出発
今日は娘達が待ちに待った土曜日。
「ゲンボクちゃん、さすがに起きないと皆が悲しみますよ」
珍しくアリスが俺と千里を優しく起こしてくれた。
時計を見るとまだ朝の四時半だが、どうやら朝四時には普段から早起きの小町とエミリアに加え、リザとアリスまでがお出かけまでの準備を終了していたらしい。
出発は朝の五時。
アリスたち四人はこれから四時間以上の運転をする俺と千里を気遣って、ぎりぎりまで起こさないでいてくれたようだ。
それでは小町が握ってくれたおにぎりを持って出発するとしよう。
ところで、目の前に横たわるこの物体は一体何だろう。
そいつはあっちこっちから角を生やし、フロントシャーシは前面に大きく張り出している。
リア上部には羽根も生えているし、下部には物干し竿のようなのも何本か刺さっている。
窓は前面以外全部ふさがれ、車両全体がショッキングピンクで塗装されている。
内装はベールで飾られ、セカンドシートとサードシートは四人がけのソファに交換されている。
そして頭上にはきらびやかなシャンデリアが輝いている。
「名付けて『らぶらぶちさとちゃん一号』だよ!」
既に名前がついているのか。
「これはね、『バニング』という改造方法なんだ! 買ってもらった本やインターネットで色々勉強したんだよ!」
いつの間にかこんなこともできるようになっていたんだな。
「それじゃ出発だよゲンボクちゃん!」
「あのな千里」
「なんだいゲンボクちゃん!」
「これは、車検を通らないぞ」
ところが道路交通法にはうるさい千里なのに、道路運送車両法についてはどうでもいいらしい。
「車検のときはもとに戻すからいいんだよ!」
これは少しずつ説得するしかないな。
「あのな千里、まずは内装だけれどな、お前、自分が運転していたとして、俺が他の娘達と後ろでシャンデリアに照らされながら宴会をやっていたとしたらどう思う?」
「それは寂しいなあ」
な、そうだろ。
「だからソファとシャンデリアはやめような」
「そうかあ、自分が宴会に参加できないのなら意味がないものね!」
うんうん、素直でいいぞ、次は窓だ。
「なあ千里、窓がないと、こないだみたいにエミリアが俺を連れ込むかもしれんぞ」
「うええ、それも嫌だなあ」
「だから窓も開けような」
「うん、そうするよ!」
最後の仕上げはこれだな。
「なあ千里、よく見ろよ」
そう言いながら俺は角やら羽やら物干し竿やらを生やしたショッキングピンクのボディの横に立ってみた。
「どうだ似合うか千里」
すると、千里はおろか、他の四人まで首を左右に振りやがった。
「気持ち悪いよゲンボクちゃん!」
わかってくれたか。
「それじゃあ元に戻そうな」
こうして無事元の姿に戻ったワゴン車に乗って、俺達は街に出発したんだ。
ただし厳密には元の姿ではなく、六人乗りにシートアレンジされている。
運転席もこれまでのシートと異なって長時間運転していても疲れなさそうな豪華なシートに変わっていた。
「これくらいはいいよね」
「ありがたいくらいだ千里」
それでは出発だ。
運転は千里から。
村から三差路の自動販売機までの、おおよそ二時間をまずは千里に運転させてみる。
助手席には小町が座り、千里におにぎりやお茶を出してもらう。
セカンドシートにはエミリアとリザが陣取り、俺のノートパソコンで最後の仕上げとばかりに色々と検索をしているようだ。
なぜ彼女達が持つノートやタブレットではなく、俺のノートを使用しているのか。
それはユウとヤマトには俺のメールアドレスしか教えていないから、当然だ。
なので今のところ彼らとの連絡手段はこれしかないのでメーラーを開きっぱなしにしてある。
一応アリスのノートパソコンにも彼女のメールアドレスは登録してあるが、こちらはもっぱら買物用に使用している。
サードシートには俺とアリスが陣取り、のんびりとさせてもらっている。
そう言えばこの車で運転席と助手席以外に座るのは初めてだった。
サードシートはセカンドシートに比べて少し足元が狭いが、その代わり最背面から娘たちの様子を眺めることができる。
一方で娘たちが振り返らない限り、俺が何をしているのかを見られることはない。
なので今後はサードシートを俺専用の席にすることにした。
千里の運転は順調に進み、午前七時には自動販売機の三差路に到着した。
いつもならばここは素通りしてしまうが、今日はこの後も長旅なので、ここで休憩を取っていくことにする。
すると自動販売機のメニューであれやこれや盛り上がっている俺達の目の前を、珍しい光景が通り過ぎた。
何と天狗村方面に一台の乗用車が登って行ったのだ。
恐らくは村の爺さん婆さんに面会に行ったのだろうが、この時間にこの場所を通り過ぎるということは、村について知らない連中が向かっているということだ。
村に住んでいた、もしくは村を知っている人ならば村には早朝もしくは昼に到着するように向かうはず。
なぜなら午前中はほとんどの村民がそれぞれの畑に出てしまっているから。
ところがあの車が村に到着するのは午前九時ごろ、つまり誰もいない時間だ。
そうした場合は、ほぼ間違いなく財産がらみのろくでもない話のため、爺さん婆さんは基本的に訪問者を相手にしない。
万一相手にする場合でも、後から言った言わないにならないように、村役場の職員という公僕である俺か駐在所の熊爺さんのどちらかを第三者として立ち会わせるのが習慣になっている。
しかし今俺はここにいる。
なので立ち会いは熊爺さんに任せることにしよう。
俺知らねーっと。
「どうしましたかゲンボクちゃん?」
「なんでもないよ、さあ、次は俺の運転だ」
「それでは私が助手席に座りますね」
続けてのドライブは運転を俺、助手席にアリス、セカンドシートでは小町と千里がノートパソコンの番人をしながら、大好きな「何を切る」を二人で始めた。
どうやらエミリアとリザは検索疲れしたらしく、しばらくするとサードシートで寝入ってしまったようだ。
ドライブはその後も順調に進み、9時前には運転免許センターに到着した。
免許センターの入り口では既に二人が待機してこちらに手を振っているのが見える。
さあ、今日明日と楽しむとしよう。




