プロローグ
温かさを感じ始める春の初めの頃。
(もうすぐ春休みか~1年生も終わりなんだな~…)
【春吉 マサキ】は、寝起きのぼんやりとした頭で朝日を浴びながら心の中で呟く。
(高校生になって、もうすぐ1年が終わるのに…俺は結局何もやりたい事が見つからなかったな~…せめて俺が厨二病でも拗らせてれば、楽しい日常を過ごせる気がする…)
部活動もしておらず、やりたい事も何も無いマサキは、日々の生活を自らの思考で非日常にしてしまえば、多少は生活に張り合いが出来るのではないかと時々考えていた。
だが。現実主義者の自分には、到底無理だという事を自覚している。
「おっはよ~マサキ♪」
明るく元気な声で、マサキに挨拶をしてきたのは、同級生で幼なじみの【花畑 陽菜】。
マサキと陽菜は、幼稚園の頃から親同士の仲が良く家も近い為、勝手知ったる間柄だ。
「おう…朝から元気だな、陽菜」
マサキがボーッとした口調で陽菜に応えると。
「まぁた!そんな生気の無い顔して!」
と、口を尖らせながら陽菜は、マサキの頬を勢いよく掴む。
マサキは掴まれた頬をそのままに、溜息をつきながら言った。
「ハァ…どうして陽菜は毎日楽しそうなんだ?俺にそのコツを教えてくれよ」
ツルンっと、マサキの頬をつまんでいた陽菜の指が離れると同時に、下を向き溜息をついていたマサキの前に影が出来る。
「逆にマサキは、何がそんなにつまんないのよ?!」
少しキレ気味の陽菜が腰に手を当て、仁王立ちでマサキの前で問う。
「それさえも分かんね~から……」
自分の前に影を落とす仁王立ちの陽菜に目線をやると、そのまま晴天の空を見上げマサキは呟いた。
「ど~したいのかも、分かんね~んだよ…」
陽菜はプウと頬を膨らまし、不貞腐れたかと思うと一転、息を吐きマサキに向かって微笑みながら言う。
「見つかる気がするよ!マサキがやらなきゃいけない事!」
マサキは不思議そうに陽菜の言葉を耳に留め、学校へと向かい始めた。
学校に着き教室に入ると、いつもつるんでいる友人【七隈 サトル】が、ゆっくりと近づく。
「おはよう、マサキ」
サトルは、清潔感溢れる高身長ので顔が整っており、女子からの人気も高く、クールビューティな無口なイケメン…と、皆には思われている。
「おう…おは~サトル」
いつも通りに軽く挨拶をするマサキ。
「・・・・・・・」
サトルは無言でマサキの顔を疑視している。
マサキは朝一からのサトルの無言を悟り、担任が来るまで時間がある事を教室の時計で確認し、サトルを誘い廊下の端の使われていない多目的教室の前に足を運んだ。
人の目が無くなり、二人きりになった途端…サトルのクールビューティだった無表情な顔の筋肉は緩み、マシンガントークが始まった。
「昨日発売の異世界転生漫画の単行本が本当に素晴らしいのだよ!もうなんと言うか、来期アニメ化する転生漫画も堪らないのだが、この転生漫画はRPGゲームも同時進行で、ストーリーも読んでいて感動が止まらないのだよ!!今日持ってきたからマサキも読んでくれ!絶対だ!お願いだ!」
鼻息を荒く、早口で捲し上げながらのマシンガントーク。それでもイケメンだ。
だが、真の姿は《超絶》なオタクなのだった。
マサキは漫画もゲームも好きな方ではあるので、話も合うし何よりサトルのギャップに魅かれて仲良くなった。
「分かった、分かった、読むから貸してくれ。そんなに興奮してると今日の部活の練習試合、負けるぞ…」
マサキは軽く笑いながら、冗談っぽく心配する様に言う。
サトルは、1年生にも関わらず弓道部の時期主将候補で、かなりの腕前だ。
そして今日の放課後に、他校と練習試合が有る事をマサキはサトルから聞かされていた為、何気なく口にした。
「マサキ!お前は知っているだろう!俺の弓道は《《エルフ》》になる為の修行だという事を!!幼少期にRPGゲームでエルフと出会い、転生漫画とアニメを観て俺は!!エルフの長になる為に弓を極めようと始めた事を!!この興奮と湧き上がる歓喜こそが、俺の勝利の源だと言う事を!!!!」
目を輝かせ、自分の弓道への拗れた目標と動機を意気揚々と語るサトルを落ち着かせ、軽く微笑みながらマサキはサトルと共に教室へ戻っていく。
(サトルと居ると少しだけ俺も楽しい様な気分になれる…)
そんなサトルとのやり取りが心地良く感じるマサキの心の中には、《楽しい》想いは勿論、《羨ましい》と言う想いも毎回湧き上がっていた。
ホームルームで話す担任の言葉は耳を素通りし、窓から見える空の青さに目の奥が痛くなりつつもマサキは、肘を頬に着けながら気だるそうに考えていた。
(俺も何か動いてみようかな~…何か…)
と。