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100 ベヘモス





 急いで仲間と合流し、爆発音のした方向――ダンジョンの方角に駆ける。

 ダンジョンからの異音や異変は、ダンジョン自体が大きな変化を迎えていることを示している。

 森を抜けて見えたのは、岩壁に空いた三角の穴――ダンジョンの入口に、小柄な人影が浮かんでいた。


 ただ奇妙なことに下半身が見えない。

 上半身だけが穴の中央にぽっかりと浮かんで、白い日差しを浴びていた。


「フォンキンさん……」


 そこにいたのはフォンキンだった。

 リヴァイアサンとの戦いの際に姿を消していたため、リゼットはてっきり逃げたと思っていた。

 しかしこうやって追いかけてきた。憤怒の表情で。


「よくも小生のダンジョンを……ジョセフィーヌを!」


 しわがれた声は遠く離れたリゼットたちの耳をつんざくほど大きく響いた。


「小生は……ダンジョンの、マスターである! ダンジョンを――ジョセフィーヌを汚した貴様らは、皆殺しだ……!」


 ダンジョンの穴があった岩壁が弾け、崩れる。

 大地の怒りのような音と共に、崩れる岩石の中から灰色の皮膚を持つ巨大な獣が現れる。

 丸くずんぐりとした身体に、牛に似た――だが牛よりも顎が発達した頭。まるでハンマーの頭のような頭部の額からは、フォンキンの上半身が生えていた。



【鑑定】べへモス。獣の王。リヴァイアサンの対となるもの。筋肉が非常に発達していて、骨と牙は鋼鉄のように固い。



 べへモスが顎を上げ、空に向けて炎を吐き出す。

 それは火山の噴火のように、無数の火球が広がりながら落ちていく。


【聖盾】


 真上に落ちてきた火球をレオンハルトが防ぐ。

 火球は魔力防壁に弾かれると、さらに細かく割れて周囲に降り注ぎ、火の海を広げた。

 おそらく可燃性の体液を着火させているのだ。


 炎は強烈な異臭と共に激しく燃え上がり、木々を、森を、焼いていく。それは周辺のいたるところで起こり、このままではほどなく森は消えてしまうだろう。


 そこにいた生物も、ここで生きる人々の生活も、すべてを黒い灰にしてしまうだろう。


 そしてきっと、それだけでは終わらない。

 このあたり一帯を破壊した後は、さらなる破壊を求めて進むだろう。

 べへモスの――フォンキンの怒りは、この世界のすべてを焼き尽くさんばかりだった。


 火焔が、弾ける。


「ぐっ……」


 続けて降ってきた火球を【聖盾】で受け止めたレオンハルトが苦痛の滲んだ声を零す。


 盾を掲げている左腕から煙が上がっているのを見た瞬間、リゼットの頭の奥が灼き切れた。

 理性や恐怖、自分の行動を縛るすべてが。


 ユニコーンの角杖を手にし、守護の盾の中から出て、走る。炎を突っ切って。

 大穴の淵――対岸のべへモスと向き合う位置まで。


【火魔法(神級)】


「フレイムバースト!」


 ベヘモスの立つ足場を破壊する。

 巨体は滑り落ちるように釜の底――ゴブリンたちが生息していた大穴の中に落ちていく。


 リゼットは水女神の眼球を握りしめた。


「フレーノ、あなたの力を貸してください」


 スキル【聖遺物の使い手】により、聖遺物はリゼットの手の中から消えて、身体に取り込まれる。


 ――左目が熱い。涙がとめどなく溢れる。

 だが、ちゃんと見えている。


【水魔法(神級)】


 リゼットは魔力を高めながら、あの美しいドラゴンの姿を思い浮かべる。

 血肉となったリヴァイアサンを。


「リヴァイアサン!!」


 大量の海水がリゼットの周囲から生まれ、べへモスへと押し寄せる。白い泡と轟音を生みながら、穴の淵を削り、べへモスを飲み込んでいく。

 だがその巨体は簡単に沈められるものではない。

 大きな口がリゼットに向けて開く。その奥に炎の気配をまとって。


【水魔法(神級)】


「メイルストローム!!」


 大規模な渦が穴の中で巻き起こり、べへモスの口の中にも大量の水が流れ込む。

 身体も渦の勢いに流されて、水の下へ沈んでいく。

 だが、そう簡単には沈まない。べへモスは波の勢いをものともせず、器用に泳ぎながら身体を浮かせる。

 べへモスの額の位置にいるフォンキンは、笑っていた。


 べへモスの身体が、波に揉まれながらもゆっくりと這い上がってこようとする。

 リゼットは静かにその姿を見下ろした。


 フォンキンの顔がひきつる。何かに怯えるように。

 ――そう。まるで。悪魔を見たかのように。


【水魔法(神級)】


「――凍れ」


 周囲の温度が急激に下がり、白い雪の結晶が風に舞う。

 穴に溜まった海水も、空気中の水分も、すべて凍っていく。

 べへモスの身体も、その怒りも、欲望も。

 すべてが凍てついていく。


「が、が、が……」


 フォンキンの身体が凍る。

 何かにすがろうと伸ばされた指先まで氷が達し、すべてが砕ける。

 高い音を立てて割れ、散った氷の欠片が降り積もっていく。それは瞬く間に融けて水に戻っていく。

 すべての氷が消えた後には、べへモスの残滓は見当たらなかった。


(これで終わり……? いえ、まだ――)


 まだ森を焼く火はまだ消えていない。

 リゼットは空を見上げる。


【水魔法(神級)】


「ヘビーレイン」


 青空に向けて魔法を使う。雨を呼ぶ。重く激しい雨を。

 リゼットの声に応えるように、空からぽつぽつと雨が降ってくる。雨はすぐに激しさを増して、大きな雨粒があたり一面に降り注いだ。


 晴れた空から降り続ける激しい雨は、森の炎を鎮火させていく。

 雨が止んだ後には、大穴に大量の海水と雨水が満たされて、湖となっていた。





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― 新着の感想 ―
[一言] 被害者であったことを言い訳に無関係な相手に危害加えた時点で反撃されても文句言えないのにどの面下げて汚したとか言ってるんだw
[気になる点] 「炎は強烈な異臭と共に激しく燃え上がり、木々を、森を、焼いていく。それは周辺のいたるところで起こり、このままではほどなく森は消えてしまうだろう。」 最後の雨で、ゴブリンに貢いでいた村…
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