村営販売所
年寄りばかりが住むこの村では逆に珍しい、食欲をそそるカレーの香りが役場を中心に広がっていく。
「ゲンボク、貴様は役場で一体何をやっておるんじゃ?」
ほら来た。
まず役場に顔を出したのは、うるさ型の熊爺さんだ。
さて、どうごまかそうかな。
「えーっと」
そしたら横からアリスの見事なフォローが入ったんだ。
「私どもの小町が村会議員様方から夏野菜をいただいたので、それをカレーにして皆様におすそわけをしようと料理をしておりますの」
おお、ナイスだアリス。
「ということだ熊爺さん」
ところが熊爺さんは、アリスに気づいて面食らったような表情をしている。
「なあゲンボクさん、この美しいお嬢ちゃんは何者じゃ?」
そういうことか。
熊爺さんにも二人を紹介しておくとしよう。
「昨日から職員で働いてもらっているアリスってんだ。主に受付を担当するからよろしく頼むよ」
「お、おう」
いつもの威勢の良さが消えているな。
もしかしたら色気づいたかこの爺さんは。
まあいい、続けよう。
「それから、給湯室から顔を出しているのが業務研修中の小町だ、おいお前ら、爺さんに挨拶しておけ」
「アリスと申します、これからもよろしくお願いいたしますね」
「小町なの、よろしくなの」
どうした爺さん、なんで直立不動になっているんだよ。
「なあゲンボクさん、わしにもおすそ分けしてくれんか」
いつもはゲンボク呼ばわりなのに、今日はなぜかさんづけかい。
仕方ねえな。
「小町、熊爺さんに一皿持たせてやってくれ」
「わかったの、タッパーに詰めるの」
「おお、すまんのう。カレーを食べるのは久しぶりじゃ」
タッパーを大事そうに抱えながら帰っていく熊爺さん。
時折名残惜しそうに振り返るのが笑えるぜ。
それではいい機会だから、お返しに回るとしよう。
「アリスは小町と二人で議員の爺さんたちと村長にカレーをおすそわけしておいで、それが終わったら俺達も昼食だ」
すると小町は鍋を風呂敷で器用に包み、アリスにはお玉と容器を手渡した。
ところがアリスはなぜか不安そうな表情になっている。
「ゲンボクちゃんはご一緒されないのですか?」
「ああ、いい機会だからな、顔見せ代わりにお前ら二人で行ってこい」
あれ?
アリスの不安そうな顔が一層歪んじゃったよ。
「まさかゲンボクちゃんはその間にどこかにお出かけされてしまうのですか?」
そういうことか。
「いや、お前らがおすそ分けをしている間は俺は役場から一歩も出ないから安心しな。何かあったらすぐに役場に帰ってくるんだぞ」
そのとたんにアリスの不安げな様子は解消され、一転して笑顔になる。
「それでは行ってきますねゲンボクちゃん、すぐに戻りますので」
「行ってくるのゲンボクちゃん」
おう、爺さん婆さんに喜んでもらえるといいな。
どうやら無事おすそ分けは終わったらしく、二人は空の鍋と、なぜか再び夏野菜を持って帰ってきた。
「終わりましたわゲンボクちゃん」
「またお野菜をいただいたの」
今後は地場野菜には困ることはなさそうだ。
昼食は小町が残しておいたカレーを一品加えたお弁当。
うっとりとした表情で弁当に集中しているアリスと、テレビに夢中になっている小町の対比が面白い。
その日の午後から、役場に久々に村民が訪ねてくるようになった。
尋ねてくるのは主に爺さんたち。
但し用事は役場仕事ではなく、カレーがまだ残っていないかという問い合わせなのだが。
まあ、それを建前にしてアリスと小町を見に来ているというのが本音だろう。
お、閃いたぜ。
「なあ、タッパーを返しに来たとの名目で本日役場に来場二回目の熊爺さん、もし役場で総菜を毎日一品売ったら買いに来るかい?」
すると熊爺さんは食いついたような表情を見せた後、すぐに困ったような表情になる。
「もちろんと言いたいところじゃが、わしらは余り現金を持たんでのう」
それは想定内。
「ならば、月に一回『信金さん』が来る日を惣菜代の清算日にもしようか」
「おお、それならばありがたい」
よし決まった。
「小町、お前の仕事もできたぞ」
「何をするの?」
「お前の得意なことさ」
さて、稟議の準備をするか。
ということで、来週から村役場で「村営販売所」を再開することになったんだ。
表向きは職員の福利厚生ってことでな。
さらに小町は本日付で村営販売所の担当に任命された。
販売所を一から始めるにはいろいろと面倒な決済が必要なんだけれど、実はこの村にも昔は村営販売所があったんだ。
ただ、徐々に利用者が減ってしまったので、あるときを境に村長の判断で営業を中断した。
その代わり、販売所に代わって村役場は別のサービスを村民に提供することになったのだが。
なので販売所の再開は「中断を取り下げる」という稟議だけで手続き上は問題なし。
一気に民営化という考えもあったが、一攫千金よりまずは公務員としての地道な給与を確保する。
これが堅実だ。
そんなこんなで本日もいつのまにやら時計の針は十七時。
なんだか小町の足取りが危ういな。
さすがに疲れちゃったかな。
「ゲンボクちゃん」
「どうした小町?」
「あのね」
「なんだ?」
「欲しいの」
「なにを?」
「意地悪なの」
はい、お兄さんファイト一発ですよ。
「私は議員さん達からカレーの空容器を回収してから帰りますから、それまでに小町を可愛がってあげて下さいね」
「そうか、すまんなアリス」
よし、帰るぞ小町。
「あん、ゲンボクちゃん」
うう、この背徳感がたまらねえぜ。
俺って犯罪者かもしれねえな。
「欲しいの」
わかりました、わかりましたとも。
エネルギー充填完了、発射!
「ただいまゲンボクちゃん、小町の様子はいかがですか」
「お帰りアリス、小町ちゃんは肌をつやつやさせながら台所に立っておりますよ」
すると小町も台所から顔を出した。
「お姉さま、ありがと」
うーん、妙な気分だぜ。
疲れる行為をしたはずなのに、なぜか小町は元気を回復しているし。
今日は小町特製の夕食を三人で囲む。
うん、旨い。
「小町、美味しいですわ、素晴らしいですわ!」
アリスも小町の料理を気に入ったようで絶賛している。
「また明日も別の料理を作るの。喜んでもらえて小町もうれしいの」
そうか、俺も美味い飯を可愛い娘たちにに囲まれて食べるのが楽しいよ。
こうして今日も一日が無事終了。
部屋をエアコンで冷やしながら二人の人肌を堪能するという夜の快適生活。
お、小町は寝つくのが早いな。
可愛い吐息が聞こえるぜ。
「うふふ……」
って、アリス。
お前、明らかに小町が寝つくのを待っていただろ。
おまえの右手の位置が明らかにおかしいぞ。
だから撫でるな気持ちいいから!
「ねえ、ゲンボクちゃん、私にもくださいな」
任せなさい、アリス。