夢商人の屋台
正月の商店街。
提灯が外灯に変わって道を照らし、どこからかは陽気なミュージックが踊りだす。
人々の波の中の滞留地点。
赤、緑、青、シマシマ。いろいろな屋台の屋根が立ち並び、発色の強い色でどでかく屋台の名前が添加されている。
中でもインパクトを持っている刺激。
ズバリ嗅覚。
たこ焼き、タマセン、お餅、焼き鳥、焼きそば……至高な匂いが咲き乱れる。
焼かれるソースの匂い。
様々なタレやしつこい匂い。
何よりまつり独特の空気と
ドロっとまとわりついた濃い匂い。
それが鼻孔に強烈なパンチを食らわせているのだ。
それには腹十分になっていた酒飲みも、
たらふく菓子を食っていた子どもたちも、
等しく腹をグッと捩られざるおえない。
金という問題や、もしくは強盗が悪であるという倫理観がなければ今すぐに飛びつきムシャぶっていただろう。
大人など、ここに酒でもあれば最高というものだろう。
―――まさに天国だ。
子供もいるからと、そうはならなくとも、
ここで肉にむしゃぶりつき、冷たい飲み物で喉をぐいっと洗うことを一度でもしないことがあるだろうか。
そのまま家に駆け入り、匂いを思い出しながらも悲しげに一人トントン箸を突きながらスーパーの惣菜をつまむものがいるだろうか。
否、常人は絶対にしない。
賢いものなら絶対にしない。
あの空気感、あの匂い、あの流れ……すべてがもう一つのスパイス。
それをぬいても旨い料理など、子供の祝い時ぐらいなものだろう。
そしてその時でさえも、その時独特のスパイスがあるというものだ。
カネがない者たちでも、最低限その魔性を秘めた食い物共の残り滓とも言える匂いにすら酔いしれぬことなどあるはずがあろうか?
否、否……絶対にない。
あり得るはずがない。
それこそ、飯も食えぬ程の精神異常者や、死にかけているもののみであろう。
これほどの魅力を食いもん共は含有しているのだ。
人間の脳はそれに取り憑かれているのだ。
人が空腹はスパイスといった。
―――それもそのはずなのだ。
そうあるはずなのだ。
しかし、いや、あえてというべきか、祭りの醍醐味はそれだけに留められるわけではない。
「おっちゃんありがとー」
一見ずんぐりに見える分厚い赤いパーカーの着た少年が、人の流れに流れていく。
どうやらパーカーによってファットに見えていただけのようだ。
そう、遊びである。娯楽である。今回のお話は、そんなもう一つの美味しい祭り。
くじ引きの脈々と続く物語の一幕である
「おう!当たってよかったな〜!」
追いかけるように白い屋台の中からおっさんの野太くささくれ立つような声が、外に発砲される。
その白の屋台の中央には赤い厚紙の二重になった白文字で『くじ』と平仮名で蛇のようにのたくって書かれている。
上からタレ下げられる看板には以下のことが書いていた
『1〜5番特賞
6〜30番上賞
31〜60番中賞
61〜90番下賞
91〜100番ざんねん賞』
さらに、両横にはぬいぐるみの数々、5ミリのBB弾しか飛ばないような鉄砲はもちろん、更にはハンドスピナー、果には『特賞』と紙の貼り付けられた任○堂スイッチなど、まさしく雑多というべき品揃えだった。
この中から自分の求めているものを当てるのはなかなかに無理なものだろう。
「ふ〜。疲れたな。全く接客は疲れちまう。まあこれが祭りのいいところでもあるわけだけどなぁ」
独りごちる。
少しぼうっとしていた、今はもう11:00。
この店の狙い目である子どもたちが寄ってくるにはもう遅すぎる時間帯。
予めそうなることを予想していた用意周到なおっさんは、何処からともなく焼き鳥を引っ張り出してきた。
ネギと鶏肉が交互に突き刺され、ややテカっているこれ。
所謂、ねぎま。
ほうばるごとに溢れ出てくる肉汁。
それと同時にまとわりつくドロッとした非常にしつこい匂い。
肉の柔らかな歯ごたえと、一方でのネギの少し筋張ったグリッッとする食感。
最後の方まで残るネギの後味がサッパリと終わらせる。
――――止まらない
おっさんは右手をし悲しげにワキワキさせながらも、左手ではねぎまをほうばり続けていた。
――――酒だ。酒がない。
しかしまだ店は閉められない
ここで酒を求め、
店を空け、
飲み物を売る屋台に向かい彷徨い走る程、おっさんは……
「んぅ?」
見れば二十歳を過ぎたあたりの男が、薄気味悪くこちらを…というかくじの山を見ていた。どう見てもヤバそうなやつではあるが、そこは社会経験があるおっさん。
あくまで落ち着いて接客する。
もちろんここでなにかされても周りにひとがいる……というのもあるが。
「やってくかい?」
あっ とこちらを見て頭を下げる若人。
「いやぁ…すいません…迷惑でしたよね……」
「いいよいいよ。どうせもうガキどもは来ねえし暇だからな」
「お金がなくて……」
冷やかしか?もしくは物乞い?
とおっさんは感じる。だが顔には出さない。
「じゃぁ……話相手にでもなってくれや。こっち来い」
おっさんは屋台の後ろの布をめくるとそのまま若人の方により中へ案内した。
手を惹かれ若人はヨロヨロとしながらも布という境界線を通る。
「は?……うぉえええええ!!!!」
境界線の向こうにはどう考えても外から見たのと比例しない広い部屋があった。
見回せば、ドコモかしこも奇っ怪なインド風のインテリアというか、小物が壁、天井、床に大量に溢れている。
しかし不思議と歩く際に抵抗はない。
他にもいろいろな形をした机……例えば一本足の茸のような丸い机。
例えば俗に言うビストロテーブル。
他にもセンターテーブル…ネストテーブル…コンソールテーブル………本当に多種多様で統一性がない。
あえてそれを挙げるとすればインド調のカラーリングであることと、アンティークのような渋みも兼ね備えているというところか……
……このインテリアたちは悪く言えばただ単に古いだけとも言える。
それにしてもしかし見回しても肝心の椅子はない。
「まあ座れや」
気づけば屋台のおっさんは洋風の椅子を2つ用意して座り、若人を誘っていた。
「あ、どうも……」
「名前は?」
―――いま、何処から椅子を?
と思いつつも名前を答える若人。
「あぁ……若田です…あの……ここは?」
若人あらため、若田さん。よろしくと、体を前のめりに倒し、少し黒ずんだ手で握手をした。傾いた体を直したて、質問に答えた。
「俺の仕事場」
更に疑問は尽きない。
「どうなっているんですか?ここは…?」
「……昔話をしよう。
昔々。
あるところっていうかここ日本には魔法使いというものがいました。
その人たちは人と共存し、あらゆる人間たちの願いをできる限り答えていました。
例えば絶世の美女になりたい。
蛇の化け物をかり、軍功を上げたい。
大社長になりたい……何でも叶えました。
しかしある時、街にこんな噂が流れました『災いを与えるのは魔女だ。それの代わりに私達の願いを叶えていたのだ』……と。
そこからは転落……
もちろんそうでないと訴えたものもいた…………!!そんなことないというものもいた!!
……しかし無駄だった……もともと人々は……信じていなかったのです。
魔法使いは化け物……これが世界でした。
気づいた魔法使いたちはさりました。人々の記憶を消して……」
悲しげな顔をするおっさん。眉を下げ、首を下げ、影を落としていた。
「……あなたは魔法使いでここは魔法でできているってことですか?」
「察しがいいね。ちなみに外から見たら別の俺が居るよ」
……
………
「それで?どうしたの?」
「え?」
「あんな顔してたからな。なんかあったんだろ?」
この部屋独特の雰囲気からだろうか若田は自然と自身の生い立ち、ここまでの生活……なぜここでいたか……ほとんどすべて。覚えている殆どを話していた。
「倒産……したんです。会社が。三代目でした。どうやら今の世界には私のそれは全く求められないみたいなんですよ。まあ……時代遅れの工芸品に目を向けてくれる人なんて……万人に一人くらいで……」
「よくある話だわな」
若田は少し睨んだが、そのとおりだと思いなおし、少し猫背になった。
周りのインド風のインテリアが怪しく光る。
「銀行に金も借りようとしたんですが……」
「そうか……」
おっさんはタバコに火を付ける……
「もう12:00だな……」
そう言うとまたもやおっさんはどこからともなく箱を取り出した。
「引きな。特別にただだよ」
ガサゴソと映画館のポップコーンの箱のような箱の中身を搔き回す。
『101番』
「チッ……いいの引いたな」
❉❊❉
気づけば若田はまだ熱気冷めやらない祭りの流れの中でいた。
「まさに夢だったな……」
しかし手の中にあるそれが、夢でなかったことをひしひしと感じさせていた。
どうやら本当のようだ。
魔法使いの話も。
自分が救われたことも。
景品があたったことも。
そしてそれが手の中で今も怪しく光っていることを。
―――もう少し行こう。ゆっくりでもいいから……
人生案外ゆっくり進むものだ。
たった1時間も。
たった2分も。
目をつぶって数えてみると案外長い。
もちろん急ぐのは大切だ。
しかしそれでつまずきコケてしまっては意味がない。
落ち着いていこう。
毎日少しずつでいいんだ。
〜〜三年後〜〜
11:00
「お、いらっしゃい。いい面になったじゃねえか」
「結構、まともになりましたよ」
評価くださると嬉しいです。