぼうぜ! ここはいろいろあるみたいだぜ。カードゲームに犬レース、大食い大会、街全体を使ったロードレースにダンスパーティ。ちなみにどれも賭けられる」
いつ調べたのだろう。ディーもこのランドールに来たばかりだというのに。
一本食べ終わったリゼットは骨を置き、手を拭く。
「ダンスパーティって、ドレスを着るのでしょうか」
「へ? 大食い大会じゃなくてそっちに興味あるのか?!」
「最近は全然ですが、小さい頃にちゃんと教わりましたので」
リゼットは侯爵家育ちである。幼いころは次期当主となるために、公爵家の子息と婚約してからは公爵夫人となるために、必要な教育は受けてきた。
「お前のドレス姿とか想像できねー」
「……俺は、似合うと思う」
レオンハルトがぽつりと言う。リゼットは大きく頷いた。
「はい。ドレスを着ての剣技は任せてください」
「いきなり物騒な話になったぞ」
「リゼットの国の舞踏会ってそうなのか……?」
「いえ、おそらく普通の社交ダンスですが。でもこの街でのダンスパーティが賭けの対象になるのなら戦いの可能性が高いですので」
冒険者としてのリゼットは魔法系のスキル構成だが、子どものころは前衛系冒険者だった祖母から教えを受けていた。ドレスを着ての剣の扱いもその一環である。
「そもそもどうしてドレスで剣技とかできるんだよ。どんくさいお前が」
「お、おふたりと比べたら少し鈍いかもしれませんが、剣技は速さだけではありませんし……それに、いついかなるときも戦いに備えておくのは基本中の基本です」
これもまた冒険者だった祖母の教えである。
「傭兵かよ」
「騎士だな」
「冒険者です」
傭兵や騎士と精神は似ていたとしても、リゼットにもこだわりがある。
「たぶん、リゼットが想像しているようなダンスパーティとは違うんじゃないかな」
「なあ、もしかしてレオンも踊れるのか」
「そりゃあ、少しは」
「マジかよ!」
ディーは驚いた声を上げ、エールを置いて腹を抱えて笑いだす。
「どうしてそこで笑うんだ……」
「いやもう、それこそ想像できねーよ!」
陽気な笑い声が酒と料理の匂いの中に響く。それはあちこちから聞こえる他の笑い声と重なる。和気あいあいとした雰囲気に、匂いと声だけで酔ってしまいそうだった。
「こんにちはー」
明るい声が背後からかかる。
テーブルにやってきたのは、黒髪の小柄な女性だった。
「ラニアルさん!」
そこにいたのは黒髪に緑の瞳、長い耳。
リゼットがノルンダンジョン領域で出会ったエルフの錬金術師ラニアル・マドール。初心者だったリゼットを何かと助けてくれた恩人だった。
「またお会いできるなんて」
再会を喜ぶリゼットに、ラニアルも嬉しそうに笑う。
「もー、遅いよー。位置的にノルンからここまでそんなにかからないはずだけど?」
「待ってくださっていたんですか? ごめんなさい。色々とありまして……」
「なんちゃって。聞いたよ。いろんなところで真の聖女様伝説つくってるって。いろんなところで銅像建てられてるんだって?」
「なんですかそれ。なんなのですか」
初めて聞く話に驚愕する。ただの噂だと思いたい。
「でも冒険者審査で弾かれちゃったんだって? ふしぎー」
「それよりも銅像の話を詳しく――って、どうしてラニアルさんがご存じなのですか?」
冒険者ギルドで才能がないと言われて登録を断られたのはつい先程の話だ。
不思議に思うリゼットの前で、ラニアルはうんうんと頷いている。
「理由はわかるよ。魔力があんまりにも高すぎて計測不能になってるの」
「ホントに計測不能かよ……」
ディーが呻く。
「……私、魔力以外は才能がないのでしょうか?」
前衛としてもある程度戦えるかもしれないと思っていたのだが、魔力がなければ冒険者になることもできないくらい他の才能がないのだろうか。残酷な現実に意気消沈する。
「まあまあ。万能型より特化型の方が重宝されるよ」
「ですが……計測されないとなると、そもそも冒険者登録ができません……ここだけではなく他の冒険者ギルドでも断られてしまったらどうすれば……」
「大丈夫だ、きっとなんとかなる」
これからも冒険者として活動できるか不安になるリゼットに、レオンハルトが力強く言う。不安も悩みもすべて吹き飛ばすような笑顔で。
「リゼットは何も心配しなくていい」
「レオン……」
レオンハルトがそう言うと、本当にすべてがなんとかなりそうな気がする。心強さを感じながら、リゼットは頷いた。
「くそ。なんか暑いぞここ」
「あはは。まあ心配しなくても大丈夫だよ。この街全体がいまからダンジョンになるからさ」
「何言ってんだコイツ」
「だってー、底が知れてるなんて言われちゃ黙ってられないよー」
頬を膨らませるラニアルに、その発言をしたレオンハルトが焦った顔をする。
「もしかして、人工ダンジョンは君がつくったのか?」
「そうだよ。錬金術師の人工ダンジョンはあたしのお手製」
「底が浅いと言ったのは……すまない。だがこの街をダンジョンにするというのは――」
「そのまんまの意味だよ。――はい! それではいまからこの都市まるごとダンジョンにしちゃいまーす!」
ラニアル・マドールは明るい声で高らかに宣言する。
「ご照覧あれ。錬金術師ラニアル・マドールのダンジョンを!」
そして次の瞬間、世界が変わった。
空気の味、身体を包む大いなる気配、いままでの世界と隔絶され、別の世界に移動した感覚。
リゼットは本能で感じた。ここはダンジョンだ。ダンジョン領域の中だと。
「はい! ランドールダンジョン領域の拡張工事、できあがりー!」