死神
幻が往き交う夢と現実の狭間だろうか。
真っ白な霧が覆う森の中に私は立っていた。
自分が本当はどこに居なければならないのか。また、自分が在るのかも分からずに私はしばらくの間その場でじっとしていた。
突然、思い立ったかのように少し歩を進めたかと思えばまた立ち止まる。
私はそれを繰り返していた。
見つかったかのように見えた未来の景色も数秒後には霧でかき消されてしまう。そんなだから、ちっとも前に進めていなかった。
幻のような世界が霧の隙間から視界に度々入ってくる。幻が誘う世界はとても素敵に見えた。ずっとそこに居たい気持ちになる。それなのに、なぜこうも不安が脳裏を過ぎるのだろうか。
「どうされたのですか」
ふいに呼びかけられ、私は歩みを止めた。
頬を撫でた僅かな風が声がした方へと流れる。
落ち葉と一緒に心が舞った。
しかしどこにも声の主の姿は捉えられなかった。あぁ、まただ。まぁ私を助けようと手を差し伸べる者なんて幻の悪戯だろう。
そう思った時だった。
「あなたはどこに行きたいのですか。よければ道案内しますよ」
振り返ると、先程向いてた方向に人が立っていた。
深い霧に包まれてぼんやりとしか見えなかったが、確かにいた。また消えてしまうかもしれない。必死な思いで急いで口を開いた。
「私…。私、自分が元居た場所に戻りたいの」
霧の中の影が少し傾いた。
「戻りたい? そこから君は逃げてきたみたいだけど」
はっとした。そうだ。私は自分の居た場所に耐えられなくて、自分の存在さえわからなくなって逃げ出してきたんだった。
記憶がめぐる。
「…戻ってもまた憂鬱な日々になるかもしれませんよ。それなら私があなたにぴったりで幸せな世界に案内しましょう…それとも……」
身体中が色とりどりの記憶で溢れかえる中、私はもう彼の話が聞こえなくなっていた。
ずっと大事な忘れかけていた大切で温かな思い出が私に噛み付いた。
「ごめんなさい。私元の場所でし忘れたことがあったのを思い出したわ。急がないと。こんな私に大切なこと思い出させてくださってありがとう。また会える時まで、さようなら」
少女は走り去っていった。
もう彼女の目には霧は映っていなかった。
代わりにくっきりとした道が見えていた。
影はそんな彼女の背中をじっと見つめていた。そして呟いた。
「……。もう会うことはないでしょう。だってあなたは自分の居るべき場所へ帰り、そこから自分の生きる道をしっかりと歩んでいくのでしょうから。今、辛い場所に居たとしても自分の居る場所がわかっているのなら、新たな場所にも行けるでしょうし」
霧の奥深くへと帰る彼は少し立ち止まった。
「ここは自分の生きる場所(目的)を忘れた魂が迷い込む場所ですから」
霧の隙間から幻の世界の光が彼を包む。
「まぁ、魂を取り込めなかったのはちょっと残念でしたがね」
彼は幻に消えると同時に笑った。