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01 ダンジョン送り






「――罪人リゼット。貴女にはこれよりダンジョン領域にて聖務についてもらいます」


 聖女の透き通った声が、手枷をつけられたリゼットの背中にかかる。


 かつては次期公爵の婚約者でもあったリゼットは、いまはすべての栄誉と身分と資産を剥奪され、家名も奪われた。その身に持っているのは身に着けている衣服と両手を繋ぐ手枷のみだった。


 リゼットは前を見つめる。

 白銀の髪が山間の風に揺れる。

 青い瞳に映るのは、山の中に突如として現れる小さく新しい街だった。城壁でぐるりと囲われ、一か所にだけ出入りのための門がある。


 元はノルンという名の小さな村だったそこは、ダンジョンが生まれてから国内外から冒険者や商人、職人が集まり都市にまで成長した。いまその場所を管理するのは女神教会だ。

 世界に秩序と平和をもたらす女神を信仰する女神教は、世界で最も力のある宗教でもある。


「5000万ゴールドを教会に納めればその罪は浄化されることでしょう。最後に何か言いたいことはありますか」


 リゼットは後ろを振り返り、微笑む。

 そこに立つのは白い聖女服を身にまとった緑髪の美しい少女だった。


 ――聖女メルディアナ。


 その身に女神の聖痕を宿した女神教会の至宝であり、リゼットの腹違いの妹。

 聖女は慈愛の微笑みを浮かべてリゼットを見つめている。


「聖女様のご温情とお見送りに感謝いたします」


 女神教会の罰に死刑はない。最も重い罰はダンジョン領域送りだ。ダンジョン領域で罪人に科せられた聖貨――すなわちゴールドを稼ぎ、教会に納めるまで外に出ることはできない。


 リゼットはクラウディス侯爵家の正式な跡取りだったが、聖女を侮辱したという大罪によりダンジョン送りとなった。


 事実か冤罪かは問題ではない。そんな疑いが出た時点でリゼットの人生は終わった。誰もリゼットを助けることはしなかった。家族も。

 リゼットを愛してくれた祖父や祖母、母はすでに亡くなり、父はクラウディス家の当主だった母の死後、隠し子であるメルディアナの方を溺愛した。


 父は侯爵家の血を引かない娘を愛した。

 リゼットに聖女の証である聖痕が現れた時も、メルディアナが聖女になりたがったからという理由で、禁忌の術を使ってまで聖痕をメルディアナに移させ、メルディアナを聖女に仕立て上げた。


 そしてリゼットは罪人として、ダンジョン送りにされた。証拠を隠滅するかのように。


「それでは皆様、ごきげんよう」


 すべての栄誉を身分と資産を剥奪されても、知識と誇りだけは奪えない。それだけを持って、前を向いて、リゼットは門の内側へと入っていった。

 一度も振り返ることなく。





 門の中へ――領域の中に足を踏み入れた瞬間、バチンと空気が弾けるような音がリゼットの耳元で響く。

 リゼットは一瞬眉根を寄せ、しかし大仰に騒ぐことはなく前に進んだ。閑散とした広い道の中央に、神官が一人立っている。


「ノルンへようこそ。こちらがあなたの身分証となります」


 リゼットの担当でもある若い神官は、まずリゼットの手枷を外す。

 そして手のひらに収まるほどのサイズの、金属製のカードを懐から取り出し、リゼットに渡す。

 プラチナでできているかのような輝きを持つ薄いカード。

 そこにはリゼットの名前と種族、年齢、そして『罪人』という文字が刻まれていた。丁寧なことに罪の浄化まで5000万ゴールドとまで書いてある。


 ――5000万ゴールド、それは一般的な国民が人生二回分を過ごせる金額だ。侯爵令嬢時代ならともかく、自力で生きていかなくてはならなくなったいま、まともな仕事をして稼げる金額ではない。


 そしてこの罪人という文字が消えない限り、このダンジョン領域からは出られない。

 領域は魔法の壁でぐるりと囲われていて、門はこの身分証で通行管理されている。犯罪者身分ではこの領域を出ることはできないと、王都からここに来るまでの馬車の中で説明されている。


 一生この檻の中で過ごすか、まともではない仕事をしてゴールドを稼ぐか、あるいは死による救いを求めるか――。

 リゼットに許された選択肢はそれだけだ。


 リゼットはカードの裏を見る。そこには既に取得されているスキルが書かれている。


【貴族の血脈】

【火魔法(初級)】

【魔力操作】


(魔法系……前衛系がよかったけれど……うん、これならなんとか戦っていけそうね)


 更に目を凝らせば現在のスキルポイントと取得可能スキルの一覧を見ることができる。

 そこにあった【先制行動】――モンスターとの遭遇時に先んじて行動できるというスキルを確認し、リゼットはひそかに笑みを浮かべた。


「危険なダンジョンに入らずとも聖貨を集める方法はあります。絶望はしないよう――」

「ありがとうございます、神官様。それでは私は早速ダンジョンへ行きますので、神官様も気をつけてお戻りください」

「え? まだ話は――」


 引き留めようとする神官を颯爽と振り切り、リゼットはダンジョンの入口へと向かった。


 背中側――領域の外側には、まだリゼットをここまで護送してきた一団の存在がある。

 聖女メルディアナの視線も感じる。一刻も早くこの場所から離れ、ダンジョンに行きたい。リゼットは力強く地面を蹴って走り出し、街の北の端へ向かった。


 ダンジョンへと。





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― 新着の感想 ―
[一言] 父親がバカなの?としか言いようない。 妻が当主ということはお前婿養子だろ? なんで浮気出来るの?なんで本来の相続人に追い出せるの?
[一言] ダンジョンだぁぁぁ~ヒャッホーイ とか、思ってたりして(笑)
[気になる点] 興味をそそられる、良いプロローグの作品だなと思いました。 終盤でスキルの話が出てきます。読者が知っていることを前提に話が進んでいるので、多少の補足をした方が良いのでは? と思いました…
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