2 誕生
( ・ω・)つ
(遅れてすみません…)
一万年ぶりに意識が浮上する。
意識が完全に覚醒するのを待ってから簡易的なチェックに移る。
本当は魔法を使用した上での正確な状態確認をしたいところだが生まれたばかりであるのを考慮して後回しだ。
転生時は魂のみの状態になるため全ての活動が停止する。こういった自発的な転生は初めてであるため、少し不安はあったものの問題は無かったようだ。
そう、私が転生するのはこれで二度目になる。
一度目は日本で女子高生として死んで、ミナ=ダグリアとして転生した。
いわゆる転生者、というヤツだ。……まあよくあるラノベみたいに現代知識で無双とかは出来なかったので、コツコツ魔法を研究していつしか魔王と呼ばれるまで強くはなったけど。
ぶっちゃけここまではいらなかった……。
私はただ、自分の身は自分で守れるようになりたくて魔法の研究に没頭した。けど凝り性が発揮され過ぎたのか、ちょっと引くレベルで強くなってしまったのだ。
そしてどういうわけか私の周りに人が集まるようになり、慕ってくれる人が増えて国が出来て王様にまでなってしまった。
大切な人達が初めて出来た私はどうしていいか分からず、周りに流されるまま玉座につくことになったのだった。
もちろん悲しい出来事や辛い思いをしなかったわけではない。戦争があり、流行り病があり、災害もあった。
その度に王として、一魔法研究家として、色付き魔女として対応にあたり過労死するかと思うほど忙しい毎日だった。
それでもその日々は楽しく、女子高生だった頃には考えられないような幸せな思い出だった。
それでも私は――私は転生しなければならなかったのだ。
※
(意識、正常。魂の状態、想定内。うん……転生は成功したみたい。良かったぁあ……)
少しの寂しさを覚えながらも回想から今へと意識を戻しながら私は自分の状態を確認する。
転生前と遜色ない状態であることを確認してホッと安堵のため息を吐いてから、周囲の認識へと移ろうとした。
が――
(にしてもよく見えない……赤ちゃんだから当然だけど不便だなあ。どうしよ?)
私は現在無防備な状態だ。ろくな攻撃魔法も防御魔法も使えないため、殺意を持って攻撃されれば割と死ぬ。いや、殺意無くても流れ弾でも普通にヤバい。
つまりまずはここが安全であるかを確認するのが急務なのだ。私は身体能力を強化する魔法を赤ちゃんでも耐えられるレベルで行使する。
昔の癖で強く強化すると脆い体はそれだけで壊れてしまうのでかなり慎重に魔法を使う必要があるのだ。
しかも赤ちゃんの状態で魔力を作るのは危険なため、転生用に使った魔力の残りを使う。だが今の体でその魔力を操作するのは骨が折れるぐらいには大変なのだ。
なぜなら魔力とは魂で使うもの。そして魂は肉体という器に収まらなければならない。
しかし私の魂は強大な力を有しているため、赤ちゃんの体には到底収まらない。それを無理矢理詰め込んでいる状態なので、魔法操作を一つでも間違えれば死に至る。
要は受け皿である肉体が小さすぎて、水である魂が零れかねない状態なのだ。もし、魂が零れてしまえば力の低下や記憶障害を起こしかねない。
私の魔力は効果が高いことの代償のように操作がとても難しいのだ。癖が強いというか、一瞬でも気を抜くと暴れだす。それに転生前の肉体に合わせた魔力であるため、今の体の質に合わない可能性もある。
これは他者の魔力を使用すると起こる現象なのだが、魂は肉体の性質に合わせた魔力を作り出すように出来ている。そのため、他者の魔力を使うのであれば自分の魔力を混ぜて馴染ませながら使う必要があるのだ。
今回の場合は転生前と後で肉体の性質が変わっているにも関わらず、前の魔力を後の肉体で使おうとしているために自分の魔力でも性質が合わない可能性があるのだ。
しかも今の私に魔力を作り出す力はない。そのため馴染ませることも出来ないため、割とピンチなのである。
私は強化に手間取いつつも、何とか少しずつではあるが声が聞こえてくる。
「――た、私たちの赤ち――!」
「そうだ――、可愛い――だ!」
(よっし、少しずつ聞こえるようになってきたぞ……)
嬉しさを隠せないといった声を聞いて私は思わず心の中でガッツポーズを決める。ミナは自然発生した魔族だったため、両親と呼ばれる存在は前世――じゃなかった、前前世ぶりなのだ。
今世の両親の声を初めて聞いて感慨深い気持ちになりながら私は更に聴力の強化に勤しむ。
本当は視力の強化も同時にしたいところだが、欲張ってもいられない。聴力を戻していくうちにしっかりと周囲の音が拾えるようになってくる。
「あら、どうかしたのあなた?」
「ああ……この子全然泣かないなって……」
(うげえ!?)
私は想定外の声を聞いて思わず変な声が漏れそうになる。ならなかったけど。赤ちゃんって失敗しても黒歴史にならなくていいよね! って今はそれどこじゃなかった!
現実逃避している間にも周囲の空気が緊張感を孕んだものに変わっていき慌てる。
「えっ! 大丈夫なの!?」
「健康状態的には問題ないかと思われますが、ここまで静かだと何か病気でもあるのかもしれませんね……。先程大きな産声を上げてからほとんど泣いてないとなると体力がなくて泣けないのか、もしくは別の要因があるのかもしれません」
「そんな!」
医者だろうか、両親の他にも声が聞こえてきた。その医者らしき者の言葉に母さんらしき人は悲壮な声を上げた。
私は思わず心の中で反論してしまう。
(いや私はいたって健康だよ? 二回ある前世でだって大病なったことないし。まあ、魔王が風邪で寝込むとか割とシャレにならないもんな……)
周囲の焦った声を聞きながらも私はなかなか覚醒してくれない頭にイラッとする。普段であれば機転を利かせてこの状況を脱出するのも簡単なのに上手く頭が回らず考えが纏まらない。
そして余計なことも思い出してしまい、さらに考えは纏まってくれない。
転生直後はどうしても思考が明瞭にならないのだ。寝すぎた直後のようにしばらく思考をしていなかった頭はなかなか起きてくれない。
まあ今回は一万年という永い時を経ているため、転生前に想定していた範囲内ではあるものの焦りは増していく一方だ。
だが、冷静さを失うわけにはいかない。ここで対応を間違えてしまうと今後に大きく関わってしまうだろう。
「なんだと!? 今すぐ白系魔法が得意な者に診せなければ……!」
(ちょいちょい待とうか!? 白系魔法得意な人に見られたら転生者ってバレるかもじゃね!? いやかもじゃない、ほぼ確実にバレる!!)
焦りすぎて一人脳内でボケツッコミをしながらも正直状業は良くない。
白系魔法とは回復魔法を含めた非攻撃型の直接型魔法に分類されるで人を癒したりすることに使われる魔法のことだ。
そして白系魔法の上級には魂に関するものもある。もし白系魔法の上級が使える場合、他者の魂を認識することが条件となる。
魂の偽装は今の私には厳しい。認識された場合、私の魂の異常性に気づかれてしまい、転生者とバレてしまうだろう。
私の魂は二つの生を生きている関係か、少し異質に映るらしい。転生前に知り合い見て貰ったことがあり、その時にも「ちょっと変」と言われたのだ。
転生者とバレる事態は絶対に避けなければならない――私のリア充生活のために……ッ!!
私が新たな決意を固めている間も事態は進んでいた。私にとっては悪い方向に。
「あなた! 私が診ます!」
「しかし、エーラは出産したばかりだろう? 体に負担はかけたくない。知り合いにそこそこの使い手がいるからそいつに頼もう」
(やっべぇぇえ!!)
私の本能が警笛を鳴らす。早くしなければ術者を呼ばれてしまう。幸い母さん――エーラというらしい――は出産直後で認識能力が低下しているのか、私の魂に関することに気が付いていないようだった。
しかし父親の知り合いという術者が高位の場合、バレる可能性は十分にある。
私は急いで声の出し方を確認すると意識して肺に空気を送り込む。今世で初めて意識して吸う空気はとても涼やかだった。
記憶を辿り赤ちゃんの泣き声を頭の中で思い出す。魔王となって多くの泣き声を聞いてきたがその多くは悲嘆や怒りなどの負の感情を孕んだものだった。
しかしこれから出さなければならないのは誕生を祝われ、生きることに必死な、この世で最も弱き者の声――と考えていた。
しかし転生して分かったことがある。
(赤ちゃんは決して弱くない。生きようとする力に満ちた、強い生命だ)
今まで私は赤ちゃんとは大人に守られるべき、弱い命だと思っていた。実際、前前世で読んだ本の中に人間の赤ちゃんは地球上の動物の中で一番にくるぐらい弱いと書いてあった。
なぜなら人間の赤ちゃんは生まれてすぐに立ち上がらずとも生き残ることが出来るから。そしてこの世界の人間も同様だ。
そして人間に近い体を持つ魔族はあまり差はない。個の力が強い分、総数が少ないなどが挙げられるが、生命としてはかなり似ている。
だから私は最初の生で見た、命が生まれるあの瞬間を思い出す。一つ前の生を長く生き過ぎたせいで朧げになりつつある温かいあの記憶の通りに声を出す。
そして二つ目の生でも見た、数少ないその瞬間を思い出す。あの時も最初の記憶と同じように泣いていたな、と思い少し笑ってしまった。
それにここでヘマして普通の家庭にならなかった場合、私の計画が台無しになってしまうのだから。
そして父親らしき人物が指示を出そうとした瞬間、私は意を決して声を上げた。
「おんぎゃああーーーーッ!!」
といういかにも赤ちゃんらしい声が響き渡った。ちょっと違和感あるほどに赤ちゃんらしい泣き声だったものの周囲は疑った様子はない。
「あなた、泣きました!」
「ああ、本当に良かった……!」
突然泣き出し周りは驚いたようにしつつも、安心したように私に笑顔を向ける。視界が鮮明でないのが悔やまれる。もっと目に焼き付けたかったな、と思いながら私は眠りについたのだった。
これが今後波乱を巻き起こす魔王再誕であった――。